18.お子様が混浴露天風呂なんて十年早いのです
俺は、ノースちゃんが後ろを向いている隙に真っ裸になり、勢いよく湯船に飛び込んだ。
うむ。なかなかいい湯加減じゃないか。このお子様ボディでも体育座りでやっと肩までつかるお湯の深さはちょっと物足りないが、まぁ子どもの手作りにしては上々だ。足元がゴツゴツした小石ばかりで、ちょっと尻がいたいのはご愛敬か。
「ちょっと、ユージ。絶対こっち覗かないでよ」
おそらく服を脱いでいる途中なのだろう。ノースちゃんがなにやら鼻にかかった声でつぶやいている。
はいはい、覗きませんよ。
うーーん、せっかくだから、温泉気分をだすためにタオルや桶くらい持ってくればよかったかなぁ。でも、一度村に帰るとケイに見つかってしまうしなぁ。ていうか、ノースちゃんに見つかった時点で『ひとりでのんびり露天風呂に浸かるんだ!』計画は破綻したんだから、ケイに見つかっても別に問題なかったのかな?
「絶対覗いちゃだめだからね」
わかったって。……そんなに覗かれたくないのなら、やっぱりひとりで入ればいいじゃないか。
「何か言った?」
……いいえ。
硫黄分は少ないのだろうか、あまり匂いはしない。肌に優しいさらさらで透明で少ししょっぱい温泉だ。お湯はちょっと熱めだが、川沿いを走る涼しい風がほてった顔を冷やしてくれる。湯気越しにキラキラひかる目の前の川のせせらぎ。耳をすませば鳥の声。……露天風呂っていいなぁ。
ほぉーーーーー
おもわず、俺の口から大きな息がもれる。
「な、なに? 突然さけばないで。びっくりするでしょ!」
俺と背中合わせに湯船につかっているノースちゃんの身体が、びくっと硬直したのがわかった。
この娘は、なにをそんなに緊張しているんだ?
直接触れあっているのは背中と背中だけだが、小刻みに振るえているのがわかる。そして、少女の肌がなめらかで暖かいことも。
「叫んだわけじゃないよ。ゆったりと温泉に浸かって、川のせせらぎを眺めていれば、気持ちよくて『ほぉーーー』と声が出るのは仕方ないだろう? これは人間として当然だ。大自然の摂理だ。宇宙の真理だ。……やっぱりもっと大きな湯船を掘って、おじさん、おばさんや、ついでにケイも連れてきてやらなくちゃ」
やはり十歳の小娘には、温泉露天風呂の醍醐味はまだ理解できないか。
「なによ、それ。爺くさいわね。だいたいこっち向いてる私からは川のせせらぎなんて見えないのよ。……わ、わ、わ、わ、私もそっち向くから、ちょっとそこ場所をあけなさい!」
えええっ? 狭いから無理だって。
しかし、ノースちゃんは意を決したように勢いよくお湯から立ち上がる。そのまま振り向き、俺の横の空間に無理矢理入り込もうとする。
なんという強引な小娘だ。
俺はちょっと辟易しながも、しかたがないので座ったまま場所を詰める。そして、何気なく視線をあげる。
俺の目の前に、まだ幼さの残るノースちゃんの裸身が晒された。
体育座りの俺の目の前には川のせせらぎ。太陽を反射する水面。その光の波が、むりやり俺の横の狭い空間にはいってきたノースちゃんの身体を照らす。
キラキラキラキラ。
俺は、おもわず息をのんだ。その光景が、あまりにも綺麗だったから、美しかったからだ。
ほんのりほてった白い肌。はじかれて流れる球のような水滴。まだ大人になっていない華奢な骨格。しかし、わずかに女性らしくなりつつある肉付き。しなやかで、そして躍動的な全身の筋肉。生物として理想的なバランス。
ノースちゃんは、顔を真っ赤にしてこちらを見ている。いつの間にやら、おさげの髪をおろしている。
俺は、眼をそらすことができない。
……一応ことわっておくが、俺はロリコンじゃないぞ。
この惑星の生物達は、基本的にみな美しいのだ。容姿、じゃなくて、生命として美しいのだ。
俺たちがここに来る前からいた先住生物達は、見た目こそおかしな連中も多かったが、基本的にその中身、本質的な面では俺たちとあまりかわらない。おどろくべきことに、遺伝情報も、セントラルドグマの仕組みも、タンパク質のコードから基本的な身体のつくりまで、生物学的にはまったく同じといってもいいほどだった。その理由は、すぐに明らかになるのだが。
それはともかく。生物として俺たちと非常に似ているといっても、この惑星は環境が厳しい。おそらくそのおかげなのか、先住生物達の身体能力は、ひ弱な俺たちとは少々違った方向に進化していた。極端に突出した知能以外は出来損ないとしか思えない我々人類よりも、生物としてよっぽど合理的で洗練されていたのだ。
それは、俺たちが彼らに対して、むりやり人間に似せた身体と知恵を与えてもかわらない。たとえ人と似せた外見であっても、その肉体は人などよりも遙かに強靱で、躍動的で、そして美しいのだ。
