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12.刀もってこい! なのです



 先に気づいたのはユージ君でした。


 ガケの対岸にいる二人の騎士。おそらく私たちを助けに来てくれたのでしょう。そのうちのひとりが持っている剣。


 その剣が、光っています。淡い光の繭に包まれています。あれは、戦闘アシストのため私とリンクしている大気中の精霊達に、反応しているのです。


 そう、あの剣も、私と同様に大気中の精霊とリンクすることができるのです。千年前、ユージ君の仲間がこの惑星にもちこんだ道具です。ナノマシンとリンクして自己修復可能な、個人用の携行武器の一種です。


「おい! そこの騎士!! その剣を貸してくれ!」


 ユージ君が、必死に叫びます。







「キリノ、……その剣」


「えっ?」


 いままさにガケを飛び降りようとしているキリノは、同僚のノナトに指摘され、はじめて気づいた。


 俺の剣が、……光っている。


 実家に家宝としてつたわる剣が、鞘ごと光の繭につつまれ淡く輝いているのだ。そして、崖の向こうの少年が、この剣をよこせと叫んでいる。


 この剣を、ケイに?


 おもわず崖のむこうでブタと戦っている少女と剣を見くらべる。彼女が、こんな剣を使えるというのか?


 ……いや、使えるのだろう。


 キリノは、なぜかそれを確信した。


 彼女の周囲の空間と同じ色に光っているこの剣ならば、先史文明人により作られたと伝えられる剣ならば……。






 家宝の剣を、キリノは腰からはずそうとした。しかし、彼よりも素早く動いたものがいた。ノナトだ。


 ノナトは、崖のむこうのユージが叫んだ瞬間に動き出していた。まったく躊躇すること無く、まるで何かにあやつられているかのように、本人よりも先にキリノの腰の剣を握る。そして、鞘にはいったまま、投げた。


 剣は、まるで誘導ミサイルのように、崖のむこうのケイむかってとんでいく。彼女の手の中に吸い込まれるように。





「ケイ、剣だ!!」


 ユージ君が叫びます。


 三頭のブタに正対している私の背中の方向から、私に向かって飛んでくる剣。振り向かなくてもわかります。


 ブタが振り下ろす巨大な剣を、かろうじて半歩だけ横にステップして避け、そのまま垂直にジャンプ。脚にガタがきているので、あまり高く飛べません。それでも、身体を弓のように後ろに反らし、両手を頭の上に振りかざします。


 柄の部分を前にして一直線にとんでくる剣を、頭の上で両手でキャッチ。刀身の制御装置と精霊を通じてデータリンク。そのまま、空中で鞘から引き抜きます。


 安全装置解除。単原子刃展開。露わになった片刃の剣を、真下に向けて振り下ろします。極高速振動開始。出力最大。目の前の、ブタ面にむかって。


「このブタ野郎! 研究助手仕様のアンドロイドだからといって、なめるんじゃないわよ!!」






 ノナトが投げたキリノの剣は、ちょうどケイの頭の上に向かって飛んでいく。


「うまく受け取ってくれよ」


 彼女の身体能力はわかっている。しかし、いま彼女の目の前には巨大な剣をふりまわすブタがいる。ブタの剣を避けながら、空中の剣を受け取ることができるのか。


 そんな心配がまったくの杞憂だとわかるまで、三秒もかからなかった。


 ケイは、ブタの剣をかわすとそのまま真上にジャンプ。頭の上に振りかざした両手に、剣はすっぽりと収まったのだ。まるで、最初からそこにあるべきものだったかのように。


 そして、まったく動きをとめないまま、ケイは剣を振り下ろす。


 細長い片刃の剣。鞘を空中にのこしたまま、その刀身のみが引き抜かれる。夕日を映し怪しい色に光る刀身が、ケイの手に触れた瞬間、眩しく輝いた。輝く剣が、凄まじい速度でブタの脳天に向かって振り下ろされる。


 まばゆい光が一閃。それだけだ。剣の動きそのものは、あまりにも速すぎてキリノの目でさえ追いきれなかった。大きな半円の孤を描いた光が、ブタの身体があった場所を縦に通過したのが見えたのみだ。


