14.胸の大きさ違いが戦力の決定的差ではないということを教えてやるのです
ブタ人間の襲撃から、一夜があけました。
十頭もの巨大なブタ達による被害は、甚大です。けが人が村の集会所に集められ、お医者様による必死の治療がおこなわれています。不幸にもお亡くなりになった犠牲者のご家族が、悲しみにくれています。壊された建物の前で呆然と立ち尽くす人々がいます。村のあちこちに、大きな傷跡がのこっています。
それでも、騎士団の活躍により、ブタの群はとりあえず撃退され、安全は確認されました。街道の封鎖は、そうそうに解除されています。村人の事情などお構いなく、村を訪れる街道の利用者は絶えることはありません。これから数日間は、いつもよりも慌ただしい日々が続くのでしょう。
その日の夕方。ユージ君と私は、騎士団の方達と共に現場検証にかり出されました。
よくわかりませんが、魔物がどこから来たのか、なんのために村を襲ったのか、どうやって撃退したのか、など状況をまとめてて、アーツベツの騎士団本部に報告しなければならないそうです。きっと、今後の魔物対策に役立てられるのでしょう。
私達が豚たちに追い詰められた例のガケのそばに連れてこられたのは、私とユージ君。私たちを助けに来てくれたキリノさんとノナトさん。そして、村に駐留する騎士団の団長さん、お髭の小隊長さん、その他数人です。
現場には、今でもなまなましいブタの死体、正確にいうと元ブタだった肉塊がころがっています。
自分でやったこととはいえ、改めて見直してみると、かなりグロテスクな光景ですね。もともとバリバリの生物学者であり、先住生物を相手にいろいろマッドな実験をやりまくってきたはずのだったユージ君ですら、げんなりした顔をしています。
「……見事だな。こんな巨大な魔物の筋や骨が、これほどまでに鮮やかに斬れるものなのか?」
ブタの屍骸を検証している騎士団長さんが、つぶやいています。
「本当に、あのケイが斬ったのか?」
あら、ヒゲの小隊長さんが、あらためて私を凝視しています。ユージ君から『あまり目立つな』と言われているので、ここは愛想笑いでごまかしておきましょう。
「本当に、あのケイが斬ったのか?」
豚たちの足跡を調べている若い騎士、キリノとノナトに対して、小隊長が尋ねる。
「隊長、俺が嘘を言うわけないでしょう」
まぁ、団長や小隊長のその気持ちは俺もわかるよ。この目で見た俺だって、いまだに信じられないもん。
みなの視線が、木陰で休んでいる民間人の子ども達、中でもケイに集中する。
ニコッ。
視線に気づいたケイが微笑みを返す。団長と隊長のおじさんコンビの顔があかくなる。
ああ、その気持ちもわかる。だけど、俺以外の男がケイをそーゆー目でみるのは、許せん!
「……こちら側に居た魔物達は、イセキの方向から来たようにみえますね」
ばかな男達を尻目に、ひとり冷静な女騎士ノナトが、足跡を分析している。
「ふむ。村を襲った奴らも、同じと考えるべきだろうな。しかし、イセキは遠すぎる。あそこまで山狩りの範囲を広げるのは、人手と予算の面から難しいぞ」
団長と小隊長が、ため息をつきながら今後の対応に頭を悩ませているようだ。だが、下っ端のキリノにとってはとりあえず関係のないことだ。
「キリノ殿下?」
ブタの屍骸を埋めるための穴を掘り始めたキリノに、後ろから声をかける者がいた。キリノは驚いて顔をあげる。
俺のことを『殿下』と呼ぶ人間は、騎士団にはいない。他の騎士と同様に扱うよう、領主である親父が直々に命令しているからだ。俺も、そうしてくれた方が気が楽だ。
振り向くと、そこにいたのは騎士ではない。民間人の女性。村の小学校のホベルッチ先生だった。
「せ、先生。俺の事はアーツベツの頃と同じようにキリノと呼んでください。先生まで、現場検証にかり出されていたんですか?」
ホベルッチ先生は、キリノより五つほど年上、二十代後半の女性だ。だが、ただの田舎の女教師ではない。新進気鋭の女性物理学者として、アーツベツのアカデミーでも注目されている逸材なのだ。学生の頃から天才少女として国内でも有名人で、親父、いや領主の援助により、帝国に留学したこともある。アーツベツの都ではキリノの家庭教師として雇われていたこともある。
そんなわけで、個人的によく知っているホベ先生なのだが、なぜ彼女がこんな田舎に小学校の教師として突然赴任してきたのか、キリノも不思議におもっていた。村で本人にきいても、口を濁すばかりで、決して理由を教えてはくれないのだ。
「ええ、キリノ君。本業の方でちょっと調べたいことがあったのよ……」
「本業って、村の小学校の教師は副業なんですか?」
「それについては、おいおい……。それよりもキリノ君、お願いがあるの。もしよかったら、昨日ケイちゃんに貸したという剣を見せてもらえる?」
「先生の頼みでしたらなんでもしますが……。鋭い刃物ですから、気をつけてください。さわったら指くらい簡単に落ちますよ」