俺は千年前のことを、あらためて思い出していた。この惑星で研究を始めた当時、……先住生物達のすばらしさすっかりに魅了されてしまい、寝食をわすれて研究に没頭していた頃のことを。そして、惑星開拓本部や軍から退避命令が発令されてもなお、ケイとともに研究所に残っていた頃のことを。俺は、こいつらを守りたいと思った。こいつらを救うために、この惑星に残ったのだ。
半分口をあけ、情けない顔をしたまま、すぐ隣に立つ裸の少女を見上げる俺。もし俺の身体が七歳相当の幼児でなければ、本当に犯罪だったかもしれない。
みつめられている少女が、俺の視線に気づく。
「ば、ば、ば、ば、ば、ばか、見るなっていったでしょ!!」
ばしゃ
両手で前を隠し、いきよいよく座る少女。
「あ、ご、ごめん。あんまり綺麗だったから、つい……」
誓って言おう。この俺の言葉に嘘はない。おかしな意味もない。純粋に、生物学的に、ノースちゃんの身体が綺麗だと思ったのだ。性的な意味でイヤらしい気持ちはみじんも無い。……無いと思う。無いんじゃないかな。たぶん。
「なっ!」
ノースちゃんが、真っ赤になる。頭から湯気がでている。温泉の熱だけではない。
「なっ、なっ、なっ、な、な、なななに言ってるのよ、このばかユージ」
俺たちはお互いに視線をそらし、硬直したまま動けない。
いったい何分間そうしていたのか。
俺は何も言うこともできず、視線を動かすこともできず、ただ正面の川面だけをみつめている。ノースちゃんも同じだ。自分の呼吸の音だけが耳に響く。ふたりの肩が触れている部分が、妙に熱い。意識するなといわれても無理だ。
き、……気まずい。どうする。俺は何を言えばいい。
人類が銀河に進出した時代になっても、数は減ったとは言え俺の故郷の秘湯では普通に混浴もあった。ましてや、ここは未開の惑星。しかも、隣にいるのは外見は人類とそっくりだが人類ではない。そのうえ、俺たちは小学生のお子様どうしだ。いっしょに風呂に入ることに、何も問題はない。法律的にも倫理的にも道徳的にも、問題ないはずだ。……俺の中身は大人だけど、それはそれとして。
そうだ、俺は大人なんだ。お子様のノースちゃんの前で、醜態をさらすわけにはいかない。何気ないふりを装い、俺は裸のノースちゃんなど意識していないことをアピールするんだ。
「「あ、あのさ」」
二人の声が重なってしまった。お互いの視線が絡み合う。見つめう顔が、異常に近い。
やばい。
そのまま視線を落とす。透明な水の中に、白い肌が透けて見える。体育座りの太ももが、水面ギリギリの胸が、なまめかしくゆらゆらと揺れている。
やばい。
もういちど、顔をあげる。
うわ。ノースちゃんが、すぐ隣から俺の顔をみつめている。
ちょっと上気して赤く染まった頬。澄んだ瞳。意思の強さを感じさせる、まっすぐな視線。
うわわ。ノースちゃんが、ゆっくりと眼をつむった。きりりと引き締まった口元。色っぽい唇。
やばいやばい。
勝手に身体が動く。顔が近づく。こんなところを、ケイに見られたら……。
やばい、やばい、やばい。
とまらない。どうする、俺? 責任取れるのか?
「こらこら、子どもだけで村の外に出てはダメだと騎士団から指示があったでしょ? また魔物が出たらどうするの?」
うわーーーーーー
突然、後ろから聞こえた声。
我に返る二人。あわてて身体を離し、振り向く。
「あら、温泉? お子様ふたりでここまで作るとはたいしたものね。私もご一緒させてもっていいかな?」
そこに居たのは、女騎士。ノナトさんだ。すでに鎧を半分脱いでいる。
「私の種族はね、みんな水浴びやお風呂が大好きなの。でも、この村には大きなお風呂ないでしょ。こんな温泉があるなんて、おしえてくれればよかったのに。……あ、あれ? もしかして私、二人のお邪魔しちゃった?」
ぶるぶるぶるぶる。必死に首を横にふる俺。一方のノースちゃんは、とっさに後ろを向きつつも、なにやらブツブツ言っている。
(ブタ人間の事件以来、村の騎士様達がユージを監視してつけ回しているような気がしていたわ。中でもこのこの女騎士、……やっぱりユージに気が合ったのね)
「まぁいいわ。魔物が出ても私が守ってあげるから。さあさあ一緒にお風呂にはいりましょう」
いやいや女騎士さん、このお風呂そんなに広くないから。だから脱がないで! むりやり入ってこないで! 俺に胸をおしつけるのやめて!
2014.06.01 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。もしよろしければそちらも合わせてご覧ください。タイトル「先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ」( http://ncode.syosetu.com/n8157bs/ )