『悪鬼はボールを投げられる』
冬木は、春原を見失っていた。
「ユーリの奴、どこに行った?」
周囲を見渡しても、部活動の勧誘の喧噪ばかり目につき、春原の姿は何処にもない。
「まったく……」
迷子というわけではないだろう。彼女は、いつでも独断専行する性格だ。道に迷い、右往左往しているならば可愛いものだが、春原はそもそも、立ち塞がる壁などあれば、ぶち壊して突き進む。冬木は舌打ちした。携帯電話に連絡してみても、やはり応答はない。
ぼんやりと考え込み、数秒。
冬木は歩き出した。彼女は出会った頃から変わらない。頑固だ。いつも一人で考えて、思い詰める。その結果、罠にかかり、邪神の力を暴走させたこともある。
――あの時は失敗した。だから、もう二度と失敗しない。
春原の内心を想像するならば、そんな所だろう。大きな過ちを犯したからと云って、彼女はそれで足を止めるような性格ではない。間違いは正す。そして、次は成功させる。春原は変わらない。出会った頃からずっと、気高く、美しく、強い。
「だから、こっちは大変だ……」
思わず漏れた愚痴を聞きつける者はいない。なぜならば、冬木の行く先は、まるで猛獣の通り道をあけるように人が離れていくからだ。悪鬼という悪名。喧嘩など久しくしていないが、染みついてしまった評判は簡単には消えてくれない。
異世界でも、悪鬼と呼ばれて忌み嫌われた。しかし、冬木は変わらなかった。最初から最後まで、願いも悩みも、春原と共にあった。そうして、周囲はいつしか、勇者などと誉めたたえるようになっていた。
今も昔も、何も変わらない。これからも変わらない。
冬木はそう思っている。少なくとも、自分自身では――。
しばらく歩いて、第二体育館。
そもそも春原を探すつもりはなかった。彼女が自分の意思で行動するならば、冬木も、自分の思うままに動くだけだ。気にかかる存在は、他にもいるのだから。
「ミズキちゃん、すごい」
第二体育館では、女子バスケットボール部が試合をしていた。
勧誘のレクリエーションとしては、観客の数が非常に多い。コートの周囲を取り囲むように、多数の歓声。それはもちろん、女子バスケ部に混じって、驚異的な活躍をしている転校生が原因だ。冬木は人だかりを抜けて、試合が見える位置まで歩み寄る。
深山が、ダンクを決めていた。
ひときわ大きな歓声。
「ああ、もうちょっと……見えそうだったのに、惜しい」
すぐ近くの男子生徒から、残念そうな声が聞こえた。友達と思しき集団からも下品な笑い声が上がる。ミニスカートでジャンプする光景は、確かに見ようによっては危ない。
冬木は舌打ちした。それが聞こえてか、鬱陶しそうな表情で振り返った生徒は全員、青ざめる。悪鬼という悪名は、こんな場面、誰かを黙らせたい場面には役に立つものだ。
とはいえ、わずかに漂わせた殺気や静けさがじわじわと広がる様子。
端から見たならば、冬木は完全に悪者だろう。
バスケットボールが飛んでくる。
それは、尋常ではない速さ。反応できた人間は冬木だけであり、もしも他の人間に直撃したならば、骨を折る程度では済まないはずだ。ボールの勢いの凄まじさは、冬木がそれを手で打ち払った瞬間、衝撃に耐え切れず、爆散してしまったことでも示される。
冬木は片手でボールを薙ぎ払った格好のまま、向こうを見つめる。
まるで野球のピッチャーのように、バスケットボールを投げた格好のまま、深山。
「なんだ、お前?」
彼女が静かに言葉を発せば、ため息と共に、冬木も云う。
「俺の台詞だ」
勇者と竜は出会ってしまった。




