『勇者は竜に答える』
深山と冬木がにらみ合う中、最初は静寂。
その内、第二体育館にいる生徒達にはざわめきが広がり、やがて狂乱に陥った。
常識的に考えて、バスケットボールは破裂しない。人間がどれだけ力を込めても不可能である。だから、混乱した誰かが叫んだ――悪鬼が刃物を持っている、と。
それはどうにか状況を理解しようとして無理矢理に絞り出された結論だったが、そもそも、冬木の登場で平静は失われていた。一気に、大パニック。女子バスケットボール部のメンバーも観客も、悲鳴に煽られ、我先に逃げ出した。
まったく動じないのは、二人だけ。
振り返ることもなく、必死に駆け出した生徒達は誰一人として気づかない。
彼らの背後で、深山と冬木が互いに一歩を踏み出したこと――たった一歩でありながら、常識外の脚力で、二人の間合いは一瞬で詰まり、それぞれの拳が交錯したこと。
それぞれ紙一重で避けて、間合いが離れる。
深山はにやりと笑い、冬木は盛大に舌打ちする。
「ガイラス帝国の残党か?」
「そっちこそ、ヒノワ教団か?」
二人はかつての敵対勢力の名を叫ぶけれど、当然ながら、互いに要領を得ずに首を傾げるだけだった。とはいえ、二人とも即座に気持ちを切り替える。
「お前、何者だ?」
冬木が鋭く詰問する。
たとえば、この問いかけに対し、深山が全てを――ハードカバーで三冊以上にもなるだろう勇者と竜の長大な物語を延々と語れば、全ては丸くおさまったかも知れない。
「悪者に教えてやるかよ」
深山はそんな風に云って、舌を出した。
「……悪者?」
「ここの体育館にいた奴ら、お前を見た瞬間、怖がってたじゃないか。お前が動いたら、みんな逃げちまった。悲鳴を上げている奴もいたし、お前のことを『悪鬼』と呼んでいる奴もいた。悪者じゃないと思うなら、ちゃんと説明してみろ」
「俺は……」
冬木は反射的に『勇者』であると云いかけて、すぐさま馬鹿馬鹿しく思った。
悪鬼と呼ばれることも、勇者と呼ばれることも、冬木にとっては同じだ。
それは結局、他人から与えられた勝手な評価でしかない。
「俺が何者か……それは、お前が決めることだろ。俺が何を云っても、虚しいだけだ」
「へえ、面白いな、お前。嫌いじゃない。おいしそうだしな」
「……おいしそう?」
「ごめん、間違った。今のなし」
慌てたように手を振る深山を見て、冬木は怪しんで目を細める。
勇者と竜は、しばらく奇妙な沈黙に包まれた。
その一方、体育館の外では逃げ出した多数の生徒達が騒ぎ立て、今にも警察にまで通報しそうな大騒動になりつつあったのだけど、当然、渦中の二人は気づかないままだった。




