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そのままのまま 前編

※Ctrl+Fに鍵カッコ内の「----------x------------」(xは整数)を入れて検索すると、各章に飛べます。飛べるといいな!と思ってます。

以下、本編です。


----------0------------

プロローグ

--遅刻--

いつも通りの寝坊で、遅刻しそうだったため、比較的全力疾走で登校する。

「(これはまずい!このままで行くとぎりぎりアウトか!)」

更に速度を上げる。上がらないけど、上げたつもりになる。

「(そこのコーナーを最短距離でターン!)」

角をきっちり直角に曲がる。ことができなかった。そもそも最短距離がわからない。

そして...

「ふぎゅ!」

という妙な声を出して視界が暗転した。


--轢かれ……た?--

「(ここは……)」

徐々に意識がはっきりしてくる。体中がなんとなく痛い。

「……あぇ」

真っ青な空!顔に当たる風!そして、なんとなくいい匂い!

「(あぁ、なんだっけ……。今いつだっけ?)」

と思ってるうちに、意識が落ちる。

「(ま、いっか。寝よう……)」

顔を伏せたら風が顔に当たらなくなった。代わりにいい匂いが濃くなった気がした。


--と思ったら--

「……!……らぎ!ひいらぎ!」

徐々に聞こえてくる大声に上体を起こす。見るとそこは教室だった。

「おい柊、朝から寝てるんじゃない!まったく……」

ぶつぶつという声を耳の穴から穴を通過させる。

「(あっれー、教室?あっれー?)」

腕を組んで首をかしげると、体中に鈍い痛みが走った。

「はうっ!」

ぶつぶつ言いながら黒板に向かおうとしていた教師が一瞬体を委縮させ、高速で振り返る。

「柊、なんだ?ん?」

「んー?何だこりゃ?」

周りから、『あの会話は絶対にかみ合っていない』や『なんであんなにきれいにかみ合ったタイミングで独り言をつぶやけるのかしら』などざわつき始めたのを耳で聞いた。


--思ったら?--

「で、授業初めのあの声はなんだ?」

鈍痛に耐えながら受けきった授業はもちろん頭に入ってない。机に突っ伏した状態から声のした方に目だけ向ける。

「あー。なぁ、昼はどうする?」

「は?」

今度は視線を机に落とし呟く。

「やっぱ、たまの学食も魅力的かな……って」

「いつも思うが、話がかみ合ってないぞ」

視線を再び声の主に向ける。

「あれ、なんの話?友い……ひゃっふっ!」

脇腹を小突かれ、自発的に椅子から吹っ飛んだ。


--おも、思い出せ……--

「あのな、授業初めのあの声はなん……」

「だったのかって話か……。ぐぬん」

自発的に吹っ飛んだのが災いしてか、鈍痛が悪化。

「痛いじゃないか!」

「やかましい!自分で飛んだんだろうが!それより話を戻せ!」

椅子に腰を掛け直す。記憶を手繰る。

「話を……(まずは家を出て、遅刻しそうだから全速力を超えた全速力を出……せなくて、素敵コーナリングをして……)」

腕を組んで首をひねる。

「はうっ!」

「それのことだよ!」


--あー、あれだろ、きっと--

「この鈍痛のことね。これはあれだ、きっと俺の記憶が飛ぶほどの全速疾走が」

「全力ね」

「……」

鈍痛を我慢して右手を左ひじにつけ、左手の人差し指だけを天井を指すようにあげ、足を組む。

「ふぁっ!」

「いいから話す!」

仕切りなおすための深呼吸をする。決して痛みを落ち着かせるためではない。ないのだ!

「この鈍痛のこと……。」

「いや、そっからじゃなくていい」

ジト目で友一を睨む。首を動かすと痛いから視線だけで。


--話は済みました?--

「お前、仕切り直しという言葉を知らんのか」

「やかましい。早く話さんか。貴様の上目使いなど見てて何の得にもならん」

しまった!こっちの方が椅子に座ってるから立ってる友一には上目使いになるのか!

「畜生め!」

無言で横っ腹を小突かれる。足を組んでいたので椅子ごと倒れる。

「あぅっうごぁっ……!ぢ、ぐじょうめ……!」

その時、目があった。隣の席の木元のカバンのキーホルダーのオタマジャクシと。それと同時に声が聞こえた。

「話は済みました?」

「え、しゃべった!?」


--話は……すみませんでした!--

頭をわしづかみにされながら、床に足がついてない浮遊感を満喫中である。

「実に愉快だな!」

「お前がな!」

「で、鈍痛の件だね!友一くんイタイイタイタイタイ!頭、頭メキッてなる!メキッて!」

体中を走る鈍痛以上の頭の痛みによって、鈍痛が引いたらいいのにと思いながらも、足をプラプラさせながら再び記憶を手繰る。

「(華麗なコーナリングを決めた後……)光った!そしたら教室にいた!これは、人体の限界を超える運動により全身が筋肉痛になったということだろう!そう!この鈍痛はそれがイタイイタイタイタイ!す、すみませんでした!」

その瞬間に見た、わけではないが(痛くて目を瞑ってたし!)何か突風が正面を横切った気がした。と同時に手が離された。

「はっ!華麗に着ぎゃっ」

足をグネッた。華麗に横に倒れた。


--しゃべったおたまじゃくし--

「おい弓親。私と椿君の会話を邪魔するな」

「まあまあ、落ち着けって。どう考えても俺が先に会話してたろ?な?」

横に倒れたまま静観中。状況を説明すると、なんかこう、ヤバイ。

「は?あの瞬間は私と椿君の時間だったの!それを奪うとか、殺す……」

「おいおい、穏やかじゃねぇな。もうちょっと現実的な解決を取ろうじゃないか、木元さん」

笑いながら言う友一と、なんだかすごい目をしてる楸榎さん。怖いけどかわいいよ!あ、おたまじゃくしの声は楸榎さんだったのか!だよね、キーホルダーがしゃべるわけないよね!

