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15/19

15.怒りはパワーの源泉なのです





 どうしてこうなったのでしょう?


 なぜか騎士様達の小隊の前で、剣をふるってみせることになってしまいました。


 キリノさんの家に先祖代々伝わるという家宝の剣が、ふたたび私に渡されます。私を取り囲んでいるのは、騎士団の団長さん、ヒゲの小隊長さん、キリノさん、ノナトさん。みな、興味津々といった表情で、剣を手にした私を見ています。


 私は、ため息をつきながら振り向きます。視線の先には、騎士様とは別に、先住生物の女がひとり。ユージ君の小学校の女教師、ホベルッチ先生です。


 なぜこの私が、あの女の言うことを聞かねばならないのでしょう?


 ホベ先生は木陰になっている倒木の上に腰掛けています。よりによって、その膝の上にはユージ君を座らせています。両腕でユージ君の首をがっちりホールドして、逃げられないようにしています。


 あんな先住生物のいうことなんか聞きたくありませんが、ユージ君に言われたら拒否できません。


 私は、ユージ君を睨みます。


 ユージ君が目をそらします。


 なさけない! なんてなさけない表情。下等な先住生物ごときにいいように扱われて、人類の男としての誇りはないのですか?


 ふん!


 怒りの勢いのまま、私は剣を鞘から抜きます。妖しい光を放つ剣、いいえ刀をかまえます。目標は目の前、直径十メートルほどの巨木です。


 ギャラリー達が息をのむのを感じます。


「いきますよ。……やあ!」


 目標に刀を打ち込みました。ちからいっぱい打ち込みましたとも。


 ガコッ


 剣は、見事に木の幹に食い込みました。地面から、約一メートルほどの高さ、幹の皮にほんの数センチほど食い込んで止まっています。


 私はそれを引き抜こうとひっぱりますが、剣はとれません。お上品さをかなぐり捨てて、幹に足をかけて力一杯ひっぱっても、剣は微動だにしません。私の力では無理なんだと必死にアピールします。そうです、私はただの女の子なんですから、剣なんて使えるわけないのです。


「もうしわけありません。やっぱり私の力ではこれが精一杯です」


 わざとらしく、額の汗を振るいながら、営業用のスマイルでごまかします。


 さぁさぁこれでおわりです。ユージ君といっしょにさっさとかえりましょう。





 でも、ホベ先生は納得はしてくれませんでした。


「ちょっとケイちゃん。なによそれ。可愛い顔してニコニコしていればなんでもごまかせると思ったら大間違いよ! 本気出しなさいよ、本気!!」


 ホベ先生が、眉間に皺を寄せながら、おっかない顔でこちらを睨みつけます。


「でも、これが私の本気……」


「本気出さないと、……こうよ」


 ホベ先生が立ち上がり、ユージ君を抱き上げます。そのまま自分と向かい合わせるよう両脇を持ちあげて、抱っこします。そしてあらためてユージ君を自分の膝の上に座らせます。向かい合わせのまま。


 小さなユージ君の顔が、ちょうどホベ先生の胸のなかに埋まっています。両手でユージ君の頭をかかえて、自分の胸におしつけています。


「せせせせ先生! なにをやっているんですか! はなしてください!!」


 ユージ君はじたばたと暴れていますが、はなれることができません。


「あん、ユージ君、あんまり動かないで」


 ホベが、色っぽい声をあげやがります。男騎士共が馬鹿面をして、羨ましげに眺めています。


「ああああなた、学校の先生なんでしょ! そんな事がゆるされると思っているのですか! ユージ君をはなさないと訴えますよ!!!」


「いったい誰に訴えるのかしら。私はこの国の領主様からの直の命令でこの村に来ているのよ。突然あらわれた不思議な姉弟の正体を調査するためにね」


 こ、こ、この雌の先住生物、まずはこいつをたたき斬ってしまいましょうか。


「……おねがい、ケイちゃん。一回だけでいいの。今ここには信用できる騎士以外、他の村人はいないわ。ここで見たことは絶対に秘密にするから。だから、私の目の前で、先史魔法文明の遺物を使ってみせて。お願いよ!!」


 一転して、先生の表情が真面目なものにかわりました。両手を合わせて、拝むように私に訴えます。胸の谷間に埋まっているユージ君も、なんとか顔だけ振り向いて、小さく頷きます。


 わ、わかりました。一回だけですよ。それで、ユージ君をはなしてくださいよ。







 不肖不肖うなずいたケイが、大木に食い込んだままの刀を片手でひょいと引き抜いた。今度こそ、本気で振るう気になったようだ。


 俺は、ホベ先生の膝の上にちょこんと座らされ、それをみている。なんとか前を向くことだけは許してもらったが、頭の後ろに密着されているのはかわらない。


「あのー、先生。頭のうえになにかのっているんですが……」


 そう、俺の頭の上には、ふたつの膨らみ、先生の胸がのっかっているのだ。 なんでこうなった?