 ブタの動きが、唐突にとまる。


 ケイがその目の前に、音も無く着地する。ゆっくりと一歩さがり、距離をとる。


 静寂。周囲の全てが静止している。キリノが唾を飲み込む音が、やけに大きく響く。


 ちょうど五秒後。


 一陣の、ほんの僅かな風が、谷をわたっていく。一枚の落ち葉が舞い上がり、静止したブタの肩に乗る。


 それを合図に、……ブタの巨体がふたつに割れた。脳天から股間まで、綺麗に縦に別れたのだ。


 大量の血液を吹き出しながら、ふたつの醜い肉塊が、左右にわかれ崩れ落ちていく。





「なっ!」


 キリノがさけぶ。必死に叫んだつもりだったが、声にならない。


 人間に、あんな事ができるわけがない。


 どんな達人でも、どんなに斬れ味がするどい剣をつかっても、二メートルを超える巨大な筋肉の化け物を、あのように斬ることはできない。できないはずだ。


 それなりに修行を積んできたからこそわかる。同じ剣をつかっても、俺にはできない。俺には絶対にできない。


 騎士も、子ども達も、そしてブタ達も、その場に居る全ての者が、目の前でおこったあまりの出来事に動きがとまっている。


 否、ひとりだけ動いた者がいた。ケイだ。






 予備動作なしに、まったく音も無く、ケイはふたつに分かれたブタの亡骸の上を飛び越える。そして、もう一頭のブタが気づいた時には、いつのまにか目の前に立っていた。


 ケイは、すでに剣を腰の高さに構えている。ブタは、驚愕のあまり動けない。かまわずに、少女はそのまま剣を横に薙ぐ。


 二頭目のブタが斬られたことを自覚したのは、自分の上半身が下半身から別れ、滑り落ちていく音を聞いたときだった。


 ぎゃーー


 最後の一頭は、かろうじて斬られる前に我を取り戻した。


 彼は、生物としての根源的な感情、恐怖に身をまかせる。その場で後ろを向き、逃げる。一目散に逃げる。


 十秒間ほど走ったのち、ちらりと振り返る。そして、腰を抜かす。目の前に、少女の顔をした悪魔が立っていたのだ。


 少女は、にっこりとほほえんでいる。そして、剣を振りかざす。


「エネルギーがもうないのです。あまり手間をかけさせないでください」


 少女の剣が自分の頭蓋骨を叩き斬る直前、ブタの剣がそれを受けることができたのは、単なる偶然だ。


 だが、ほんのコンマゼロゼロ数秒後、ブタは恐怖と驚愕のあまり眼を見開らく。


 彼の目の前、受け止めたはずの妙に細い片刃の剣が、彼のもつ巨大な剣を両断したのだ。まるで、バターの塊をナイフが通過するように。


 もともとうけることなど不可能だったのだ。ブタの剣などはじめから無かったかのように少女の剣はその空間を通り抜け、そのまま彼の脳天に到達する。


 そして、あたりまえのように、彼の肉体はただの肉塊にかわった。





 ふう。


 すべてのブタを片付けた後、わたしはしばしの間、手元の剣を見つめます。


 その妖しく光る刀身に纏うナノマシン達。彼らの持つプログラミング可能な分子アッセンブラー機能。それにより形成された単原子刃を刀身に展開、超高速振動させる刀ですか。


 これ、固体の物質でつくられた刀としては、宇宙最強の斬れ味でしょうねぇ。おそらく、通常の物質で切れないものはないんじゃないですか。防御フィールドさえなければ、宇宙軍の戦艦の装甲だって叩き斬るかもしれません。


 もちろん軍用なのでしょうが、見た目が『日本刀』そっくりに作ってあるのは、連邦宇宙軍の植民星駐留部隊のだれかが趣味で改造したのものでしょうか。


 なんにしろ、……よくぞ千年も、無事に残っていたものです。そして、よくぞこの土壇場で、私のもとにきてくれたものです。


 あなたのおかげで、私たちは生き残ることができました。ありがとうございます。





「ケイ、……おまえ刀身に頬をすり寄せたり、口づけするのはやめろ。いろんな意味で、危ないぞ」


 あら、ユージ君。みてました? この刀は、ユージ君達を守るための存在という意味で、私の仲間みたいなものですからね。つい。


「まぁいいや。それはともかく、……助かった。ありがとう」


 あらあらあらあら、ユージ君にお礼をいわれちゃいました。こんなに嬉しいことはありません。


「お、お、お、おねぇちゃん」


 ノースちゃんが、泣きながらすがりついてきました。


 そんなに泣かなくても大丈夫よ。


 一瞬とはいえ、この娘をおとりにつかおうとしたことには、罪悪感を感じています。今は、本気で後悔しています。ごめんなさい。もう、あんなことは考えませんから、許してくださいね。もちろん、ユージ君が優先なのはかわりませんけど。


 あ、ガケの向こうから騎士様たちもこちらに来ました。


 この方達が剣をもってきてくれたおかげで、ユージ君を守れました。


 ちょうどよかった。私の身体はもう限界です。頭の中でいくつもの警報がなりつづけているのです。この方達なら……。





「騎士様、剣をありがとうございます」


 ガケの向こう側にわたった俺をみつけて、ケイは微笑んでくれた。


 遅い! と、なじられる覚悟もしていたのだが、やはり彼女はそんなことはしなかった


 にっこりと微笑みながら、スカートの端をつまみあげ、丁寧な御辞儀をしてくれる。


 これが、あの凄まじい剣をみせてくれた少女なのか。この少女が、目の前に転がっている巨大な肉塊を、あっという間につくりだしたというのか。どこからどうみても、ちょっと小柄の普通の少女じゃないか。


「騎士様、お願いがあります。私はエネルギー、……いえスタミナ切れのため一時的に寝なければなりません。私を運んでいただけますか?」


 えっ?


 そして、ケイはノナトの方を向く。


「ユージ君はあなたにまかせます。あなたならできますね? お願いします」


 言うやいなや、彼女はいきなり倒れた。俺がささえてやらなければ、その場に崩れ落ちただろう。


「ケイ?」


 大丈夫なのか? どこかケガを? あわててケイの弟の少年、ユージ君を見る。


「あ、大丈夫だと思います。多少の怪我はほおっておけば治るはずだし。緊張がとけて気が抜けちゃっただけだから、数時間後には目を覚ますでしょう。申し訳ないですけど、おぶってやっていただけますか?」


 弟はおちついている。


 まぁ、凄まじい剣を操ると言っても、中身は少女だ。気が抜けるということもあるのだろう。





 少年と少女はノナトが手を引き、ケイはキリノがおぶって帰途についた。


「……へぇ。ケイが、俺以外の人間を信用して、身を預けるとはね」


 ユージ君が口の中だけでつぶやいたのが、わずかに聞こえた。


 おもわず、キリノの口元が緩む。


 この二人きりの姉弟にどんな過酷な過去があったのか、そしてどんなに強い絆で結ばれているかはわからないが、そんな少女が俺を頼ってくれたのだ。悪い気がするわけがない。





2014.04.12 初出




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