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夏川高等学校 新聞部

――― 夏川高等学校 図書館前 ―――




 日が傾く。そろそろ日向ぼっことは言えなくなってきた時間になって、僕はようやく本棚から静かに降り、本を返し、図書館を出る。

赤い日。

リノリウムの床と白い壁に何度も反射した光が真っ赤に燃えている。

コツ、コツ、と足音が響く。

「クックック、今日もいい読書日和だったか?月影同志。」

そっと後ろから声を掛けられる。

何故か他に人の居ない廊下に声が響く。

「相変わらず悪趣味極まりねーな。気配を消して後ろからそっと近づくとかさ。」

振り向く。

嫌な奴が居た。

よく知っている奴だ。

夏川高校において迷惑な人物として隅々まで知れ渡っている、未成年の身なれど市長や国会議員すら頭を下げるとも噂されている、傲慢にもあまねく世界を知っていると公言してはばからない嫌な奴、夏川高校新聞部部長、久慈太平が笑っている。

「ハッハッハッハ。世界平和のために日々尽力する新聞部には必須なスキルだ。」

奴の笑い声が無駄に廊下に響く。

「いや……、あれってただのゴシップ部だろ。」

そのゴシップのせいで失脚した政治家も居たとかいう噂も聞いたことがあるが、ゴシップはゴシップだ。

「何を言う。ゴシップが当然のように流れ、娯楽が尽きない世の中のほうが平和でいいではないか。」

成程。そういう考え方もあるんだなぁ……とは思うものの、同意しない。十中八九どころか十中百九ぐらいは調子に乗る。

「それで、今度の新聞部はいつだ?」

くだらない冗談の応酬を切り上げ、本題に入る。気づいたら学校が閉まっていましたは洒落にならない。

閉まった後にタイヘー……久慈太平に着いていって余計ひどい目に遭ったのを忘れてはいない。

「来週の金曜日だ。たまには『危ない科学』から離れてみろ。いいネタを期待してるぞ、月影特派員同士。」

「そんな都合よく面白いことが見つかるわけねー。」

肩をすくめながら歩くと、昇降口に着く。

いつも通り靴を履き替えると、校舎を出る。

「あっあー、そうだ!月影同志。」

やけに大きな声を上げながら振り返る。

「どうしたんだ、タイヘー。悪巧みでも考えてんのか?。絶対に付き合わないぞ。」

「クックック、それはそれで後々に企画しているから心配する必要は全く無い。だが、今日は単なる連絡だ。貴様を愛犬の如く慕っている西野マイ記者のことだ。新聞部部長の我が名に恥じるが、不手際で日程を連絡し忘れてしまった。月影が連絡しとけ。仲いいだろ?」

言い残して、脱兎のように駆け出す久慈。

「……行っちまった。」

何をたくらんでいるかは知らないが、連絡しとくしかないだろう。







――― 夏川高等学校 ―――


「月影せんぱぁーい。」

久慈君に言われたとおり、西野マイに部活の日程を伝えるために、声を掛けようとしたところで、逆に捕捉され、背中を取られた。チワワのようだなと思っていたが、なかなかの猟犬ぶりじゃないか。

「よぉ、人知れず忍び寄り、気づかれる間もなく奇襲する恐怖の猟犬ちゃん。」

「マイはそんな怖い生き物じゃないですよぉ~~」

言いながら、肩を掴んで揺さぶってくる。

「はい、はーい。わかったよ。マイちゃん。」

ぽんぽん、と頭を押さえつける。

「うう~。だまされませんよ~月影せんぱい。」

「でだ。」

姿勢を落とし、目線を合わす。

「今度の部活のことなんだが………」

「あは、つぎの金曜日ですね~。知ってますよぉ。」

「ぬ、お主、その情報を何処から手に入れたでござるか?」

「久留里ちゃん殿です……でござる。先輩。」

「ああ、成程。君沢さんかぁ。じゃあ、倉田から聞いたのか。」

「倉田先輩ですかぁ。しっかし、憧れますねぇ。あのアツアツっぷりは。」

「倉田と君沢さんねぇ。いや、どうも時々こう、バカップル空間というかなんというかでどうしても近づけない時があるんだよな……」

倉田と君沢さんは幼馴染だったが、告白まで行き着くまでには紆余曲折あった。まあ、ゴシップ部のみんなが協力した末での告白だ。うまくいかなくては困ると思う反面、うまく行ったらいったで近づきがたい云々と思うのは……まあ自分勝手といえるのだろう。