「ちょっとくらいいいじゃない。こうしていると楽なのよ。……やっぱりさっきみたいに向かい合って対面で座る方がいいかしら? 私はどちらでもいいけど」


 い、いえ、この姿勢でいいです。


 ふと気づくと、ケイが恐ろしい顔でこちらを睨んでいる。できるだけ穏便にさっさと終わらせてしまおう。


「……ねぇ、ユージ君。あなたとケイちゃんって、どんな関係なの? ただの姉弟じゃないんでしょ?」


「見たとおり、ただの姉弟ですよ」


「嘘おっしゃい。ケイちゃんが普通の女の子のわけないでしょ。あなたもね。はじめはちょっと特殊な魔法使いが王国から亡命してきたのかと思ったけど、そんな生やさしいものじゃなさそうだし。……そもそも、あなた本当に見たとおりのお子様なの? いったい何者? まさか、先史魔法文明の……」


「おねがいですから、あまり詮索しないでください。ほら、ケイが剣を振るいますよ。見なくていいんですか? ……くどいようですが、一回だけですよ。そして見たことは秘密にしてください。僕らは村で地味に平和に暮らしたいんですから」


「わかってるわよ。まずは見せてもらいましょうか」





 俺とホベ先生が見つめる先で、ケイが剣を構える。もともとは軍用アンドロイドのために開発された近接戦闘用コードを実行する。瞳の色が紅くかわる。


 ケイの周囲に精霊、すなわちテラフォーミング用のナノマシンが展開され、空気の色がかわる。雰囲気の問題ではない。本当に物理的にかわるのだ。ケイの脳と近傍のナノマシン達が量子的にリンクされ、彼女の身体が淡い光の繭に覆われる。


 いま、ケイの意識は、身体の外側の空間にまで染み出している。リンクした精霊が支配している空間そのものが、ケイの五感に同化されている。


 そして、刀の柄に組み込まれた制御装置も、精霊を通じてケイとリンク。刀そのものが彼女の支配下に置かれる。


「キリノ君、あなたがあの剣を使うときも、あんなふうに光るの?」


 ホベ先生の問いに、キリノは首を横に振って応える。


「いいえ。ご先祖様から代々つかってきた剣ですが、光るなんて聞いたことないですね。鋭くて頑丈な剣だとしか……」


「なるほどね。ねぇ、ユージ君。あの光の繭、もしかして、……ケイちゃんは先史魔法文明の遺物の正統な持ち主だということ?」


 この先生は、俺たちのことについて、どこまで知っているのだろう? 俺たちがこの惑星の生物たちにやったことについて、どこまで理解しているのだろう?


「さぁ? 光の繭なんて、目の錯覚じゃないですか?」


「ふぅん。……私ね、子どもの頃から科学者になりたかったの」


 んん? 突然なにをいいだすんだ?


「父が、先史魔法文明の遺跡の研究をしていて、彼らの驚異的な文明の遺物をたくさんみせてもらって……。いつか私達人類も科学技術を発展させ、彼らのように生命の神秘を解き明かし、星々の海を渡る日がくることを、ずっと夢見ていたの」


 ああ、わかる。ホベ先生の言いたいことはなんとなく理解できる。科学のレベルはともかく、俺だって同じ科学者だからな。未知の生物をもとめて、こんな紛争星域の危険な惑星の調査隊に志願した生物学者として、その気持ちは痛いほど理解できるぞ。






 私は、木の正面までふたたびゆっくりと歩きます。


 ちらりとユージ君に視線を移すと、頭の上のホベ先生となにやら話しこんでいます。


「ふん。どうせなら、あの先住生物の女が腰を抜かすくらい、派手にやってやりましょうか」


 左手で鞘ごと腰の後ろに構えます。右手を柄に、通常とは逆の、逆手でにぎります。


 かつてユージ君と一緒に見た、大昔の娯楽映画の真似をしてみましょう。





 巨木からほんの一メートルほど。淡い光の繭の包まれる少女が佇む。


 空気がはりつめる。怖いほどの静寂。そこに居合わせた誰も、呼吸すら忘れている。


 ひらり


 一枚の木の葉が舞い落ちる。


 それを合図に、少女は刀を抜く。木の葉に向けて。


 未知の力を秘めた剣、精霊、そして彼女自身。その世界に生きる者達には絶対に理解できないテクノロジーの粋を尽くした神の力が、そこに発動する。





2014.05.10 初出



(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。もしよろしければそちらも合わせてご覧ください。タイトル「先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ」( http://ncode.syosetu.com/n8157bs/ )


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