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開演

空気がおかしい。

いや、別にクラスメイトの雰囲気がいつもと違うとか、うざったくて目と喉にキツイ光化学スモッグが現れたとかではない。

もっと、こう、表現しがたい「重さ」というべきものを感じる。

普通に呼吸が出来ているにも関わらず、まるで周りの空気が粘度の高い流動物であるかのようにまとわりついてくる。

誰も彼もが普通に息をする中で、まるで空気を求める金魚のようにパクパクと息をする。


濃密になる空気が肺腑と体を押しつぶす。

気体は密度を増し、ついには鈍重な液体となる。

ただの一歩が重く、ただの一息が全力。

明らかに異常にもかかわらず、それでもなお異常ではない。





だから


だから気づくことは無かった。


たとえば、どこかいつもより静かな後輩に。

たとえば、どこや憂鬱そうなカップルに。

たとえば、どこか遠くを見るような目に。






――― 夏川高等学校 廊下 ―――


水銀の中を掻き分けて泳ぐように歩く。

重苦しさの中心に向かって歩く。

無論、この重苦しさは偽りである。

(そこに理屈は無い。)

(そこに理論は無い。)

惹かれるように歩く。

例え、傍目から見て僕が普通に歩いているように見えたとしても、僕の■は重苦しさとその偽りを感じ取っている。

(そこに理屈は無い。)

(そこに理論は無い。)

長い長い廊下を。

まるで永遠の時間をかけて、しかし、普段と変わらぬ速さで歩く。

目的地は段々と遠くなり、近くなる。

約五分も無い永遠時間を抜けて、立ち止まる。


そして、扉を開いた。







――― 夏川高等学校 第一図書館 ―――


「あれ?」

静かにしなければならない図書館で、思わず間抜けな声を上げてしまった。いつもいつも同じ場所、同じ姿勢で読書しているはずの『図書館の君』が居ない。当然在るべき存在が見当たらないというのは、どこか不安を呼び起こさせる。

「出席できないような伝染病にでも罹ったのか?」

周囲の人間とは全く違う存在にも思える『図書館の君』すら休ませてしまう感染症とは一体何だろうかと考えてしまう。

だが、考えても仕方がない。

いつも通り本を選ぼうとして、気づいた。

在るべきものが無くなったのと同時に、在るべきでないものが在る。丁度、入り口から真っすぐ行った突き当たり。普段は何故か本棚が置かれていない場所には、見覚えのない扉がある。

「昨日までは、確かに無かったはずだが……。」

かといってすぐには近づかない。

部屋の反対側からその扉に向かって本棚を数えていく。

「ひー、ふー、みー、よー、いー、むー、なー、やー」

……

棚の数は確かにいつもと同じ。

所蔵された本も特に大きく並びが変わったわけじゃない。

「記憶がおかしくなったか、認識がおかしくなったか……。尋常じゃないよな、これは。」

足音を立てないように、その黒檀の重々しい扉に駆け寄る。

真鍮のドアノブが鈍く光っている。

黒ずんだ銀のノッカーに手を添えて、二度うつ。

コンコン、と乾いた音が響く。

「………」

返事どころか、物音すらない。

ドアノブに手をかける。

ひんやりと冷たく硬い感触。

幻覚ではない確かな存在を感じ、思わず手を引っ込める。

「入るよ。」

ドアノブをゆっくり回すと、黒檀の重々しい扉はゆっくりと開いた。

「……これは。」

日の当たらない黒々とした空間の中は、多数の火のついた燭台が整然と並べられている。

夜の高速道路の照明のようにも見える。

燭台の火に照らされて、壁に描かれた奇妙な回路図のような模様が見える。

目を凝らすが、暗いせいであまり良く見えない。

この先にあるのが何であるかは分からないが、これ以上進んではならない。

足がすくんだ瞬間、地の底から響くような声が部屋を満たす。

「**********」

声であるとは理解する。

しかし、何を言ってるかは理解できない。

「**********」

「**********」

「**********」

「何……を……」

圧倒的な『存在の差』

恐怖心が足先から頭の天辺までを満たす。

「はは……」

笑っている。

「ははははは……」

僕は笑っている。

哄笑

哄笑

哄笑

「**********」

「!?!?!?!?!?」

「**********」

「!?!?!?!?!?」

「**********」

「!?!?!?!?!?」






 停止






ふと気づくと、図書館に居た。

後ろを振り返る。

いつも通りの本棚。

「何か……、あったような……。」

寒気がする。

来た道を戻ると、早々と図書館から退散した。






――― 夏川高等学校 校庭 ―――


野球部の掛け声。

陸上部の叫ぶ声。

砲丸投げの雄叫び。

土曜日の校庭には様々な声が響く。

青春の声が響く中、ゆっくりと歩く。


いつの間にか息苦しさは消えていた。

足取りは軽く、三分かかる道をいつもの速さで三分の時間をかけて歩く。

僅かな違和感だけがそこにあった。

空を見上げる。

日は傾くも、空は雲ひとつ無く青い。

空のあまりの広さに眩暈がする。



目線を地平に戻すと、一人の場違いな少女……図書館の君が駆けていく。

校庭の真ん中を突っ切っているはずなのに、誰をものともせず、誰にも気にされず走っていく。

追いかけるべきか。

追いかけざるべきか。

少し迷っている間に少女の姿は消え、喧騒だけが戻った。









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