十万三千百五十三人目の勇者さま
「起きなさい。朝ですよ。起きなさい。私の愛しい息子よ」
母様は僕の部屋のカーテンを開けながら言った。優しい、朝の太陽の日差しが部屋に注がれる。次第に部屋の中はあったかくなり、僕は目覚めた。
「おはよう」
母様は言った。
「おはようございます、お母様。今、何時頃ですか」
「今は、昼の12時でございます。随分と昨日の夜は勉学に勤しんでいたようで。私の息子としては大変嬉しいことですわね」
母様は言った。しかし、僕はこの瞬間あることを思い出した。
「母様!?今、なんと言いましたか!?昼の12時!?いけない、遅刻してしまってるではありませんか」
僕は、慌てて母様に言った。
「あら。今日何か御用でもあったのかしら」
母様は、僕とは対照的に冷静に言った。
「用事も何もいち大事ですよ!今日は、酒場にいる仲間たちを従えて魔王を倒しにいく日ですよお母様!昨日王様からそう、伝えられていたではありませんか」
やはり、僕は慌てていった。
「はて。なんのことでしょう。昨日は、近所の奥様と一緒にバーに行ってお酒を少々飲んでそれから……」
「お母様の昨日の行動なんて聞いてはいません!」
僕は、慌てた。昨日王様から、朝の9時に王座の前まで来いと町中ですれ違ったときに言われていたのだ。そして、その時に旅に役立つ品と資金を渡すとも言われたのだ。これでは、いけない。僕は、旅に出ることすらできない。
「とにかく、お城に行って参ります。母様、着替えをだしていただけますか!?」
「はて、昨日は……」
「母様!!」
僕は、慌てて着替えてお城に向かった。足音にはひゅひゅひゅひゅーんとかいう効果音がピッタリな気がした。
「王様!!」
僕は、そう叫びながら王座の間の扉を思いっきり開いた。すると、ドスンという大きな音が城内に響いた。
「痛っ」
王座の扉の後ろに立っていた兵士の方に当たってしまったようだった。
「す、すいません!」
僕は、慌てて謝った。気にするなと兵士の方は言って平常の顔に戻った。しかし、やはり痛いのか。僕が王座に向かって歩いていると後ろのほうで、うううと唸っている声が聞こえていた。
「王様!!大変遅れたこと御詫び申し上げます」
僕は、必死で謝った。
「今何時だ。私との約束は何時であったか」
王様は、冷静な口調で語った。
「はっ。朝の9時でございます」
僕は、返事をした。
「では、今何時だ」
「はっ。ただいまの時刻は13時でございます」
「ばっかもーん!大した遅刻ではないか。こんな時間までおぬしはなにをしていたというのだ」
どうやら、王様の雷が僕に落ちたようだった。
「はっ。昨日はあまりにも緊張しておりまして、よく眠れませんでした。眠れるようにと思いまして、本を読むことにしました。この町一番の物書きであるチャールズの書いたあの冒険小説でございます。しかし、これがよくなかったのかもしれません。面白いのです。エンディング間際からのフィナーレに持っていくまでの流れが特に秀逸でございました。わたくしめもこのような活躍をしたいと思いふけていると、気がつけば朝になっておりました。朝焼けは綺麗でした」
「そんな、話聞いてはおらん!まぁ、良い。君は、今日から勇者としてこの町を出発する。君のような勇者見習いとして旅立つ人間は、今日で十万三千百五十三人目だ。よろしく頼むぞ」
王様は、飽きれた顔をしつつも僕に激励の言葉を授けてくれたのでした。
「はっ、ありがたきお言葉」
僕は深々とお辞儀をした。
「そなたのご武運を祈りつつ、旅の資金と装備を授けようと思う。受け取りたまえ」
そういうと、王様は近くの兵士に持ってくるように指示を出しました。そして、僕の目の前に一つの小さな宝箱を起きました。
「開けたまえ」
僕は、命令に従い宝箱を開けました。
「裏庭の樫の木のぼうと50ドラクマだ」
「王様、これだけですか」
「おぬしは、遅刻した身。他のものと差異をつけなければならぬ。もっとも、本音としては他があまりにも大言壮語を吐くもんで、椀飯振る舞いした結果、それしか残っていなかったのだがな」
僕は、その宝箱の中身を受け取って、お城を後にし、一度家に戻った。
「ただいま」
母様が、僕の前に現れた。
「あら、どうだったのお城の方は。王様は怒っていなかったかしら」
「たぶんね」
僕は、曖昧なジェスチャーをした。
「それで、旅の道具をもらうことはできたの?」
母様は、旅道具について催促してきた。母様が旅に出るわけではないのに。
「ああ、それなら、これを」
僕は、目の前にいる母様に一本の棒と50ドラクマを見せた。
「あら……ずいぶんとまた……」
母様は、なんともいえない表情を僕に見せた。
「あと、帰りがけに酒場にも寄ってみたんだ。そして、驚いたよ。もう、優秀な仲間は他の勇者に取られていて、残っているのはクズばっかりだったんだ。ガリガリの戦士に、酒ばっかり飲んでる魔法使い、顔はこっちを向いているのに、目はあっちを向いている僧侶。僕は、唖然としたよ」
「そうだったの……」
母様は、僕を哀れそうな目で見つめていた。
「50ドラクマで何ができるんですか。皮の盾ですら60ドラクマするんですよ。もう、どうしろと。仲間だってもう壊滅的だ」
僕は、込み上げる怒りを抑えつつ、俯きながら言った。
「だったら……」
母様は、ポツリと言った。
「だったら、魔王なんて倒さなくて良いじゃない。きっと、他の何十万人もの勇者の誰かがきっと倒してくれるわ。母様は、あなたに倒してもらえなくても、誰かが倒してくれるならそれでいいわ。そして、世界が平和になるなら」
「母様、そんな他力本願なこと言わなくても」
「いいえ、そんなこと言ってませんよ。ほら、さっさと部屋に戻って、勉学にでも勤しんでなさい」
こうして、僕は部屋に舞い戻った。そして、数日後。隣町のガストン・ジェームスという名の勇者が魔王を倒したという一報が町中に響き渡ったのであった。
この物語はフィクションです。
某、国民的ゲームのナンバリングタイトルのオンラインゲーム化。衝撃的でした。はやく、次のナンバリングタイトルが、オフラインゲームとして出るのを所望します。