プロローグ:禍ツ星
黒々とした雲のない夜空に、冷えた月が光る。
少女の黒く、なめらかな髪がザワザワと風になびき、月明かりを受けてほのかにきらめく。
その吸い込まれるような黒い目が、まっすぐ僕を見つめてくる。
「君は、どうしても僕を殺すつもりかい?」
地べたに尻餅をつき、息を切らしながら、まるで旧知の友人に冗談でも言うかのように肩をすくめ、しかし、その少女の目を真っ直ぐに見つめ返す。
「そうよ。貴方は知ってしまった。」
少女の右手には、冷たい氷のような刀が握られ、その切っ先は僕の喉に付きつけられている。
「そっか、君のことは好ましく思っている。君に殺されるというのであれば悪くはない。」
かすかに目を細める。
「しかしだ。」
じっと少女を見入るく。
闇の気配が刻々と増す。
ああ、そうだ。五年以上前の記憶の無い僕にとって、この闇はひどく心地いい。
「何を……」
同じ学校の制服を着た少女の右足が、少しだけ後ろへさがり、切っ先の狙いが弱まる。
「抵抗はさせてもらうぞ?唯々諾々とは死んであげるほど、僕も甘くない。」
明確に闇を感じる。
全身に寒気が奔る。
可能である、と本能的に理解する。
黒い空、月下。
密度の高い闇の中の無よりも無の虚空。
まつろわぬ神の無念の結晶。
「禍ツ星。」
背後の自分の影から黒々とした剣が引き抜かれた。
―― 思えば、この時には既にねじ曲がっていたのだ ――