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勇者×3+魔王+竜+姫=∞  作者: シロタカ
起の春『物語は終わらない』
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『浅葉薫は過去を振り返る』

 浅葉薫は途方に暮れていた。

(ちょっと目を離すと、これだもの)

 引っ越してきたばかりの新しい町、新しい学校。慣れない場所で迷子になると、見つけることが難しい。そんな単純なことを、浅葉の相棒はなかなか理解してくれない。

 竜は迷子にならない。なぜならば、飛べるからだ。

 もちろん、竜がこの現代世界の空を飛んでいれば、どれだけの大騒ぎになるだろうか。

 浅葉は一瞬、恐ろしい想像に身を震わせた。

(そこまでバカではないと信じよう)

 しかし、不安は募る一方だ。トカゲ頭という罵声は禁句だけど、彼女にはそう云われても文句の云えないエピソードがたくさんあるのだから。

 浅葉は中庭が見渡せる場所に腰かけていた。喧噪から少し離れた場所で人目は少ない。受け取ったばかりの制服は紙袋の中に包まれたままである。

 私服姿が浮いていた。淡色のシャツにジーンズ、スニーカー。飾らない格好が好きだ。しかし、シンプルな格好が裏目に出て、浅葉の望まない展開を迎えることも多い。

「あれ、もしかして新入生?」

 ユニフォーム姿の野球部が二名、声をかけて来る。

 私服姿が目に付いたのだろう。明日から二年生として転校してくることは、別に秘密にすることでもない。浅葉がそれを説明してやれば、野球部の二人はあっさり納得する。

「それだったら、部活も決めてないよね。浅葉さん、野球部とかどうかな?」

 同じ二年生であるらしい野球部員が、かすかに頬を赤らめながら勧誘してくる。

 浅葉は苦笑を隠さなかった。

「ごめん。球技は苦手なんだ」

 断りの台詞を口にすれば、野球部の二人はきょとんと不思議そうな顔になる。

「男なのに、運動が苦手なんて、格好悪いよね」

 浅葉は、ごく自然に助け船を出した。その言葉で、野球部の二人はようやく間違いに気づいたようだ。慌てたように「そうだな」「じゃあ、しかたない」と口々に云った。

 彼らの慌てて立ち去る姿を眺めつつ、浅葉は毎度のことながら、ため息。

 浅葉薫は、男だ。

 しかし、誰よりも、女の子らしい。

 女子と変わらない小柄な体格、身長。手入れに気を使っているわけでもないのに、さらさらの髪。中学生の頃からまるで変化のない童顔は、自分で鏡をのぞき込んでも、女の子にしか見えない。困ったことに、可愛いという自覚まであった。

 中学時代、悪ふざけで調子に乗った女子達が、浅葉に化粧を施したことがある。浅葉も最初は抵抗したものの、結局は笑い物にされることを覚悟し、大人しくしていた。

 しかし、わいわいと賑やかな騒ぎ声は、化粧が進む内、静寂に変わっていく。

「カオル君、できたよ」

 浅葉を迎えたのは、笑い声ではなく、底冷えのするような低い声だった。

 パンドラの箱を開けた者は、きっと絶望を知って、そんな声になるのだろう。

 そして、箱の底には希望――鏡に映るのは、これ以上ない美少女だった。

「これが、僕……?」

 振り返れば、女子は全員、顔をそらした。浅葉という男子に完膚なき敗北を喫した彼女達は、もはやそんな風にしてプライドを守るしかなかったようだ。

 そして、何より恐ろしい展開は、その後に待ち受けていた。

 化粧事件の後、浅葉に対する男子の扱いが微妙に変化したのである。

 今までならば、雑談の最中で「バカじゃねーの」と叫び、勢いよく肩を叩いていた級友の手が、「あっ……」と、撫でるような動きに変わる。体育の着替えの時間、なぜか強烈な視線を感じる。それまでの遊び友達から、「ごめん。俺、もう、お前のことを友達とは思えない」などと、『絶交』ではなく、『告白』されたことは、最大のトラウマだ。

「……ミズキを探そう」

 過去の惨事を頭から追いやり、制服の入った紙袋を片手に立ち上がる。

「携帯、そろそろ使い方を覚えてほしいよ」

 深山は「使い方を覚えるのが面倒」と云い放ち、携帯電話をほとんど携帯しない。浅葉は念のため電話してみるが、そもそも電池が切れているようで、繋がらない。

「ああ、もう……」

 ため息と共に、仕方ないと諦める。

 浅葉は、深山が竜であった頃、彼女の血を受けた。異世界において、それは特別な意味を持つ。竜の血は劇薬であり、普通、人間はそれを体内に入れた途端、恐ろしい痛みに襲われて死んでしまう。だが、浅葉はそれに耐えて、竜の血に適合した。

 異世界の地で、竜の血を受け入れた人間は竜人と呼ばれる。

 浅葉はこの現代世界へ帰還してから、竜人の力はできるだけ秘めるようにしていたが、深山に関係する諸々においては、解放しなければいけない時も多々あった。

 迷子を捜すためだけに、秘めた力を解き放つなど滑稽だろう。

 浅葉はやるせなく肩を落としながら、「覚醒」と云い――。

 瞬間。

 振り返る。

 そして、身構えた。

「……誰、ですか?」

 浅葉は驚き、動揺していた。だが、相手もこれ以上なく驚いていた。

 浅葉は私服姿だったが、相手は制服をきっちり着ていた。すらりと背が高く、スマートで容姿端麗。冷静な人間なのだろう。驚愕に染まった表情は一瞬で消え去り、理性的な、どこか浅葉を値踏みするような鋭い眼光を向けてくる。

「今日は本来、在校生は休みだから、私服でいても問題ないが……部外者ならば、校内の立ち入りは禁止されている。君は、ここの生徒か。それとも――」

 そこで一度、首を横に振る。

「まあ、生徒会長らしく仕事をするのも馬鹿らしいな」

 苦笑しながら、白船は口調を切り替えた。

「答えてもらおう。君は、何者だ?」

「……そちらこそ、何者ですか?」

 異世界で、魔王と対峙した勇者。

 異世界で、竜と冒険した勇者。

 どちらも異なる場所とは云え、世界を救った本物の勇者であり、その実力は常人が備えていいレベルのものではない。当然、途方もない実力を持つ彼らは、真正面に自身に匹敵する力の持ち主がいて、気づかないわけがなかった。

 白船は片手を突き出し、浅葉は腰を低くし、それぞれに身構える。

 勇者と勇者は出会ってしまった。

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