「おーい、柊。そろそろ止めてくれー」

廊下の方から声がした。


--3人で……--

「まったく、いい加減になさい!」

「誰のせいだと……」

「ごめんね椿君……。次はちゃんと加減するよ」

「許っす!でも、全力でやるなら校庭に出ようね!それなら本気でやれるからね!」

2人がとんでもない力技で教室をぶち壊したので、今日は教室が別の教室になる。そして、放課後3人で校長室。幸いケガ人はクラスの半分程度ということで、おとがめが怖い状況である。

「幸いじゃないじゃないか!」

「は?」

「ん?」

まぁ、今から放課後のことを考えても仕方ない。それよりも、何回も考えてたら気になってきたことがある。

「この鈍痛はいったいなんだ?はうっ!」

「お前、自分でもわかってないのか」

「……」


--過去1--

「(もう、椿君遅刻しちゃう!私としたことが、今日は家の前からつけることができなかったなんて!楸榎のバカバカ!)」

屋根を走る。

「(あ、でも椿君と鉢合わせちゃったら、この光景はまずいよね)」

塀へ降り、道路へ降りる。

「(よし、次の角を曲がれば……。椿君に会える!ああー!)」

気分が高ぶり踏み込みが少し強めになる。アスファルトにひびが入るが気にしない。おそらく蹴り込むとえぐれるが、気にしない。

「(いっくよー!待っててね、椿くーん!)」

アスファルトが抉れると同時に、何か轢いた気がした。


--過去2--

何かが宙を舞っている。視認してはいけない。でも、わかってしまった。

「あぁああああぁあ……ぁぁぁぁあああああああああああ!」

数メートル先に吹っ飛んでいく椿を、本気の踏込で飛び抱き上げる。アスファルトがとんでもなく削れたがそれどころじゃない。

「椿君椿君椿君椿君」

道路に着地する。その際、数十メートルに及んでアスファルトをえぐったがそれどころじゃない。

まずは息を確かめなくてはいけない。顔を近づける。

「……」

呼吸はある。確認した。唇もある。確認した。そのまま重ねた。


--過去3--

「は!こんなことしてる場合じゃなかった!危なく舌を入れるところだったぁ、セーフ!」

お姫様抱っこ状態の椿を凝視する。

「……」

凝視する。

「……ハァハァ」

学ランのボタンをはずして、顔をうずめ思いっきり息を吸う。

「はひゃぁ~」

ゆっくりボタンを閉める。

「ごちそうさまです!」


--過去4--

椿をおんぶする。

「こ、このままお持ち帰っても……い、いや!まずは高校卒業よ!そして、一緒の大学に行って、ずっと一緒で……へへへ」

涎が出そうになるところを、音を立てて飲み込む。

「それじゃ、椿君!遅刻しないように全力で行くよ!」

ダッシュをする。この辺のアスファルトが無残なことになったが気にならない。

学校まで5分でついた。距離にして1.5kmだった。


--現在にいたる--

「フ、へへへへへ……お姫様抱っこしちゃった……おんぶしちゃった……へへへ」

「ん?楸榎さんどしたの?」

少しうつむき加減でぼそぼそと独り言をいう楸榎さん。

「どうやらお前が原因のようだな……」

それを見て怪訝そうな顔をする友一。

そんな2人を見てるとなんだか満足げになってくる。

「よし!今日一日がんばろうぜ!」

少し前に走っていき、振り返って叫ぶ。

「……はぁ」

「うん!頑張ろうね、椿君」

楽しい学生生活に至る今日。それまでには、いろんなこと、というほどのことはなかったが、それなりに愉快なことが起こった。それをまた思い出してみるのもいいかもしれないな。なんて思いながら、二人の間に戻り、両腕でそれぞれの肩を抱いた。体中の鈍痛は、気にならなかった。



----------1------------

入学式当日-午前-

--入学式当日~教室1~--

「えー、今日から君たちの担任になる……」

教壇の教師が自己紹介を始める。なんでもない、普通の光景だ。そのまま出欠を取る流れになる。

俺の名前は『ゆ』から始まるから、だいぶ最後のほうだ。

「……」

空はあいにくの曇りで、今にも雨が降りそうだ。

「ゆみ……ゆみお……」

「『ゆみちか』、弓に親で『ゆみちか』です(またこれか。しょうがないけど)」

「えー、弓親……と、とも……」

「そこは『友一(ゆういち)』です(なぜ捻ろうとした!)」


--入学式当日~教室2~--

「えーっと、それじゃ今いないのは2人か。誰か知り合いはいないか。『木元(きもと)』……うん、木元と『柊 椿(ひいらぎ 椿)』両者の友達はーいないかー?」

「……(前の方!どうして諦めた!)」

教壇で抑揚のない声で言う教師に、心で突っ込みが入る。

窓側の後ろ端の席からはどこに誰がいるか丸見えだ。が、誰も手を上げる気配がない。

「……(この辺の中学の奴らじゃないのか)」

「いないかー、じゃ、いいや」

「……(だから、諦めんな!)」


--入学式当日~アパートの平屋根1~--

学校のある方から鐘の音が聞こえる。

「だるい……」

アパートの建物上面の平屋根に体育座りをして、顔を俯かせながら呟く。

「……」

顔を上げ、曇った空を見る。

「雨、降りそ……」

言った傍から降り始めた。

「くっそ……!」

抱えた膝から下を少し上げて、建物上面の平屋根にたたきつけた。

重低音とともに、2階建て各階5部屋のアパートが揺れた。


--入学式当日~アパート2階1~--

「あぁ……?地震か?豪快な目覚ましだ……が……」

布団の中から目覚まし時計を手探りで探し、手に取ったそれを布団に入れる。

「マウスじゃねぇか……。ま、8時半かな、うん。始業式は9時からだから、セーフ!まだ寝れる」

マウスを布団の外に放り投げる。この聖域に時間という概念はないのだ!

