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勇者×3+魔王+竜+姫=∞  作者: シロタカ
承の夏『ループ系異常的日常』
25/34

『僕は登場する』

 終業式も終わり、夏休みを目前に騒がしくなる教室や廊下を抜けて、生徒会室。

 いつもの六人は勢揃いした後、奇妙な沈黙に包まれていた。

 浅葉と深山は、単純によくわからないという表情。

 冬木と春原は、釈然とせず、疑いを残した表情。

「さて、ループを終わらせよう」

 白船が毅然として告げる。

 その隣に立つ黒川も、いつも通り――否、今までよりも遙かに、落ち着いていた。

「お姉様?」

「ええ、大丈夫よ。ハル」 

 春原はその言葉に納得しない。彼女は出会って以来、黒川にこれ以上ない信愛の情を向けて、熱心にその姿を見守って来た。だから、多少の差異でも、違和感となる。四度目の七月が半ばとなる頃――否、兆候としては、そもそも図書館にこもる頃からあった。

 黒川は、確かに黒川であるけれど、何かが違うような……。

 そもそも、「ハル」などと気安く呼ばれることがあっただろうか。

 恐怖でもなく、不安でもなく、春原は、何か、奇妙な感覚ばかり味わっていた。

「会長」

 冬木が呼びかける。

「二度目、三度目と、会長やユーリが色々と考えて、俺達はループを終わらせるために手を尽くした。だけど、ダメだった。だから、今、こうして四度目のループを迎えたわけだけど、会長は、この前云ったよな――もう、何もする必要はないって」

「そうだ、その通り」

「どうしてだ?」

 その問いかけは、当然、既に一度されたものだ。

 白船と黒川は、やはり同じように答えを返した。

「何もしなくても、ループは終わるからだ」

「だから、それがどうして?」

 冬木は声を荒げる。

 本気ではないのだろうが、魔法を唱え、片手に炎の剣、片手に氷の剣――冬木は、それぞれに構えた刃を、白船へ突きつける。「会長、あんたを信頼してないわけじゃないが、あんたは、俺達を信頼してくれているのか」と、吠えた。

「もちろんだ」

「だったら、どうして……?」

 何も教えてくれないのか。

 だが、それには大きな理由がある。

 例えば、ミステリーには名探偵がいるけれど、彼らは謎を解決する装置として、常人離れした閃きを見せる。その頭の冴えが、物語の醍醐味。だけど、それはクライマックスで披露されるもので、逐次開示されては、非常に興ざめだ。

 もちろん、白船と黒川は名探偵ではない。

 彼は勇者であり、彼女は魔王である。

「云えない理由がある」

 そうだ。

 名探偵も推理を披露しないことに、何かしらの理由は付ける。彼らにも、他の四人に答えを示さない理由が必要だろう。答えを明かすにふさわしい場は必要だ。

 そして、それは今ではない。

「すまない。まだ、云えない」

「だけど、ループは終わる」

 黒川が云う。

 彼女は自身の影を伸ばすと、冬木の刃を打ち払った。

「争いは望まない。全ては、話し合いで解決する」

 そう云った後、「いえ……」と。

「多少は、戦いも必要かしら?」

「どういう意味ですか?」

 重なり合うように、浅葉と春原が訊く。

「夏休みは忙しくなるということよ」

 黒川はそれだけ答えた。白船がうなずく。

「ああ、そうだな。ループが終わるならば、明日から夏休みだ」

「夏休みが忙しくなる? 海に行く約束は来週だったよな」

 深山はのんきに云うけれど、その約束は、残念ながら、果たされない。

 彼らが来週、六人で海に行くことはない。絶対。

 だから、白船は何も答えない。

「ナオ、任せていいか。先に気づいたのは、君の方だ」

「わかった、ヒロ。次の展開に移りましょう」

 彼と彼女はうなずき合う。

 勇者と魔王、二人の物語は異世界で一度幕を閉ざしているけれど、ある意味、浅葉と深山、春原と冬木、彼ら四人よりも先に、もう一度、幕を閉ざしたようなものだ。

 すなわち、物語の完了。

 そうして、誰か一人でも真実に到達することが、ループ終了の条件だった。

「夏に、幕を引きましょう」

 黒川は告げる。

 さながら、名探偵のように――。



「犯人は、この中にいる」

 登場人物を整理しよう。

 勇者である白船、浅葉、冬木。

 全てを闇で包み込んだ混沌の支配者、異世界の神殺し、魔王、黒川。

 世界を創世した始原竜の唯一の血脈、さながら神の末裔、竜、深山。

 滅したと思われた神の生まれ変わり、邪神を内に秘めた、姫、春原。

「世界は無数に存在しており、それらは普通、決して越えられない壁で隔てられている。重なり合うように存在しているのに、そこにあることも知覚できず、触れることも、行き来することもできない――だから、異世界。今いるこの世界と、異世界が三つ――少なくとも、私達はそれだけの世界を知っている」

 もちろん、彼らは、世界の壁を越えるという奇跡に到達した化け物。

 人間の域など、とっくに飛び越えているけれど。

「異世界には、神がいた」

 黒川と深山と春原。

 彼女達は、疑いもなく、異世界で、神と呼ばれるにふさわしい存在だった。

「では、この世界には?」

 黒川は首を傾げて云う。

「神様はどこ?」

 尋ねられたならば、仕方ない。

 答えよう――ここにいる。

「犯人は、この中にいる」

 ただし、登場人物ではない。

「神はどこにいる?」

 最初からいる。

「神ならば、時間も空間も運命も自由自在でしょう?」

 もちろん。

「犯人は、あなたよ」

 人差し指を彼方へ向けて――こちらへ向けて、彼女は断言する。

 名探偵のように――冷酷に。

 彼女らしくなく――笑顔で。


 ――ずるい。


「そうかしら?」

 その通り。

 だって、逃げ場がない。

「夏休みね」

 そうだね。

 この時が来てしまった。


 ――さあ、茶番を始めよう。

 ――世界の運命で遊ぼう。


 僕も、笑顔で、舞台に出ようと思う。


 はじめまして? いいえ、ここまで付き合ってもらって、ありがとう。

 名乗る。僕には多くの名前がある。〈光の使者〉、〈混濁の主〉。〈名探偵〉、〈空を食む〉。〈火種〉、〈王冠壊し〉。二つ名の数が、僕の歴史である。世界の歴史。

 わかりやすく名乗れば、こうだろう。


 ――〈神〉。


 すなわち、この物語の記述者だ。

承の夏『ループ系異常的日常』 了

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