17.いで湯、それは最後の風呂ンティア、なのです
「ちょっと早いけど、今日はこれで授業を終わりましょう。寄り道しないで帰るのよ」
ホベルッチ先生が、本日の授業の終わりを宣言。小学生達は帰り支度を済ませると、そのまま集まって遊び始める者もいれば、三々五々に帰る者もいる。
俺はといえば、もちろんダッシュで帰宅だ。
いつもよりちょっと早く終わったので、ケイはまだ迎えに来ない。こんなチャンスを逃す手はない。俺は走る。目標地点は、村のはずれ。街道からもちょっとだけはずれた、崖の下の河原だ。
「ちょっと、ユージ、どこ行くのよ? 一緒に帰りましょうよ」
だが、走る俺を後ろから追う者がいた。隣の席のノースちゃんだ。
「ごめん、ノース。俺ちょっと用があるんだ」
俺は走る。だがノースちゃんが追いかけてくる。
「用って何よ。子どものくせに村の外にひとりで行っちゃ危ないでしょ。私も一緒に行くから、まちなさい!」
最近なぜかお姉さん風を吹かしてくるんだよな、この娘は。自分だってまだ十歳のお子様のくせに。ケイに対抗しているのか? それにしても、どうしていつもこんなにテンションが高いんだよ。この積極性は俺も見習いたいものだが、しかし男はひとりになりたい時もあることを理解してくれよ。
はぁ、はぁ、はぁ。
俺は走る。しかし、すぐに息が切れる。今の俺の身体は、七歳くらいのお子様ボディだ。それにこの惑星は、大気組成などの環境が俺たちの身体にとってあまり優しくない。惑星全体に対するテラフォーミング計画は未完のまま放置されているし、俺の身体の周囲の精霊による局所的な生命維持機能も完璧じゃない。要するに、環境に適応した先住生物、しかも元気一杯な女の子であるノースちゃんを俺が引き離すことなど、できるわけがないのだ。
頼むから、ついてこないでくれぇぇぇ!
「もう。私とユージの仲なんだから、初めから素直に手伝って欲しいってお願いすればいいのに」
結局、俺はノースちゃんに掴まって、締め上げられて、計画を吐かされてしまった。
計画。……ここ数週間の間、こつこつと積み重ねてきた俺だけの計画。名付けて『ひとりでのんびり露天風呂に浸かるんだ!』計画が、ついに俺だけの秘密ではなくなってしまったのだ。
「あ、本当にお湯が沸いている」
俺達がいるのは、村のはずれ、街道からちょっとだけ離れた小さな川の河原だ。斜面の数カ所の穴から、白い蒸気とともに熱湯が湧き出して川に流れ込んでいる。そう、温泉だ。一ヶ月ほど前のキノコ狩りの時に見つけたのだ。
「へぇ。このお湯が流れ込む河原に、湯船を掘っているのね」
そうだ。少しづつ、一生懸命穴を掘り、石を組んだのだ。
四六時中一緒に居るケイに見つからないようにここまで作るのは、本当に大変だった。このお子様の身体だしな。やっと八割ほど完成して、今日あたり試しに入ってみようとおもっていたところだ。
「なるほど。熱すぎるお湯は川の水とまぜちゃうのね。さすがユージ」
水かさが増すと、水面下になっちゃうけどな。その時は、また掘りなおせばいいさ。
この世界の人々にも、入浴という習慣は一応あるらしい。しかし、少なくともこの村では、村人達がお風呂にかける情熱はそれほど熱いものではない。
その原因としてまず考えられるのは、この村の大気中に存在する精霊だ。精霊達が先住生物の文明を監視抑制しているおかげで、薪や石炭の高温での酸化反応が抑制されてしまう。要するに、帝国やアーツベツの都とは違い、この村では大火力の風呂釜が使えないのだ。
さらに、王国領までいけば火炎魔法とやらが存在するらしいのだが、この村では魔法も魔導器も一般的ではない。したがって、湯船にたまったお湯の風呂を沸かすというということが、難しいのだ。
というわけで、村人達の入浴は、川の水や井戸水をつかった行水が一般的だ。街道を往き来する旅人が利用する大きな宿屋でも、せいぜいが炭を利用した蒸気をつかった湿式のサウナみたいなもので汗を流す程度だ。
だが俺は、銀河系に進出した人類社会のなかでも、無類の風呂好き民族の出身である。俺にとって、お湯をためた湯船の存在の有無は、人生に関わる重大問題だといってもいい。
そんな俺が、偶然温泉が湧き出しているのをみつけてしまったのだ。これを利用しない手はない。秘密の露天風呂をつくって楽しもうという計画だったのだ。
「アーツベツの都に行ったとき、暖かいお湯のお風呂に浸かったことがあるわ。あれ気持ちいいのよね。でも、……こんなところに温泉なんて湧いていたかしら?」
俺が汗だくになってスコップをふるい、穴を広げている姿を、手伝いもせず岩にすわって眺めながら、ノースちゃんがのんびりとつぶやく。
近くにでっかい岩が崩れた跡があるから、もしかしたら最近地面の下で動きがあって、湧き出したばかりなのかもしれないな。
「へぇぇ。……ねぇ、どうしてケイお姉ちゃんにも秘密にしてるの?」
ケイに見つかったら、確かに手伝ってくれるだろう。そして、絶対に一緒に温泉に入ると言い出すに決まっている。
しかし、ケイは、アンドロイドといっても軍用仕様のように超合金や超高張力繊維でできているわけじゃない。クローン技術を利用して有機組織を合成し、各細胞をナノマシンの量子ネットワークで結合した有機アンドロイドってやつだ。諸々の機能(女性としての機能ふくむ)は基本的に人間と同じ。しかも、外見は年頃の超かわいい女の子だ。
「さすがの俺も、ケイと一緒に風呂にはいって心の平静が保てる自信がない……」
……と言いかけたところで、ノースちゃんの冷たい視線に気づく。そ、そうだ、俺とケイは姉弟だった。
「そ、そ、そそうじゃなくて! 男は、ひとりでのんびりと風呂に入りたいときあるんだよ!!」
「ふーーーん」
ノースちゃんの視線がますます冷たくなる。そんな目で見るな! ていうか、手伝ってくれないんだったら、帰れよ!
