『名探偵の不在問題』
学校の屋上は立ち入り禁止である。
すなわち、秘密の集まりには最適な場所だ。
施錠はされているけれど、鍵を外す程度は造作もない。七月の暑い盛りであるから、屋上の熱気も凄まじいが、魔法をひとつ唱えてやれば、空調の効いた室内よりも快適だ。
昼休み、ランチタイム。
屋上に揃ったメンバーは、浅葉と深山、冬木と春原の二組四人。
最上級生ペアの白船と黒川はいないけれど、別にわざと外したわけではない。そもそも、二組は偶然に休み時間に廊下で顔を合わせただけで、何かしら、深い意味での相談や談合をするつもりでもなかった。
ただ単に、いつもの風景。
ただの――そんな言葉が似合う日常。
「しかし……」
と、春原。
「四度目の七月も早十日ほど経ちますが、珍しく、白船会長は何の指示も提案も出されませんね。この頃、お姉様も図書館にばかりこもって、寂しい限りです」
「それは、単純に、ユーリがクロ先輩に嫌われただけじゃないのか?」
サンドイッチのラッピングを外しながら、深山。
凄まじい目つきになって、春原が、「あ?」と一言。
「カオル、怖い」
「僕に助けを求めないで。カズ君」
「だからと云って、俺に投げないでください。先輩方」
こほんと咳払いして、春原。
「冗談はともかく……」
「冗談で出せる殺気じゃねえよ、今の」
「お姉様は渡しません、ミズキ先輩」
「渡されたくもねえよ、いらねえ!」
「……お姉様を、いらない? 不要と?」
「どっちにしろ切れるのかよ! 面倒くせえ」
深山が絶叫。
浅葉と冬木はため息。
「ミズキ先輩がいると、どうにも話が進みませんね」
「いや、俺だけじゃなくて、お前もたいがいだからな」
埒があかないとばかり、浅葉が手を打つ。
「それで、春原さん。話の続きは?」
「ええ、そうでした」
再度の咳払いで、閑話休題。
「いい加減、七月も四度目となれば、飽きて来ませんか。正直に申しまして、私は少々うんざりとしています。最初こそ、物珍しさに加え、日々の行動に最善を選択し続けるという面白い試みも実行できましたから、なかなか有意義に思えましたが……さすがに四度目となれば、同じような営みや振る舞いを続けることが無為に思えてきます」
「まあ、確かに……」
浅葉がぼんやりと同意する一方、冬木は云う。
「俺は、別にどうでもいいかな」
深山がこっそり奪ったパンを取り返しながら、冬木は続ける。
「夏休みが待ち遠しいわけじゃないからな……」
「カズマは、皆さんといっしょにいるのが楽しいのよね?」
「馬鹿、違う」
剣呑な目つきになった冬木の頭を、深山が犬のように撫でる。
「なんだ。お前も可愛いところがあるじゃないか」
「だから、違う」
いらいらしたように、冬木は声を荒げる。
「別に、ループが終わるなら、俺もそれでいい。どうでもいいってだけだ。面倒くさい。先輩方に云われれば手伝うけど、ユーリみたいに、自分から積極的に動く気分にはなれないだけだ」
「……どうして?」
少し考える表情になって、浅葉が問いかける。
「僕も、さすがに今の状況は異常だと思うから、解決策がわかるならば、力を尽くすことに迷いはない。会長や春原さんにばかり考えることを任せて申し訳ないと思うぐらい。当然、みんな、ループの解決に積極的だと思っていたけれど……」
「ああ、いや。もちろん、ループを終わらせることには賛成ですよ」
冬木はひらひらと手を振って、多少、弁解するような口調。
「ただ、ループが終わったところで、この毎日がどれだけ変わるのかと思って……こうして、ユーリや先輩達と過ごす日常に、たぶん変化はない。だから、七月が繰り返されることも、新しく八月がやって来ることも、大して違わないように思えた。それだけです」
繰り返される日常。
変化のないループ。
冬木の云い分は、ある意味で正しい。例えば、六人の日々を物語として、傍観者のように眺める者――さながら、読者のような存在がいたならば、その日々を、「思ったよりも退屈だ」と云うかも知れない。
平穏は、その只中にいる者にとっては、透明な水のように、漂っていることすら気づかないものだ。それを水槽のように外から眺めるならば、激しく狂い踊っている方が、きっと楽しい。
彼らが、このまま七月を過ぎ去り、次の月を迎えたとしても、何ら変化のない毎日が続くだろう。犯人がいるとすれば、きっとそれを望まない誰かが――。
「私は、平穏を望みます。だから、カズマの云いたいこともよくわかります」
春原が、はっきりと云った。
浅葉と深山も、素直な様子でうなずく。
「ああ、わかる」
「僕達も種族間の戦争を潜り抜けたからね。やっぱり、平和が一番だよ」
浅葉は微笑んで云ったが、同時に反論もした。
「このまま七月が永遠に続けば、それはそれで平穏で平和と呼べるのかも知れないけれど、やっぱり僕と深山は、変化を望むよ。それに、今の状況は平穏と呼ぶよりも、停滞と云った方が正しいと思う」
停滞――その表現は、やはり正しかった。
「それならば、なおのこと……」
春原は云う。
「白船会長が何の提案も出せない――あるいは、出さない今、私達で解決の手立てを考えるべきでしょうね」
「あれ、クロ先輩は誘わないの?」
「お姉様の手を煩わせるなんて、そんな……」
「そいつは、完全にお前の都合だろ?」
結局、がやがやと騒がしい。
彼らは気づいていない。
勇者と勇者と竜と姫――世界の運命すら気まぐれに左右できる実力を備えながらも、残念ながら、彼らは〈名探偵〉ではない。彼ら、六人の物語を強引にでもジャンル分けするならば、せいぜい学園ものか、ファンタジーであって、ミステリーではないのだから。
この物語に、名探偵は不在である。
そのはずだ。そのはずだった。
しかし、舞台が整えば、それに見合うキャラクターも登場するものかも知れない。




