『深山瑞樹はシュートする』
部活動の勧誘。
女子バスケットボール部に囲まれて、第二体育館まで連行された少女が一人。
新入生ではない。なぜならば、彼女は私服だった。
制服を着ていない理由は単純であり、転校生なのだ。明日から正式に編入する二年生であり、急遽の転校であったため、制服の受け取りも今日ようやく済ませたばかりだった。
女子バスケ部は最初、私服で校内を物珍しそうに歩いている彼女が気にかかり、特に勧誘するつもりでもなく、親切で声かけた。しかし、二年の転校生となれば、それはそれで大きな興味の対象だ。女子バスケ部には、当然ながら同学年となる女子も大勢いたし、三年の先輩から見ても、物怖じしない少女は面白い相手だった。
私服の少女は化粧をしておらず、飾り気もない。だが、素材はよかった。Tシャツに薄手のパーカー、ミニスカートというラフな服装ながら、野暮と云うよりも可愛らしい。明るい茶髪は染めたわけではなく、地毛ということ。さっぱりとした物云いは、何の裏付けがなくとも、そうなのだろうと納得させる不思議な説得力があった。
「髪、伸ばしたら可愛いよ」
「嫌だよ、首がチクチクする」
あっさりと打ち解けてしまった少女は、深山瑞樹と名乗る。
女子バスケ部の面々は、みんな平均よりも背が高い。その中で囲まれる深山は、そもそも小柄であるから、まるで大人と子供のような有様になっていた。
「二年からでも入部はオッケーだから、ミズキちゃんも入ろうよ」
仲良くなり、本題を思い出したように、女子バスケ部の面々が云う。
「いや、そういうの勝手にダメなんだ。カオルに確認してからじゃないと……」
「カオル? 誰、それ?」
ひとつ答えれば、別の方向から質問が飛ぶ。
「カオルは、俺の大切な人」
きっぱりと云い切る深山の台詞に、途端、黄色い歓声。
「なにそれ、彼氏?」
「えー、転校してきたばかりなのに彼氏持ちとか……」
「大切な人とか云っちゃう? 恥ずかしくない? 格好いいの?」
目に見えてテンションの上がった集団の言葉は、さながらマシンガン。
集中砲火を浴びた深山は、目を白黒させながら答える。
「あー、えっと、愛し合っている二人を彼氏とか彼女とか云うんだよな。それだったら、それで問題ない。カオルは俺の彼氏だ」
愛し合っている二人――古風ながら純情を感じさせる物云いに、幾人かため息。
「カオルは俺といっしょに転校してきた。だから、ずっと前からの付き合いだ」
深山の彼氏は同じ二年生であるということだ。彼に関する色々な個人情報は、女子バスケ部のその後の尋問によって、どんどんと明らかにされていった。
とはいえ、結局――。
「あいつがいれば、俺は他に何もいらない」
深山から真顔でそんな一言が返されたところで、さすがの女子集団も「お腹いっぱい」と大笑いして終わる。
「じゃあ、彼氏君が何て云うかわからないけど、ちょっと遊ぼうよ」
一人がバスケットボールを構えながら云えば、賛成の声が多数。
ルールもわからないと悲鳴をあげる深山に、ボールが投げ渡される。
「初心者なら、レイアップとか……」
云いながら、手本を見せるようにゴールへドリブル。片足で勢いよく踏み切り、柔らかな手つきで押し上げられたボールが、ふわりとゴールに吸い込まれた。
「えっと……」
困惑する深山は、首を傾げながら云った。
「つまり、あの輪っかに球を入れるといいのか?」
細かいルールどころか、バスケットボール自体を知らない様子の深山に、さすがに女子バスケ部の全員が驚く。しかし、茶々を入れる暇もなく、深山はうなずいていた。
「わかった。やってみる」
そう云いながら、ドリブルではなく、両手でボールを持ったまま走り始める。ほのぼのとした笑い声と野次が飛んだが、次の瞬間、見事に豪快なダンクシュートが決まり、第二体育館は静寂に包まれてしまう。
「……あれ? 何か間違えた?」
竜。
深山瑞樹は、竜である。
人として生まれ変わりながら、竜の力をそのまま残した存在。異世界においても格別の異形――始原竜の血を引く唯一の存在でありながら、人に生まれ変わることを願った変わり者である。もちろん、今は普段の生活で目立たないように、身体能力を極限まで封じているけれど、スポーツ競技程度ならば、うっかり人間の常識を越えてしまうこともある。
人間になれたことが嬉しい。人間の身体で動くことが楽しい。
とはいえ、やりすぎること、目立ちすぎることは禁じられている。実際、深山の派手な振る舞いのせいで、前の学校から遠く離れたこの高校まで転校する羽目になったのだ。
またカオルに怒られる――などと、深山は青ざめた。
一方、女子バスケ部は我に返った後、大きな歓声を上げる。そうして、本格的に勧誘が開始された。深山は目を回しながら、はぐれた相棒の名を呼び、助けを求めるのだった。