「さ、何回目かの2度寝を満喫、ふぁー……」

欠伸とともに思ったところで目ざまし時計が鳴る。

「じゃっかしいわぁ!邪魔はさせん!」

ばっ!と掛け布団を吹っ飛ばし、立ち上がり勢いよく腕を上げ、目覚まし時計に振り下ろしながら……。

「(あ、チョップはまずいな)」

人差し指だけを立てて、ボタンを押した。


--入学式当日~アパート平屋根2~--

「はぅあっ!」

下から連続で奇声のようなものが聞こえた。

「(まずい、強くやりすぎたか……)」

まだ小雨の中、立ち上がる。

「逃げるか」

呟くと、アパートの窓側兼道路に面した方へと足を向け、アパートと人1人分程度の隙間が空くように距離を目測し降りる。

窓の外側に出ている手すりに、まずは靴を当て膝を曲げつつ滑らせるようにして更に降り、今度は手をかけてぶら下がる。その手を放して1階の手すりに着地する。あとは道路に降りて逃げるだけだ。


--入学式当日~アパート2階2~--

「ぐんわぁあああ!」

人差し指を握って転げ回らないといけないくらいに痛い!完全に突き指してる熱の持ち方だ。

ごろごろしてると、すりガラスが目に入ったとき、何か黒い影が下に落ちていくのを見た。

「おいおいおいおい!今のはまずいんじゃないのか!」

ごろごろしてる反動で立ち上がり、窓まで駆け寄り開け放つ。と同時に風が吹く。

「ぶわっぱっ!」

雨が右目に入る。目をこするようにして、窓から顔を出して下を見ると、道路にはスカートの丈が足首まである女子高生が普通に立っていた。

「おーい!大丈夫かー!俺は大丈夫だー!」


--入学式当日~路上1~--

降りたアパートからの声にふり向く。

「(なぜ自分のことをいったの?)」

ちょっと笑いそうになりながらも、無表情で視線を外す。

「うぉーい!あれ、通じない?あれか、俺の声が日本語の変換装置的なのを通さないとアレしないのか?」

なんだか、あれに捕まると非常に厄介な気がする。とっとと逃げることにしたので、学校側へと歩き始めた。

「ま、無事ならいっか。達者でなぁー!」

なんだか窓から半分体を出して手を振ってそうな気がするが、見たら負けだと思ったので見ない。


--入学式当日~アパート2階3~--

窓を閉めて言う。

「いやー人助けすると実に気分がいいな!これは寝てなんてられないわな」

びしゃびしゃになった寝巻を脱ぎ洗濯機に放り込む。帰ったら洗う。電気水道使い放題は便利だわな!

「よっし、制服制服っと……」

段ボールだらけの部屋をさまよい、手当たり次第に引っ掻き回す。

「よし、見つけた!着る!」

パンツ一丁に学ランを着て思う。

「(始業式だから、物はいらないよな)よっし!少し早いけど行くか!」

時計は一切見てない!


--入学式当日~路上2~--

「(何だったのだろう、さっきのは……)」

関わってはいけない気がしないわけではないが、気になってしまう。

「はぁ……」

道の先、学校の門がある。閉まってはいるが自分には関係ない。

「あのあと、結局なんとなく来てしまった……」

傘も差していなかったので、上から下までびしょ濡れになっている。

「ま、いっか……」

呟いて、おもむろに門を飛び越えた。


--入学式当日~体育館1~--

「えぇ、というわけで、新入生諸君には……」

校長の話が今始まった。おそらく、ここからが勝負だと思っている人が多いことだろう。

「ふぅ……」

聞こえないように静かに息を吐く。これから繋がりを作っていき、幅広い情報網を作りコネとなす。

「(早い内からの人脈形成、か)」

小中学校のことを思い出す。大富豪といえる父から帝王学を学び、今日までここまでやってきて今や方々に人脈がある。しかし、何か足りない。やるべきことはやってきている。それは今回も同じだ。

「(いったい何が足りないのだろうか……)」

少し考えに浸ろうとしたとき、体育館の校庭に面している方の扉が重苦しい音を立てて開けられた。


--入学式当日~登校~--

「なんかさみぃな」

傘を差しながら、両腕を抱くようにしてさする。

「うーん、ま、大丈夫だろう」

携帯を開いて時間を確認するとすでに9時を20分以上回っていた。

「もうほっとんど目の前だしな、学校」

学校の門が見える。頑丈そうな鉄製で、ぴったり閉まっている。

「ちょっと考えないといかんかもなぁ」

腕を組み首をかしげてみる。と、雷が光った瞬間に鳴った。


--入学式当日~体育館2~--

雷の明滅と同時に体育館が停電になった。カーテンを閉めていたため、体育館の中はほぼ真っ暗となり、開けられた入口の方に自然と視線が寄せられる。停電になると起こりそうなざわめきもない。

開いた扉の外側手前に1人、スカートの丈が足首まであるロングヘアの女生徒がいた。びしょぬれで、前髪で目が見えない。

一歩体育館の中に足を踏み入れる。と同時に、再び雷が明滅し、直後に鳴った。

「ひっ!?」

明滅と炸裂音を背に、女生徒は前髪からかすかにのぞかせる目を不気味ともいえる動きで正面の父兄をとらえた。それにより、誰かが声を出したのだった。


--入学式当日~門前~--

「さってと、やっぱここは華麗に飛び越えるところっしょ!」

といってから数十回試してるのだが、飛び越えられない。

「く、たかだか身長の1.5倍程度だぞ!?この俺に行けないわけがない!」

制服は泥まみれ、ボタンはすべてちぎれて肌がむき出しになっていた。

「うーん、どうすっかなぁ」

びしょぬれの手で頭を掻く。雷が鳴ってから傘はさしてない。危ないし!