「土いじりなんてしたら、お洋服が汚れちゃうじゃない。ああ、こんな炎天下にいたら汗かいちゃったわ。もう、それくらい掘ればいいでしょ? 早くお風呂はいりましょうよ」
「あ、ああ、そうだな。別に大人数で入るわけでもないし、こんな小さなお子様ボディだし、こんなもんで十分か。
湯船と言っても、単に河原の土を掘っただけだから、あまり綺麗なものではない。お湯と川の水と泥がまじって、どうしてもお湯が濁る。
本当は、コンクリートで壁を固めるとかしたいところだが、村の大人に秘密のままでは無理だろうな。なんならドラム缶みたいなものでもいいんだけど、なんとか入手できないかな。
「まぁ、しばらく待っていればお湯がたまるだろう」
俺は、大きな石を動かし、お湯の流れを変える。掘った湯船に、お湯をためるのだ。
「そろそろ入れるんじゃない?」
ノースちゃんが、待ちきれないという風体で、そわそわしながらお湯を眺めている。
確かに。湧き出しているお湯の量が大量だから、ちょっと放っておくだけでお湯が澄んできた。
手を突っ込んでみる。……うん、いい感じだ。ちょっと熱めだが、エドっ子にはちょうどいい。これくらいが粋ってもんだ。ちょっと葉っぱや小枝や小さな虫が浮いているのは仕方が無いだろう。いや、むしろこれこそがワイルドな露天風呂の醍醐味だ。
ゴクリ。
俺はおもわず喉をならす。夢にまで見た温泉だ。
今日はちょっと暑くて、しかも穴掘りの重労働をしたばかりだ。汗を流したいと思うのも仕方がない。
……いやいや、そんなことは些細なことだ。温泉をみると血が騒ぐ。これは、民族の血だ。俺の遺伝子に組み込まれたDNAが騒ぐのだ。こんな宇宙の果てに来ても、千年間も冬眠しても、さらにこんなお子様の身体になっても、それでも俺の本能はかわらない。温泉が好き。これこそが俺の血に刻まれた民族のアイデンティティなのだ!
いくか。
俺はティーシャツを脱ぎすてる。そして、半ズボン。足場の悪い岩の上で、片足づつ引き抜く時間ももどかしい。ブリーフに手をかけたところで、しかし邪魔がはいってしまった。
「ちょちょちょちょっとまってよ、ユージ」
ノースちゃんだ。真っ赤な顔を背けながら、なにやら叫んでいる。
「なんだよ」
「女の子の前でいきなり裸になるなんて、あんたなにを考えているのよ!」
あ?
あ、ああ、なるほど。そこまで気が回らなかった。ノースちゃんはまだ小学生だし、いやそれよりも俺自身がこんなぴかぴかの一年生のお子様な身体だから、そんな事まったく意識していなかった。こんなお子様でも、やっぱり女の子なんだなぁ。
うーん。こまった。目の前に温泉があるのに入れないとは悔しいが、しかたがない。ここはレディファーストで譲るか。
「わかったよ。俺はしばらく森の中でキノコでも採ってるから、ノースが先に湯船に入ってろよ」
「えええええ、こんな森の中でか弱い女の子をひとり風呂にいれて、あなた平気なの? また魔物がでてきたらどうするのよ」
「じゃあ、どうするんだよ!」
「そ、そうねぇ。うーーん。私が後ろ向いている間にユージは裸になって風呂にはいりなさい。そして、眼を閉じるのよ。その間に私がお洋服脱いで湯船に入るわ」
めんどくさいなぁ。
「なんか言った?」
いいえ。なにも言ってません。
こうして、俺たちお子様ふたりは、河原の露天風呂で混浴することになったのだ。
2014.05.31 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。もしよろしければそちらも合わせてご覧ください。タイトル「先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ」( http://ncode.syosetu.com/n8157bs/ )