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11/19

11.スカートのまま踵おとしをすると大変なことになるのです



 手が届かない深い谷の向こうで、ブタの群に囲まれ絶体絶命の子ども達。それを為す術無く対岸でみているしかないキリノ。


 進退窮まった状況から、少女は絶望的な反撃を試みる。その瞬間、キリノは何がおこったのかわからなかった。





 ケイめがけて一歩ふみだし、拳を振り下ろした巨大なブタ。巨大な拳の影と重なり、ケイの姿が一瞬みえなくなる。


 ああ……。


 同僚のノナトの口から、おもわず悲鳴がもれる。だが、その瞬間、ブタの足元から真上に向けて、白くて細い何かが爆発的に吹き上がったのだ。


 それがケイの脚だとキリノが理解できたのは、ブタの顎を思い切り蹴りあげた彼女が、そのまま一回転して着地してからだった。


 キリノは、声もでない。


 まったく予備動作なしの状態から、あのパンチを紙一重でかわし、一瞬で化け物の足元に踏み込んだというのか。さらに、そこから二メートルも真上の目標めがけて、まっすぐに脚を蹴り上げた?


 白くて、細くて、長い脚。ほそい身体がしなやかに反り、そのままうしろに一回転。まるで舞うように、音も無くつま先から着地。おおきくひるがえるスカート。


 美しい。あれが、本当に人間に可能な動きなのか? いや、動きだけではない。神々しい光の繭に包まれたあの姿は、まるで、……天使。


「す、すごい。本当に人間なの?」


 ノナトも、おもわず声をあげる。





 だが……。


「だ、だめだ。相手は人間じゃないんだ」


 ブタは、倒れない。


 ブタ野郎は、蹴られた顎を撫でるだけだ。自分に何が起こったのかわからないという顔をして、きょろきょろしているだけだ。


 あれが、あの凄まじい速度の蹴りが、まったく効いていないのか? 強靱な首の筋肉のせいか? それとも、そもそも脳震盪をおこすだけの脳がないのか?


「くそ、効いていない。体重と力がたりないんだ。彼女の蹴りじゃ、奴をたおせない」


 ブタは、やっと自分が目の前の少女から反撃されたと理解したらしい。耳障りな雄叫びをあげ、怒り狂う。


 さび付いた剣を引き抜くと、ケイを目指して振り回す。


 パンチと同じで、技術も何も無いただ力まかせにふりまわすだけの剣。しかし、その威力は凄まじい。しかも、終わりがない。人間の常識を越えた剣が、右に左に何回も何回も振り回される。


 ケイは、それらをすべて紙一重で避ける。華麗に、まるで舞のように避ける。だが、もともと自由に動けるほどの空間はない。しかも、うしろに子ども二人をかばっているのだ。すこしづつ、崖沿いに追い詰められていく。





「やめろぉ!」


 ブタが、剣を上段に振りかぶる。ついに崖に追い詰められたケイに向け、思い切り振り下ろす。キリノがさけびは、もちろんブタには届かない。


 巨大であることだけがとりえの大剣が、ケイがいる空間を通過する。地響きとともに、剣先が地面に激突。土砂が吹き上がる。


「か、彼女は?」


 キリノは祈るようにケイの姿をさがす。目をこらす。盛大に吹き上げられた土埃が静まると、……小柄な人影が見えた。


 いた。ケイは無事だ。二本の脚でたっている。が、地面の上じゃない。空中? ……いや、振り下ろされた剣の背に乗っている?






 地面にまで振り下ろされた巨大な剣の先端。その剣の背の上に、少女が乗っているのだ。剣の上で、まるでブタを馬鹿にするように背筋を伸ばす、細身の少女。


 力まかせに頭に向けて振り下ろされた剣を避け、その背に飛び乗ったというのか? そんなことが……。


 絶句するキリノとは対照的に、ブタはさらに怒り狂う。その怪力で、ふたたび剣を持ち上げる。ケイを剣の背に上にのせたまま。





「わざわざ私の身体をもちあげてくれるなんて、……計算通りなのです」


 ブタが剣を頭の上まで振り上げた瞬間、私は腰をおりまげ前にかがみ、剣の根元に両手をつきます。そのまま両脚を真上に蹴り上げます。両足のかかとを持ち上げ、前方に振り回します。


 全身の力をつかっての前転。ブタから見て、目の前の私の背中の後ろから、いきなり両脚の踵があらわれたはずです。そして、逆さまになった私は、ブタの脳天をめがけて真上から、両脚の踵を落とします。全体重をかけて、思いっきり踵を振り落としたのです。


 ブタが剣を振り上げた勢いと、私自身の回転の勢い。全身全霊をかけた、絶対によけられない、ガードも不可能な踵落としです。


 ヒュン


 脚が風を斬るかん高い音。そして、


 グシャッ!!