「傘か……」


--入学式当日~体育館3~--

「(な、なんだあいつ……)」

突然現れた女学生の怨霊のような女生徒。

停電+ロングヘア+前髪越しの不気味な目+背景として明滅と炸裂音。

「(ここまで重なったら何かだとしか思えないわな……)」

その時、冷静な教員が声を張った。

「君、自分のクラスの自分の席に付きなさい」

そして、停電は間もなく回復した。


--入学式当日~体育館4~--

「(あいつ、先生のほうに行ったな。新入生なのか?)」

教員と話をしているのを視線だけで伺う。名簿順ということもあって、体育館の壁側、つまり教員席の近くに座席があるためにできることである。耳を澄ませば会話も拾えなくはなさそうだ。

「はい、1-1の木元です。え、名前?(ひさぎ)(えのき)で『しゅうか』と読みます。はい、はい。わかりました」

どうやら遅刻した2人の内の1人らしい。

彼女が席に着くのを見ようとは思わない。ここで変に教員に目を付けられてもいいことはない。

「(しかし、おかしな奴のいるところに来てしまった……)」

頭を抱えたい気持ちでいっぱいになりながらも、再開された校長の話を聞き流すために、気持ちを切り替えた。


--入学式当日~校庭~--

「くっそ、結局普通に見回りのおじさんに入れてもらってしまった」

傘を足蹴に上ろうとしたら、足をかけた傘が折れてしまった。

「まぁ、傘はしょうがないか。また買おう。それより今は式会場の入り口を探す……あれか!」

壊れた傘を握っていて指がさせないので、それを持った右腕を上げて思いっきり振り下げる。指を指す位置で止める。

と同時に、傘の骨で右頬を切ってしまった。

「いったぁ……。踏んだり蹴ったりだな」

言いながらここから見える体育館の入り口へ向かう。


--入学式当日~体育館5~--

校長の話も終盤、約30分強にわたり話続けている。

「(こういう話の要領を得ない人ってあまりリーダーとか管理者には向かないんだよなぁ)」

欠伸をかみ殺しながら思う。

「であるからして、これからこの学び舎で学ぶ新入生諸君らも……」

そして先ほど同様に明滅が走った。直後に炸裂音。と同時に停電した。

方々から『またかぁ』『でもこういうのテンションあがるよね』など先ほどは起こらなかったざわめきを得ていた。

その時、ものすごい勢いで、先ほど木元が入ってきた扉が音を立てて開かれた。


--入学式当日~体育館6~--

明滅と炸裂音が響き渡った。

「(今度はなんだ……)」

つい、入り口のほうへ振り返ってしまう。そこに立っていたのは、全身泥だらけで、上半身裸に直に学生服をきた男子学生だった。髪の毛も同様に泥だらけで、ツンツンに立っているようにも見える。

「ふぅ……」

俯き加減の男子学生がため息をつきた瞬間、また雷が明滅、炸裂音をと轟かせた。

「ひ、ひぃっ!」

再び父兄の方から声が上がった。

雷の明滅の一瞬に、男子学生の顔にある傷とそこからうっすら流れる血、右手には壊れた傘があることが確認できたのだ。

「(な、なにものなんだ!?)」


--入学式当日~体育館7~--

思いっきり息を吸って……。

「俺!参っ上!とうっ!」

叫ぶなり雷が明滅し、炸裂音が響き渡った。

両腕を上げて飛び込むように体育館の中に入る。

「きゃああああああ!」

父兄の悲鳴が響き渡り、教員が慌てふためく。生徒が面白半分に囃し立て、校長は教頭にどうにかしろと叫んでいた。


--入学式当日~校長室前~--

「くっそ、なんでここまで怒られたんだかさっぱりなんだが……。たかだか遅刻だろうに!な!」

愚痴をこぼしつつ賛同を求める。

「私は巻き込まれただけだけど……」

さらっと拒絶された!?

「てか、よく見たら、あの時の人?同じ学校だったのか!」

「……」

顔まで背けられた!

「えぇ」

ちょっとショック!


--入学式当日~廊下1~--

「ぐぅ、嫌われたかぁ。あ、でも自己紹介くらいはしとくぜ!俺は、柊椿。君は?」

「……」

歩くスピードを少しはやめようとも思ったが、面白い名前に少し興味がそそられた。

「……楸榎。木元、楸榎」

「へぇ!楸榎さんっていうのか!同じクラスみたいだし、よろしく!」

手を差し伸べられた。それを見て、つい立ち止まってしまった。


--入学式当日~廊下2~--

「(あ、あれ、なんか地雷踏んだか?)」

差しのべた手が虚しさを醸してるんだけど!

「……よ、よろ、しく……」

聞こえるかどうかわからない声でつぶやいた後、手を握り返された。

「ふぅ、これでセーフ!」

「えっ、なにが!?」

楸榎さんが体を強張らせた。何かしくじったか!?


