表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/19

03.かわいい弟を抱き枕にするのです


 ん? 朝か。


 夜明けはまだのようだ。しかし、外は僅かにあかるくなりつつある。


 表から騒がしい音がきこえる。鳥の囀り。馬のいななき。人々の話し声。村をたつ商隊の喧噪。


 オウル亭に宿泊客はいない。それほど早く起きる必要も無いのだが、店主の老夫婦はそろそろ起きだすころだ。居候である俺たちが、いつまでも寝ているわけにはいかないだろう。昨日ケイがやらかした直後だしな。


 俺はベッドの中。意識はまだまどろみから抜け出していない。なかなか目が開かない。それでも、気合いで上半身を起こす。……しかし、うごけない。


 んん?


 徐々に意識が覚醒してくる。まったく動けない。状況を確認。首をがっしりとホールドされている。顔が、柔らかいものに押しつけられている。


 柔らかくて暖かい。そして気持ちいい。いい匂い。ずっとこうしていたい、じゃなくて……。


「ケイ、ケイ、はなせ、離してくれ。俺の顔に胸を押しつけないでくれ」


「……ユージ君」


 こいつ、寝ぼけてやがる。


 俺とケイは、オウル亭の二階の一室を借りている。俺たちは姉弟ということになっているので、ベットもひとつしかない。就寝時には普通に並んで寝ていたはずだが、いつの間にか抱き枕にされてしまったのか。


 俺が必死にもぞもぞ動いても、ケイは離してくれない。


「ん、んん」


 俺の動きに反応したのか、吐息とともに色っぽい声をはきだす。かえって強い力で胸に押しつけられる。


 ケイの肉体は、俺たちの世界における成人、十八才くらいの女性の平均的な外見となるよう設定されているはずだ。この世界の先住生物達からは、もう少し幼く見えるようだが、それでもそれなりに成熟した女性の肉体だ。しかも、寝間着代わりに着ているのは、大きめのティーシャツと下着だけ。


 女性特有のあまい匂い。しっとりすべすべのなめらか肌。成熟しつつある途上の腰つき。ちょっと小ぶりだが柔らかくて敏感な胸。……それが俺の目の前、というか顔面におしつけられているのだ。


 一方、俺の肉体は、外見だけなら小学生になるかならないか。おそらく七才くらいだろうか。肉体は男になりきっていないようだが、中身の精神は成人だ。


 やばい。


 こんななまめかしい少女の肉体を、目の前で見せられたら。というか、完全に密着させられたら。煩悩が発動してしまう。他人には決して言えない妄想がわきあがる。こんなお子様ボディでも、いろいろと反応してしまいそうだ。


 しかし、しかしだ。俺とケイは、この村では姉弟ということになっているのだ。一線を越えてしまうしまうのは、非常にヤバイ。というか、俺のこの身体は、できるのか? ……って、そうじゃない。


「おい、ケイ、起きろ」


「んんん、もう朝?」


 相変わらず朝に弱い奴だな。こんなところばかり人間くさくなりやがる。そろそろ起きようぜ!


「ん。ユージ君。もう少し、こうしている」


 さらに力を込めて、ぎゅっと押しつけられる。胸の谷間に完全に顔が埋まる。まてこら。


「起きろ!」






 目を覚ますと。目の前にユージ君がいました。いつのまにか抱き枕にしてしまったようです。


「起きろ!」


 それは、命令ですか?


 私が視線だけで問うと、ユージ君は首を横に振ります。


 ユージ君の命令には、私は逆らえません。いろいろと例外事項もありますが、基本的には絶対服従です。そのように作られています。でも、よほど事が無い限り、ユージ君はそのような命令はしません。私自身の思考を尊重してくれます。


 あらら、命令ではないと言いながらも、それでも私の胸の中から脱出したいとは思っているようですね。小さな身体で必死にもがいています。


 へっへっへ。無駄ですよ。


 いくらもがいたって、今のユージ君は幼児。そのお子様ボディの腕力で、私の腕の中から逃げられるわけがないのです。せっかくですから、もう少しこうしていましょう。お話に、付き合ってください。





 夢を、……みていました。


「夢? ケイ、おまえが?」


 ユージ君は、やっともがくのをあきらめようです。だまって私の話を聞いてくれています。私は、まるで赤ん坊をあやすように、ユージ君に話しかけます。


 ええ。私が夢をみるのは、おかしいですか?


「……いや、まぁ、そんなこともあるだろう。もう起動してから千年もたつしな。で、どんな夢だ?」


 千年前、この惑星に来たばかりの頃。ユージ君と私が冬眠に入る前の頃のことです。


 私は、ユージ君といっしょに、先住生物について研究していました。ユージ君だけじゃありません。大勢の研究員や、私の仲間や人工知能達と実験機器に囲まれて。私は、みなさんの助けになれるのが、本当に楽しかった。


「そうだな。あの頃は楽しかった。ここの不思議な生物たちを研究するのが、本当に楽しかった」


 ……今は、楽しくありませんか? 私の選択は、間違っていたのでしょうか?


「そんなはずがあるものか!」


 とつぜん、ユージ君が頭をあげます。その剣幕に驚いて、とっさに腕をはなしてしまいました。ユージ君は、正面から私の顔をのぞき込み、必死な顔で訴えます。


「俺が、いま、こうして生きていられるのは、おまえのおかげだ」


 でも!


 私も言わずにはいられません。……もしかしたら、これは懺悔かもしれません。


「でも、ユージ君の肉体を再生させるためとはいえ、そんなお子様の身体になってしまったのですよ? そして、もう冬眠も再生もできません。ほんの何十年か後には、ユージ君は確実に寿命をむかえてしまいます。私たちの故郷から遠く離れた宇宙の果てのこの惑星で、家族ともあえないまま死んでしまうのです。寝ったまま年を取らずに救援を待つ、という選択肢もあったのに」


「おまえだって永遠にいきられるわけじゃない。自動修復システムもいつかは壊れる。その前に俺の目を覚ましてくれたおまえには、本当に感謝しているんだ」


 ユージ君は、私の左右の肩を小さな手でつかみます。いつの間にか私を押し倒し、私の上にのしかかる体勢で熱弁します。


「俺は、冬眠したまま永遠に来ない救援をまちつづけ、手遅れになって人知れず死んでいくのはいやだ。どうせ故郷に帰れないのなら、せめてあと何十年、おまえと共に生きたい」


 言い終わると、ユージ君が真っ赤な顔をしています。私の顔も、たぶん赤いのでしょう。こんな時なんと言うべきなのかわからないので、そのままもういちど抱きしめます。しばらくは掛け布団になってもらいますよ。




「おまえ達、姉弟で仲がいいのはわかるけど、いつまで寝ているんだい?」


 ちょっとあきれ顔のおばさまが起こしに来るまで、私たちはそうしていたのです。




2013.03.30 初出


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