ウェーブのかかった金髪。銀縁の眼鏡。白い肌。整った顔立ち。みるからに学者肌のお姉様が、家宝の剣をあぶなっかしい手つきで扱っている。
「領主様の家に代々伝わる魔導器だと聞いたけど、……みたところ、普通の剣にしかみえないわね。まぁ、もともと我々の科学では理解できない先史魔法文明の遺物を『魔導器』と呼ぶのだけど」
太陽の光を反射して銀色に輝く剣を、ちょっとつり上がった目を寄せながらしげしげと眺めている。
「キリノ君。アーツベツ自治領でも有数の剣士といわれるあなたがこの剣を使えば、ブタを真っぷたつにできる? あそこにころがっている肉塊のように」
ホベ先生は、昨日ケイが作った肉塊を指さす。俺は、だまって首を横に振る。
「無理です。斬ることはできますが、あんな綺麗に斬ることは無理です。俺だけじゃない、アーツベツの騎士団の誰がやっても同じです。人間だけではなく、たとえば帝国軍にいる怪力無双の亜人だって、あんなことをできるのは何人もいないでしょう」
「ふむ。『普通の人間』には、魔導器の力を完全に解き放つことはできない、……ということね」
いったい何を考えているのか。ホベ先生はブツブツ言いながら剣を見つめている。
おもえば、家庭教師をしてもらっていた頃は、この人にあこがれていた。恋していたといってもいい。頭の悪いバカなガキでしかない俺のことなんて眼中にないことはわかっていた。それでも、何かに集中すると他の物が見えなくなる、この人のこの顔に惹かれたんだ。
……と、ホベ先生が後ろを振り向く。言葉をかけたのは、俺ではない。木陰で弟を抱きながら居眠りを始めたケイだ。
「ケイちゃん!」
突然名を呼ばれて、ケイがびっくりした顔をあげる。
「あなた、この剣でなにか斬ってみてくれない? そこらへんの木でいいから」
えええ。どうしましょう?
ユージ君の学校の先生の頼みですか。ユージ君の方をみてみると、……首を横に振っています。そうですよね。村の先住生物達との円滑な関係を維持するためには、あまり目立たない方がよさそうですものね。
「……もうしわけありません。昨日のあれは、火事場のバカちからなのです。ごらんの通り私のか弱い細腕では、剣なんて振るえないのです」
「そう? ……では、ユージ君」
「え? お、お、俺? 俺にできるわけないだろう!」
ユージ君がびっくりしています。そりゃそうでしょう。このお子様ボディのユージ君が、剣を扱えるはずありません。いったい何のつもりなんでしょうね、この先生は。
「別にユージ君に剣を扱えなんて言うつもりないわ。あなた、……学校で先生の胸ばかりみているわよね。先生しっているのよ。ノースちゃんに言っちゃおうかなぁ!!」
ぶっ。
ユージ君が吹き出します。
「ユ、ユ、ユージ君?」
おもわず私は、膝の上に抱いているユージ君の顔を、両手で挟みます。上からのぞきこみます。
「まさかユージ君、そんな可愛らしいお子様の身体になったくせに、そんなイヤらしい目で女性を見ているんですか? そんなに大きな胸が好きなんですか? おっぱい星人なんですか? し、信じられません。幻滅です!」
真っ赤な顔をしたユージ君が、必死になって反論してきます。
「ち、ちがうぞケイ。誤解だ。誤解なんだ。俺は先生の胸なんて見ていない! ね、先生、嘘ですよね、冗談だといってください!」
「あら、誤解なの? 私これでもスタイルには自信あるのよ。男の子なら見たくなっても仕方がないと思うけど。ちがう?」
わざとらしく腕を胸の下でくんで胸を強調したホベ先生が、近くに居る数人の騎士を見渡します。
「ねぇ。騎士様もそう思うでしょ?」
それをみたキリノさんや隊長さんが、うなずいてやがります。
「まぁ、……仕方がない。小学生とはいえ男の子だもんな」「仕方ないよ」「うむ」
男騎士がそろいもそろって、鼻の下のばして、なんという馬鹿面! ……男って!
「ユージ君!! 私の胸じゃ不満なんですか? あんな、先住生物の雌のでっかいだけのものよりも、私の胸の方が形も大きさも柔らかさも感度だって……」
「うわー、ケイ。こんなところで何を言い出すんだ! それ以上に何も言うな。しゃべるな! 先生、なんとかしてください。僕は何をすればいいんですか?」
「そうねぇ。ユージ君がそこまで言うのなら、私の勘違いということにしてあげる。……で、お願いはね、ケイちゃんがこの剣、先史魔法文明の遺物である魔導器の能力を解き放つところを、私に見せて欲しいの。あなたからお願いしてくれれば、ケイちゃんもきいてくれるでしょ?」
2014.05.03 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。もしよろしければそちらも合わせてご覧ください。タイトル「先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ」( http://ncode.syosetu.com/n8157bs/ )