--入学式当日~廊下3~--

「(セーフってどういうことだろ……)」

「(い、いや、握り返してくれたってことはどう考えても嫌われたわけではないだろう)」

「(なにか罰ゲームとかの対象にされてる!?)」

「(いや、でも、このおびえた感じというか失望された感じというか、ショックを受けちゃう空気感!なにこれ!)」

「(でも、同じ新入生だし、この見た目だと、誰かと仲がいいわけでもなさそうだし……)」

「(しかし、このスカートの長さはちょっと見ないな。あれか、今は亡きスケバンの生き残りか!あれ、今ってスケバンないのかな)」

「(お、思い切って聞いてみよう)セ、セーフってなんですか!」

「(そうか、スケバンは貴重だな。友達になろう)友達になろう!」

「え?」


--入学式当日~廊下4~--

「いやーこんなあっさりとスケバンさんと友達になれるなんて、感激だわ、うん」

「いや、だから違うんだってば!」

休み時間の喧騒の中、校長室の方から来る2人が見えた。

「(はぁ、一応、こいつらともつながりを持っておくか……)やぁ、こんにちわ。木元さんと柊君だよね?僕、同じクラスの弓親って言います」

2人の前に立ちふさがるようにして自己紹介をした。

「ゆにちか?」

「弓親さんですよ!」


--入学式当日~教室3~--

「うわぁ、お前らすげぇ字書くのな!」

弓親って、親が『ちか』って読むことすら知らないようだ。

「てか、木元さん、俺たちもう、これ、運命だな!」

「え!?いや、え!?」

木元さんが少し赤くなり俯く。

「だってさ、漢字が春夏秋冬だぜ?すげぇってこれ!」

「(きっと柊はただの馬鹿なんだな。それに対して木元さんは臆病なのか。2人とも、なんとまぁ服装と第一印象に似合わないことで……)」

教卓の上の担任が忘れていった出席簿を囲む。各々でキャラが立ちすぎている気がする。

「柊君、木元さんが困ってるよ。木元さんも、柊君に深い意味はないと思うよ(とりあえず、どちらにも好印象を与えておこう)」

立ち回りを考えていかないといけないタイプの人間だと深く思った。


そして、入学式は一応無事に終了した。



----------2------------

入学式当日-午後-

--入学式当日~教室4~--

「今日は午後で帰れるんだよな、親友!」

ホームルームが終わって、すぐに机のほうに寄ってきたのがこのバカだ


った。

「そうみたいだね。というか、親友って、もしかして名前のこと?」

またか……。両親のつけてくれた名前は好きだ。嫌いになれるわけがな


い。だが、苗字との兼ね合いから、そういうようによく言われてしまう


のが、何ともいただけない。

「ま、それもあるな!てか、今親友じゃなくても、これからなるから別


にもんだいないだろ」

「……」

そういう考え方をする奴もいるのか。新しいパターンの人間だな。

本当に、こいつとの付き合いがあって、得することはあるんだろうか。


疑問が募ってくるが、どの人間ともつながりを持つことは人脈という点


で悪くない、はず……。

「でさ、今からどっか行かね?3人で」

「3人?」


--入学式当日~教室5~--

「と言うわけで、俺らって新参者じゃん?だから、親友の友一君にこの


町を案内してもらおうかと」

さっきの柊という人が弓親という人と一緒にこちらに来て言った。

「え、新参者って、え?」

「あれ、1人暮らし組でないの?」

少し後ろの弓親さんはあきれ顔をしかけて無表情に戻った。

「そ、そうだけど、どうして私なの?」

「ほら、袖……ふぅうんも何とかの縁っていうじゃん?せっかくお互い


奇抜な登場をした仲間として交流を深めようかと」

目をキラキラさせてこちらを見て話してくる。

「え、いや、私はやりたくてやったわけじゃ……」

「よし、それじゃ決定!」

「え!?」


--入学式当日~街中1~--

「さってと、で、どこにあるんだ、カラオケ」

「柊君、どうしてカラオケなんだい?」

こいつ、カラオケでなら誰とでも親睦が深まると思ってるタイプのよう


だ。

「いや、だってカラオケなら親睦が深まるかと思ってさ」

「(まんまかよ!)」

心の中でジト目をする。

「ね、木元さん!」

「へ、いや、あの、私は……」

心の中でため息をつく。こいつはきっと自分の物差しを他人に押し付け


るタイプだ、と思った。


--入学式当日~街中2~--

突然振られた話題に言葉に詰まる。

「え、あの、えっと……」

「あれ、違った?」

俯き視線をそらそうとするこちらに対し、覗き込むように視線を合わせ


てくる。

更に横に視線をそらしながら言う。

「わ、私こういうの慣れてなくって……」

「ふむ、そうなのか。それじゃ、やめよっか。それじゃ、どっかみんな


で軽くお茶でもしてお話でもしようぜ!」

「え」

私が声を出すより先に、弓親さんが声を発していた。


--入学式当日~街中3~--

「(しまった、つい声が)」

「ん、どうかしたか?」

木元さんを覗き込んでいたひいらぎの視線がこちらへ移る。

「あ、いや、なんでもないよ」

「そうか。それじゃ、やっすい喫茶店とかあったら教えてくれぃ」

そういった柊の顔をつい見つめてしまう。

「(こいつ、底がしれない……)」

少し笑いそうになる。今まで、自分の判断で大体の人物像を当ててきた


だけに、なんとなく新鮮な気持ちになった。

「どした?あれか、やっぱカラオケか?シャウトしたいか?カラオケに


行こうぜ!」

「あはは、それじゃ、安めの喫茶店にでもいこうか(いや、ただのバカ


か……?)」


--入学式当日~喫茶店1~--

「ば、ばかな……。コーヒー一杯で200円!?」

え、これ、インスタントで買って家で飲んだ方が安いじゃない!マジか


ぁ、喫茶店は行ったことないからわからなかったわぁ。

「えっと、お、俺、こ、カフィーだけでいいわ」

これでビビってたらあれだ、なんかカッコ悪いから、余裕かましとかな


いとな。

「あれ、喫茶店初めてだった?」

なんかバレてる!

