『僕は登場する』
終業式も終わり、夏休みを目前に騒がしくなる教室や廊下を抜けて、生徒会室。
いつもの六人は勢揃いした後、奇妙な沈黙に包まれていた。
浅葉と深山は、単純によくわからないという表情。
冬木と春原は、釈然とせず、疑いを残した表情。
「さて、ループを終わらせよう」
白船が毅然として告げる。
その隣に立つ黒川も、いつも通り――否、今までよりも遙かに、落ち着いていた。
「お姉様?」
「ええ、大丈夫よ。ハル」
春原はその言葉に納得しない。彼女は出会って以来、黒川にこれ以上ない信愛の情を向けて、熱心にその姿を見守って来た。だから、多少の差異でも、違和感となる。四度目の七月が半ばとなる頃――否、兆候としては、そもそも図書館にこもる頃からあった。
黒川は、確かに黒川であるけれど、何かが違うような……。
そもそも、「ハル」などと気安く呼ばれることがあっただろうか。
恐怖でもなく、不安でもなく、春原は、何か、奇妙な感覚ばかり味わっていた。
「会長」
冬木が呼びかける。
「二度目、三度目と、会長やユーリが色々と考えて、俺達はループを終わらせるために手を尽くした。だけど、ダメだった。だから、今、こうして四度目のループを迎えたわけだけど、会長は、この前云ったよな――もう、何もする必要はないって」
「そうだ、その通り」
「どうしてだ?」
その問いかけは、当然、既に一度されたものだ。
白船と黒川は、やはり同じように答えを返した。
「何もしなくても、ループは終わるからだ」
「だから、それがどうして?」
冬木は声を荒げる。
本気ではないのだろうが、魔法を唱え、片手に炎の剣、片手に氷の剣――冬木は、それぞれに構えた刃を、白船へ突きつける。「会長、あんたを信頼してないわけじゃないが、あんたは、俺達を信頼してくれているのか」と、吠えた。
「もちろんだ」
「だったら、どうして……?」
何も教えてくれないのか。
だが、それには大きな理由がある。
例えば、ミステリーには名探偵がいるけれど、彼らは謎を解決する装置として、常人離れした閃きを見せる。その頭の冴えが、物語の醍醐味。だけど、それはクライマックスで披露されるもので、逐次開示されては、非常に興ざめだ。
もちろん、白船と黒川は名探偵ではない。
彼は勇者であり、彼女は魔王である。
「云えない理由がある」
そうだ。
名探偵も推理を披露しないことに、何かしらの理由は付ける。彼らにも、他の四人に答えを示さない理由が必要だろう。答えを明かすにふさわしい場は必要だ。
そして、それは今ではない。
「すまない。まだ、云えない」
「だけど、ループは終わる」
黒川が云う。
彼女は自身の影を伸ばすと、冬木の刃を打ち払った。
「争いは望まない。全ては、話し合いで解決する」
そう云った後、「いえ……」と。
「多少は、戦いも必要かしら?」
「どういう意味ですか?」
重なり合うように、浅葉と春原が訊く。
「夏休みは忙しくなるということよ」
黒川はそれだけ答えた。白船がうなずく。
「ああ、そうだな。ループが終わるならば、明日から夏休みだ」
「夏休みが忙しくなる? 海に行く約束は来週だったよな」
深山はのんきに云うけれど、その約束は、残念ながら、果たされない。
彼らが来週、六人で海に行くことはない。絶対。
だから、白船は何も答えない。
「ナオ、任せていいか。先に気づいたのは、君の方だ」
「わかった、ヒロ。次の展開に移りましょう」
彼と彼女はうなずき合う。
勇者と魔王、二人の物語は異世界で一度幕を閉ざしているけれど、ある意味、浅葉と深山、春原と冬木、彼ら四人よりも先に、もう一度、幕を閉ざしたようなものだ。
すなわち、物語の完了。
そうして、誰か一人でも真実に到達することが、ループ終了の条件だった。
「夏に、幕を引きましょう」
黒川は告げる。
さながら、名探偵のように――。
「犯人は、この中にいる」
登場人物を整理しよう。
勇者である白船、浅葉、冬木。
全てを闇で包み込んだ混沌の支配者、異世界の神殺し、魔王、黒川。
世界を創世した始原竜の唯一の血脈、さながら神の末裔、竜、深山。
滅したと思われた神の生まれ変わり、邪神を内に秘めた、姫、春原。
「世界は無数に存在しており、それらは普通、決して越えられない壁で隔てられている。重なり合うように存在しているのに、そこにあることも知覚できず、触れることも、行き来することもできない――だから、異世界。今いるこの世界と、異世界が三つ――少なくとも、私達はそれだけの世界を知っている」
もちろん、彼らは、世界の壁を越えるという奇跡に到達した化け物。
人間の域など、とっくに飛び越えているけれど。
「異世界には、神がいた」
黒川と深山と春原。
彼女達は、疑いもなく、異世界で、神と呼ばれるにふさわしい存在だった。
「では、この世界には?」
黒川は首を傾げて云う。
「神様はどこ?」
尋ねられたならば、仕方ない。
答えよう――ここにいる。
「犯人は、この中にいる」
ただし、登場人物ではない。
「神はどこにいる?」
最初からいる。
「神ならば、時間も空間も運命も自由自在でしょう?」
もちろん。
「犯人は、あなたよ」
人差し指を彼方へ向けて――こちらへ向けて、彼女は断言する。
名探偵のように――冷酷に。
彼女らしくなく――笑顔で。
――ずるい。
「そうかしら?」
その通り。
だって、逃げ場がない。
「夏休みね」
そうだね。
この時が来てしまった。
――さあ、茶番を始めよう。
――世界の運命で遊ぼう。
僕も、笑顔で、舞台に出ようと思う。
はじめまして? いいえ、ここまで付き合ってもらって、ありがとう。
名乗る。僕には多くの名前がある。〈光の使者〉、〈混濁の主〉。〈名探偵〉、〈空を食む〉。〈火種〉、〈王冠壊し〉。二つ名の数が、僕の歴史である。世界の歴史。
わかりやすく名乗れば、こうだろう。
――〈神〉。
すなわち、この物語の記述者だ。
承の夏『ループ系異常的日常』 了