「それがいいんじゃないですかぁ。」

西野マイは目をきらきらさせながら二人を見ている。

「そうかねぇ」

つられて窓の外を見る。中庭では、倉田君と君沢さんがくっつきながら弁当を食べている。

「石でも投げつけてやろうか。」

「ダメですよぉ。ステキな時間なんですから。」

……無駄にダークエネルギーが溢れそうだ。宇宙の真空エネルギーの大半は嫉妬エネルギーに違いない。

「ええ~い。マイ、紙一枚を持てい。」

「らじゃー!」

ビシッと敬礼すると、当たり前のように僕の鞄をひったくり、中から一枚のB罫ルーズリーフを取り出す。

「ヘイ、紙一丁!」


腕を広げて決めポーズ。

「む、やるな、西野殿。」

鮮やかな引ったくり術にやや驚きつつも、そ知らぬ顔で紙飛行機を折る。

それにしても、この引ったくり術はまさか、あのはた迷惑な久慈太平から伝授されたんではあるまいか……まあ、考えないでおく。

「何をするんですかぁ?」

マイがじっと手元を覗き込んでくる。

珍しいおもちゃを見た犬のようだ。

「石がダメらしいからな……」

ふわりと紙飛行機を飛ばす。

ゆらゆらと傾きながら、うまい具合に倉田君の後頭部に刺さる。

倉田君が振り返り、君沢さんが寄り添いながらこっちを見る。

僕は手をクルクルと動かす。

新聞部の符丁。

(バ・カ・バ・カ・ッ・プ・ル)

ちょっと照れながら手を振る二人。

畜生。祝福したくなったじゃないか。

「長年連れ添った夫婦みたいですよね。いいなぁ~。」

マイの目が夢見る少女だ。

まあ、少女だが。

バカップル二人はすぐに二人の空間に戻る。

「やだよー。俺の周りがあんなのばかりとか、窒息するって。」

「でも、久留里ちゃんたち恋が引き裂かれそうになったときに一番がんばってたのは先輩ですよぉ。」

「ぐ……いやだって、あんなにバカップル異空間を作り出すなんてあの時は露ほどもだな……」

「また先輩はそんなこと言ってぇ~」

まあ、確かにがんばった。

あんなに東奔西走したのは生まれてから……、いや、記憶ある限り、そうそう無かったといっていい。

だが、主にタイヘー、久慈太平の陰謀と策略と謀議と脅迫によって成り立ったはずで、一番がんばったといわれるのはやや違う。多分。

「いや、MVPはタイヘーだろどう考えても。」

「そうですかぁ?。部長さんは先輩が一番活躍したって言ってましたよ。」

「あの野郎……。余計なこと言いやがって……。」

うん、これは殴りに行くしかない。

「ちょっとタイヘーんとこ行ってくる。」

「やーやーやー。じゃあ、マイもいっしょに行きます。でも、殴るのはダメですよ。」

「おぬし、読心術が……」

「せんぱ~い。せんぱいって久慈先輩に対しては意外とレパートリー少なんですよぉ。いつも殴るか抗議するかです。もっとパターンを増やさないと、陳腐キャラです!」

「う、ぐ……。辛辣じゃないか西野女史……。」

「じゃあ、オチもついたところで行きましょう、せんぱい。」






――― 夏川高等学校 新聞部室前 ―――


 新聞部室……というか久慈太平のところへ顔を出すのは、会話のノリという点もあるが、実のところ打ち合わせるべきことが多いからだというものでもある。

やや気が進まない面もあるが、早めに今度の原稿のコンセプトを伝えておくなりしないと、戦地取材紀行とか、世界最辺境探索の旅だとかいうもののためにドナドナされてしまう。