「い、いや、まっさかー。もう、喫茶店にしか言ってなかったくらい喫


茶店だったわぁ、マジで、いやマジで」

弓親め、あのにこやかの表情の裏側で大爆笑してやがりそうだな!奴め


、やりおる!


--入学式当日~喫茶店1~--

「(ぶっ……!やべ、マジで吹き出しそうだわ。これでも安いって知っ


たらどうなるんだろうな)」

にこやかな表情を崩さずにそれぞれからの注文を言い渡す。

「え、前払いなのか!?」

一回一回反応する柊。初めあった隠そうという感じはもうないようだっ


た。

「それじゃ、あの席でいいよね」

それぞれが注文したものを受け取ると、そのまま席に着いた。

「うわぁ、喫茶店って斬新だなぁ。まさかの前払いで受け取りかぁ」

心底感心する柊を見て、また笑いそうになる。が、表情を崩さないよう


に努める。

「ま、まぁ、初めてってわけじゃないから知ってたけどね!」

「(まだ言うか!)」


--入学式当日~喫茶店2~--

初めて喫茶店に入った。というより、初めて人と街中を出歩いている。

様子から察するに柊さんも初めてのようだ。それを見て、表情を崩して


はいないが、小さな動きから吹き出しそうになっている弓親さんがいた


座席は4角椅子にテーブル。隣り合うように自分と柊さん。柊さんの向


かいに弓親さんが座った。

「よし、それじゃ、改めて自己紹介でもしよっかね!」

柊さんは立ち上がって言った。

「俺は、柊椿。なんと、きへんに冬と春だ!隣の県から1人暮らし的に


やってきた!よろしくなー!」

満足げに言い終わって座った。

「……」

「……」

「なんで!?」

柊さんは驚いていた。


--入学式当日~喫茶店3~--

「いや、ちょっと突然すぎて。それじゃ、次は僕がやるよ」

そういうと弓親さんが座ったままで話始めた。

「僕は弓親友一。地元はここです。よろしくお願いします」

淡々としている。必要最低限にも聞こえるが、内容は柊さんと同じこと


だ。まるで作業をこなすかのような正確さ、とも言える。

「それじゃ、次!木元さん!」

目をキラキラさせている柊さん。

「え、あ、うん……」

恥かしいが流れには逆らえない。

「木元楸榎です。えっと、県外から来ました。よろしくお願いします」

人のことは言えないと思った。


--入学式当日~喫茶店4~--

「あれ、スケバンだった頃の過去とかないの!?」

「だから!スケバンじゃないんですって!いつの時代の話ですか!」

「柊君、ちょっと無遠慮すぎないかい?」

「え、ごめん!じゃーさ、これからの抱負とかそういうのを……」

今日出会った3人は、その喫茶店で今後の展望とか行事のこととか、楽しくなりそうなことを柊が中心になって語った。

「さて、今日はこれくらいにして解散にしますか!」

「そうだね、時間も時間だし」

「うん」

「いやいや、それだけじゃないって、今後の楽しみはとっておかないとな!」

「……」

「……」

「それじゃ、また明日ー」

子供のような無邪気さを振りまき走り去っていった柊に、2人は言葉を飲んでいた。それぞれが...