 両かかとがブタの脳天にめりこむ嫌な感触。両脚の骨格から過負荷の警告があがっていますが、まるっと無視します。


 手応え、いえ脚応えはありました。今度こそ、……倒れて!




 一瞬の沈黙。


 ずしーん


 私を頭の上にのせたまま、ついにブタ野郎がその場にくずれおちていきます。


「やっ、やったぁ。ケイおねえちゃん」


 ノースちゃんが叫びます。


「まだだ。まだ二頭残っている。この隙ににげるぞ!」


 うかれるノースちゃんを制するように、ユージ君が叫びます。


 そうです。よろこんでいる暇はありません。私にはもうエネルギーがありません。回復するまでしばらくかかります。一頭がたおされ、残り二頭がびっくりしている今しか逃げるチャンスはないのです。






 しかし。……私がユージ君を抱え上げるため動こうとした瞬間、私の脚は巨大な何者かによって掴まれました。


 足元のブタです。倒したはずのブタが目をさまし、その巨大な手で私の脚をつかみ、そのまま崖に向けて投げ飛ばしたのです。


 ぐしゃ


 今度は、私が崖にめり込みます。目の前の現実の視界に重なるように、いくつもの警告ウインドウが表示されています。さすがの私も、起き上がるまでに少々時間がかかります。


 ……効いてない? たしかに頭蓋骨が陥没しているのに? 本当に脳みそがないの?


 どれだけ頑丈なのですか? このブタの化け物は。さすがの私も絶句するしかありません。ノースちゃんもユージ君も口をあんぐり開けたままです。


 ブタは、もうニヤニヤしていません。怒り心頭の表情でこちらをにらんでいます。三頭で、逃げ道をふさぐように、剣を構えています。





 どうする? どうすれば逃げられる?


 私の使命は、私の存在意義は、ユージ君をまもること。これが何よりも最優先です。


 そう、たとえ、……たとえ先住生物を犠牲にしても、なのです。


 私の力では、二人をかかえて逃げるのは無理です。でも、でも、小さなユージ君だけをかかえて走るならば、なんとかなるかもしれません。ノースちゃんを囮にすれば……。


 ちらり。私の視線が、ノースちゃんにむいてしまいました。


「だめだ、ケイ。そんなことを考えてはだめだ! これは命令だ! もう一回言うぞ、絶対にだめだ! わかったな」


 くっ。さすがユージ君。私の考えなどお見通しですか。


 私の思考プロセスに一瞬の迷いが生じます。でも、これだけ『だめだ』とユージ君に言われてしまえば、今の状況では私は逆らうことができません。もっともっと状況が悪くなれば、緊急事態扱いで命令拒否が可能になるかもしれませんが、それでは手遅れになりかねないのに……。


「ケイ! 囮にするなら、おr……」


 ユージ君が叫ぶのと同時に、目の前のブタがふたたび巨大な剣をふりまわしはじめました。


 ドグワシャッ!


 私はなんなくそれを避けます。下品な爆音は、剣が地面をたたいた音です。


 ユージ君が何かバカな事を言い出しそうですが、残念ながらきこえません。そんな命令は拒否です。そもそも、きこえなければ命令に従う必要もありません。しかたありませんね。


 三頭のブタは、バカみたいに剣を振り回しましつづけます。私は右に左にそれをかわしつづけます。でも、……いつまでこれを続けられるのか、自分でも自信がありません。すでに脚がまともに動きません。そろそろエネルギーも切れてしまいます。


 どうする?


 私は必死に考えます。


 どうやって、この頭の弱い筋肉の化け物を倒す?


 せめて、せめて武器があれば!







「ここにいても埒があかない。俺はガケを下る。もしかしたら、間に合うかもしれない」


 対岸でみていたキリノがついに決断する。このままでは、ケイはいつかブタに捕まる。その後に三人に何が起こるのか、想像もしたくない。


「キリノ、……その剣」


「えっ?」


 ノナトが指をさすのは、キリノの腰の剣だ。彼の実家に家宝としてつたわる剣。神話時代、先史文明人により作られたと伝えられる剣が、光の繭につつまれ淡く輝いている。


 これは、ケイと同じ色じゃないか?


 対岸でブタの攻撃をひらりひらりとかわしている少女。彼女も、たしかに光の繭に包まれている。目の錯覚かとも思っていたが、……これは、同じ光の繭なのか?





2014.04.08 初出

2014.05.01 サブタイトルを修正しました


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