「せんぱ~い。思い出さないほうがいいですよぉ。」

「確かに。自ら好んで自分の傷をえぐることは無いよな。」

怪しげなトラウマスイッチは押さないに限る。


 ところで、新聞部室は部室棟の最上階最奥という最も不便で過疎な場所に存在する部屋だ。当然、新聞部室付近は人気がほとんどど無い。その静けさが微妙な緊張感を持たせる。

「……よし、開けるぞ。」

「三回目ですよ。それ。」

「……」

黙って開ける。


「クックック。原稿は出来たか?」

新聞部室の中央で、久慈太平が笑っている。

「それとも、新たなアイディアでも出てきたか?」

カツリ、と一歩踏み出してくる。

「それとも同士よ。今度の『奥ザイール探検紀行』……」


ガラガラガラガラ


力の限りドアを閉める。

ガアンと鳴ったドアがゆれて止まる。


「何なんだアレは!」

「久慈先輩、先輩を熱烈に誘ってましたね。」

「気色悪いこと言わんでくれ。てか、あいつ、『戦地取材紀行』と『世界最辺境探索の旅』の会わせ技で来やがった!おのれタイヘー。ここは三十六計逃げるに如かず。逃げる。」

「あ、ちょっと待って…せんぱ~い。」








――― 夏川高等学校 学生寮 ―――

月影零時の帰り道は短い。

家路が既に学校構内である。

遠方から引っ越した生徒のために学生寮が存在する。

そのただ一人の入居者が月影零時その人である。


ただ今の入居者は一人。

そう、一人。

一人のはずだが……。

「ぃよーう、零時ちゃ~ん。」

完全に酔っ払った大人のダメ女がそこにいた。

「オイ先生テメー何やってんだ。」

敬語とかそんなものをはるか遠くにすっ飛ばして、半ば悲鳴のように叫んでしまった。

「あ!?見てわかんねーのかよ。まさか童貞か?」

眼鏡のずり落ちた赤ら顔が、心底馬鹿にしたような声で、なんか教師が生徒に向かって言っちゃいけない言葉をゲロゲロと吐いている。

「来て見て分かってるから叫んでんだよ!あと童貞関係ねー!」

「あーっはっはっは。」

何が面白いんだってんだ。てか、出てけ。

「何で生徒の部屋で酒盛りやってんだよ糞教師!」

「気にしなーい、気にしなーい。なんだったらお前も飲むか?」

「飲まねーよ。未成年だろ。教師が酒すすめてんじゃねぇ!」

「あー、ダメなの?」

「ダメです。」

「ダメー?」

「ダ・メ・で・す!」

「あーっはっはっは。」

「糞!話が成り立ってねぇ!」

いきおい言葉も汚くなる。

こんなのでも僕の担任なのだ。

楼蘭宮子先生。

あだ名はクロライナ宮子。

暴走と暴発と暴言で出来ている存在自体が不祥事の教師だ。

なんでこの人教師やってるんだろう。

てか、なんで教員免許が無事なんだろう。

理不尽に疑問が尽きない。

「お…おお……なんかこみ上げて……」

「吐くなーー!!」


帰り道は短くても、床に入るのは遅くなるのであった。





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<登場人物の部>


―――― 主要登場人物 ――――


■月影零時

夏川高校新聞部に所属する平凡な生徒。

だが同時に [ 検閲 ] でもある。


■西野マイ

月影零時の後輩で、同じく新聞部。

月影零時になついている。


■倉田君、君沢久留里

新聞部に所属。

もともとから相思相愛であったが、家の都合で悲恋になるところだった。

だが、新聞部メンバーの後押しもあり、将来の結婚を前提とした付き合いを認めさせた。


■黒井トウジ

コンビナート事故により半生半死となった。

現在は入院中であとどのくらい生きられるかも分からない。


■星宮コウ

月影零時、黒井トウジの一族の次期当主だった。

現在の動向は不明。


■久慈太平

迷惑な人物として校内に隅々まで知れ渡っている、未成年の身なれど市長や国会議員すら頭を下げるとも噂されている、傲慢にもあまねく世界を知っていると公言してはばからない嫌な奴、夏川高校新聞部部長。



■図書館の君

月影零時、の知る限り常に図書館に居る。



―――― その他の登場人物 ――――


■クロライナ宮子

暴走酒乱先生。


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