「(今後、ね……)」

「(楽しみ、か……)」

それぞれの思いを胸に抱えながら。



----------3------------

春季体育祭

--春季体育祭当日1~昼休み~--

「午後の競技は~」

遠くで午後の競技の開始時間のアナウンスをしている。

「ひっっるやっすみいいいいいいいいい!!!」

柊がはしゃぎながらこちらへやってくるのが背中から伝わってくる。

「というわけで、購買行こうぜ!」

息を切らしながら乱暴に後ろから肩を抱いてきた。

「いいよ。それじゃ、いこうか」

彼なりのスキンシップなのだろう。同時たら負けだと思う。


--春季体育祭当日2~昼休み~--

「しかし、変わってるとこだよな」

「なにがだい?」

購買でそれぞれの昼を買うと、外に戻り席に着く。

人の席だが、おそらく家族と食べているだろうから戻ってはこまい。

「いや、春と秋に2回も体育祭があるってさ」

「そういえばそうだね。行事は多いに越したことはないけれどね」

人との繋がりを作るのにこういう全校行事は実に効率がいい。

「だなぁ、勉強の時間減るしな!」

ガツガツとカツサンドを食べ切りながら言う柊は柊で得しているようである。

「あ、やっと見つけた」


--春季体育祭当日3~昼休み~--

「って、もう買ってるし……」

シュンとなる木元さんが目の前に写った。そこで思い出す。

「あっ!ご、ごめん!俺食っちゃったけど、足りないからまた購買で狩ってこようかと思ってたところなんだわ」

我ながら完璧な言い訳だ。

「というわけで、一緒に行こうぜ!友一はなんかある?ついでに買ってくるぞ」

「そうだね、それじゃ飲み物買い忘れちゃったからお願いしようかな」

「了解!それじゃ、ミルクティーでいいな。よし!そいじゃ行こう!」

木元さんの手を掴んで少し強引に引っ張って購買へ行くことにして。


--春季体育祭当日4~昼休み~--

アレで本人は全部チャラにしているつもりなのだろう。

そして、引っ張られた木元さんは木元さんでそれに流されてしまうのだろう。

それでも、柊は木元さんに言いたいことをきちんと言わせ、それを受け入れるから流されている木元さんにはストレスは溜まっていないようだ。

「ふぅ……」

そういう点では柊はすごいやつだとしか言いようがない。気配りの天才とでもいうのだろうか。

遠いところで通りかかる女生徒の声が聞こえる。どうやら自分のことに対してのようだ。柊曰く、『くっ、イケメンが!』ということらしいが、なんのことやらさっぱりである。

こちらに指向性のある声が少々うるさいので、メガネをはずした。


--春季体育祭当日5~昼休み~--

女生徒の喧騒の指向がこちらから方々へ向いた。

「体質、か……」

体質というには何かと物理的におかしい。まるでギャグ漫画の域である。父からは『弓親の男児は家族以外には素顔が見れないくらいにイケメンで、メガネをかけてやっと視認してもらえる』とのことだが、問い詰めると『詳しくは内緒』とかいう始末。

「ま、考え事するには便利でいい」

両隣の誰もいない座席の背に腕をかけ、足を組んで上を見上げる。

絶好の体育祭日和ともいえる、雲一つない真っ青な空があった。


--春季体育祭当日6~昼休み~--

「ひ、柊く、ん」

「お、ごめん、速かった?」

こちらを気にしてくれる柊君。実は全然疲れてなどいないのだが、きっと普通の女生徒はこれくらいだろうという自分の勝手な判断からなんとなく呼び止めた。

「だ、大丈夫」

「そうか?まぁ、友一には悪いけど歩いていくか」

屈託なの家身をこちらに向ける。しかし、その笑みを正面から見返すことができなかった。

「よし、まだ在庫あるな。人気のは流石に無いけど、あるやつ買おうぜ」

「う、うん」

胸に刺さる罪悪感。ほんの小さなことで、普通なら感じないのかもしれないくらい小さいもの。それでも、自分には普通以上に痛かった。


--春季体育祭当日7~昼休み~--

空を見上げながら思う。

入学式から今日まで、割と3人でいる時間が多い。それでも、人との繋がりを作ることに支障は出てないから問題はない。

放課後は基本喫茶店で、たまにカラオケやボーリング。そういえば、柊の部屋の片づけもした。

『親友』

今まではあだ名のような形で呼ばれ続けてきたソレ。

ふと考えてみる。

しかし、どう考えていいのかよくわからない。

自分の作ってきた繋がり、それは友人という括りではないのだろうか。

なぜだろう、それすらもわからない。

雲一つなかった空に、薄く雲が張り始めてきた。


--春季体育祭当日8~昼休み~--

廊下は普段よりも静かだった。きっと外で家族と食べてる人が多いのだろう。ちょっとうらやましい。

「どした?」

「え!?いや、なんでもないよ」

顔に出てしまっていたのだろうか。

すると、彼は正面に立ち塞がるようにして、先ほどと同様の満面の笑みを浮かべて言った。

「そうか。なんでもいってくれよな!俺らもう、親友だからさ!」

「……」

『親友』

今までそんな扱いは受けてきたことがなかった。中学も引っ越しを繰り返し、親友はおろか友人もできなかった。それに、私には事情があるのだ。この事情を知ったら、彼もきっと……。

「だ、大丈夫だよ!」

つい、語気が荒くなっていた。そして、いつの間にか正面には彼の笑顔ではなくて、床に張り付いた正方形のタイルが見えていた。

そう、笑顔が見れなくて俯いていたのだ。

「おい!」

言われるなり、両肩をつかまれた。

それも、痛いくらいの力で。


--春季体育祭当日9~昼休み~--

「えっと……」

なんとなく、おかしな雰囲気を感じて心配になってつい肩をつかんでしまったわけだが、言葉が出てこない。

「い、痛い……」

「おわっ、ごめん……」

どうする、なんか言いたいんだけど言葉がまとまらない。つか、おいってちょっと表現悪かったなぁ。

「え、っとさ、あれだ、うーんと、いきなり『おいっ』はなかった。ごめん!あと、肩掴んでごめん!」

一応謝ったからセーフ!セーフ?顔を覗き込むけど表情わからん。セーフでいいのか?いいのか?

「えっとさ、アレよアレ」

なんとなくかゆくもない頭を掻く。

「大丈夫、俺は木元さんの味方だ。親友っていうのはそういうことだ。えっと、何でも言ってくれれば出来得ることは協力するぜ!」

右手で胸元にガッツポーズなんて作ってみる。

「……」

「……」

こ、こっち見てつっこんでくれー……。


--春季体育祭当日10~昼休み~--

柊君の足が見える。つまり、顔は見れてないということだ。

一気にいろいろ言われた。

それも、今までにないようなことばかり。

柊君の片足が軸足の前に行ったり後ろに行ったりしている。少し戸惑っているような感じがした。

「あ、ありがと……」

「え?お、おう!」

嬉しい気持ち、驚いた気持ち、よくわからない気持ち、戸惑う気持ち、色々な気持ちがごちゃまぜになってる上、どんな反応が正しいのかも分からない。

初めてのことだった。

今は、嬉しいを言葉に出したけど、きっと彼も離れていってしまう。

大き目のジャージの太ももの辺りを爪が食い込みそうなほど握りしめて思う。

自分のコンプレックス。それが今まで他者に与えてきた印象を思い出すと、胸が苦しくなって息が詰まりそうになる。

視界が潤む。

思い出したくないものが思い出されそうになる。

そこに、今度は優しく左側の肩に手が置かれた。

同時に、反対側の手が、俯いてるこちらの視界に入るように差し伸べられた。


--春季体育祭当日11~昼休み~--

「大丈夫、俺は頭おかしいからな!」

顔を上げる。目に溜まっていたものが一筋線を引いて流れ落ちた。

一瞬晴れた視線の先には、歯を見せて笑う柊君の顔があった。

「あれ、これじゃ、おかしい人しかいかんということになるのか?いや、あれだ、そういうことじゃないぞ!ええっとだな」

両手を大げさに振った後腕を組んで目を閉じて上向き加減に考え始めた。

視界は再び潤み始めたが、今度はなんとなく苦しくなくなかった。

それどころか、笑顔になっているのを自覚した。

「ま、行こうか!友一も待ってる」

「うん」

再び差しのべられた手を取り、引かれるように校庭に向かった。

途中で彼は言った。

「俺は、お前の味方だからな。遠慮はいらないからな」

心が晴れたわけではない。それどころか、まだ何も変わってなどいない。今はまだ、言わないで飲み込む。

でも、それでも、彼は信用しようと、そう思った。

だから、いつかきっと……。


--春季体育祭当日12~昼休み~--

「降るかもなぁ」

空を見上げたままにいう。

購買に行って戻ってくるだけだというのに、そこそこ時間がかかっているようだが、そこに柊が噛んでるならなくはないと思える。

「まさか、俺もあいつに引っ張られてるとか?」

心で否定する。しかし、最近つるむことが多いのも事実だ。1つのグループに定着するのは広い人脈を作るにはなんとなく違うような気がする。

「……(潮かもな)」

少し距離をおこう。平等は大事だ。

「おーい、悪い悪い遅れたわ」

遠くから柊の声がした。

やっと戻ってきたようだ。

「少し遅かったね。何かあったの?」

来た柊から缶のミルクティーを受け取る。

「いや、ふざけながらきたらこれくらいになった感じだな」

「なるほど」

そういうと感にタブに手をかけた。その時……。

「ね、柊君、誰と話してるの?」

そこで気付いた。

自分の手に眼鏡があることに。


--春季体育祭当日13~昼休み~--

急いで振り返る。

そこには視線を下げこちらを見ないようにしている木元さん。

「ん?友一とだけど?他に誰がいるよ?」

それを言い終えた後、木元さんのほうからこちらに顔を向けた柊。

「え、おい、どういうことだ?」

「あれ、ミルクティーじゃなかったっけ?」

そして、こちらの言葉に普通に返答する。

「……」

「え?おーい、どしたー?」

つい、席を立ち柊を見たまま無言になる。

「……(どういうことだ)」

胸の奥で、何かが動くのを感じた。


--春季体育祭当日14~昼休み~--

ミルクティーを渡した途端、こちらを見つめたまま動きを止めた友一。

え、これはあれか、何かに目覚めちゃったアレか!

「おいおい、俺の男前っぷりにそこまで見とれんでも……」

「おい、俺を見れるのか?」

「おいおい、実は俺に見とれてるんじゃなくて『俺、メガネとったけどどうよ?』的な感じだったのか?まぁ、イケメンだわな。俺ほどではな……」

「どうなってるんだ……」

言い切る前に被せてきたよ!どうなってるんだってこっちが聞きたいんだが!

ま、いいや。勝ってきたもんも食いたいし。椅子に座ろ。

「木元さん俺の隣ねー」

「あ、うん」


--春季体育祭当日15~昼休み~--

当然のように俺の隣に座る柊と、何かを探すように、しかしこちらにだけは視線を向けないようにして座る木元さん。

状況から見ても別に特異体質が消えたわけではなさそうである。

「お前、いったいどういうことだ?」

「さっきから何言っちゃってんだ?はっ!俺らがいない間になんか面白いキノコ的なのでも食ったんだろ!キノコの拾い食いは危ないからやめとけよー」

木元さんに同意を求めに、首を反対のほうへとやる柊。

「見えてるし聞こえてんのか?」

「おいおい、なーに言っちゃってんだ?お前はそこにいるだろう?そりゃ見えるし話しかけてこられれば聞こえるわな」

パンの袋を開ける柊。

「どう、なってんだ……?」

脱力したように、再び腰を座席に戻した。

同時に、先ほど胸の中で動いたものが、よくわからない感情に変化していくのを感じた。


--春季体育祭当日16~昼休み~--

一応眼鏡をかけなおす。

「あ、弓親君、どこいってたの?」

「いやいや、木元さん、ずっといたろ?なかなかにハードなギャグだぜ?それ」

柊は笑っているが、購買に行って以来こちらを見てない木元さんはきょとんとした表情で頭の上にクエスチョンマークを作っていた。

「あ、えっと、後で説明するよ(検証のためにもこの2人には話すしかないか)」

そうは思うものの、これは報告をしてからのほうがいいかもしれない。

「あー、それあたしが選んだパン!」

「え、そうだっけ?じゃ、これやるよ。食パンの耳揚げたやつ」

「ぐ、地味においしいから文句を言いにくい」

こちらの疑問など露知らず、2人は買ってきたものを食べ始めた。


しばらくすると午後の競技が始まった。

懸念した天候の崩れもなく無事に競技が進められ、始まったときと同様の花火と同時に体育祭は終了した。

結局、体育祭が終わった後もしばらくは弓親のことは話題にも登らなかった。




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