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勇者×3+魔王+竜+姫=∞  作者: シロタカ
承の夏『ループ系異常的日常』
22/34

『ノックスの十戒』

 白船は生徒会室で一人、話し込んでいた。

 窓ガラスに映り込む自分自身の姿――しかし、鏡の中の彼は、嫌らしく笑いながら、瞳を赤く輝かせている。白船は生徒会長の椅子に座って、ため息と共に見守る。鏡の中のもう一人の彼は、それこそ好き勝手で、立ち上がり、演説するように両手を広げた。

「それで、相棒……」

「お前から、そんな風に云われるつもりはないよ」

「つれないなぁ。一心同体の仲だろう」

「どうして、出てきた?」

 白船の内に眠る、もうひとつの人格。

 悪意と欺瞞ばかり渦巻く異世界で、魔王と対峙するまで、白船は一人で戦い抜いた。重く圧し掛かるストレスが原因だったのだろうか――いつしか、目覚めていた裏の人格。彼は、白船の代わり、多くの汚れ仕事に手を染めてきた。

 真っ赤な瞳は、魔王のそれを彷彿とさせる。

「なんだよ、俺様とお前の仲だろう。たまには、近況報告でもしようぜ。最近は、仲良し六人グループになっちまって、全然、俺様の立場がないからな。大体、あいつらよりも、遥かに付き合いは長いんだぜ。もうちょっと、大切にしろよ」

「断る。できれば、さっさと消えて欲しいぐらいだ」

 鏡の中、赤い瞳がげらげらと哄笑する。

「知ってるか。そういうの、ツンデレって云うんだぜ」

「知っているよ。僕とお前の間に、知識量の差があるはずないからな」

 同じ身体、同じ情報を共有する別人格。

「だが、別に、僕はお前を好いてなどいない。というか、普通に嫌いだ」

「云ってくれる。どれだけ、俺様がお前のために動いてやったか、忘れたみたいだ」

「馬鹿な。全て、お前が勝手にやっていることだ。それを押し付けがましく、僕を理由にするな。何より、浅葉君に手を出すのはやめてもらおうか。非常に迷惑だ」

「いいじゃないか。楽しいだろ」

「……彼は、男だぞ」

 白船はため息をつく。

「こちらの世界に戻って来て、お前もずいぶんと落ち着いてくれたが、そこら辺に節操がないことは最悪だ。浅葉君ならば自身で身を守ることもできるが、頼むから、無力な女性に強引に迫るなどということはしてくれるな」

 答えず、赤い瞳の彼はへらへらと笑い続ける。

 そうして、話題を変えた。

「黒川はどうしたよ?」

「わざわざお前が、僕に尋ねる意味があるのか。ちゃんと記憶を探ればいいだろう?」

「面倒だ。教えろよ、お前の相棒は……」

 そこで、なぜか、げらげらと笑う。

 白船は眉をひそめて、告げた。

「図書館だよ」

「へえ、なんのため?」

 問われて、白船はわずかに黙る。

「黒川は、最近、推理小説をよく読んでいるようだ」

 結局、普通に――普通を演じながら、答えた。

 白船自身、何事にも興味の薄い黒川が、急に特定のジャンルにこだわることを不思議に思っている。とはいえ、それが今のループと何か関係あるとも思えず、いつもの気まぐれか、白船でも見通せない考えがあってのことと納得しようとしている。

「ほう、ミステリーね」

 赤い瞳が、さらに笑む。

 しばらく、互いに考えるような沈黙。

「ノックスの十戒」

「……なに?」

「知ってるか。ミステリーの約束事だぜ」

 鏡の中の自分から唐突に話題を振られ、白船は首を傾げる。

「……いや、知らないな」

 そう答えれば、得意げに語り出す。

「ロナルド・ノックスという昔の作家が、一九二八年に提唱したミステリーのルールだ。というか、ミステリーを名乗るならば、これぐらい守りやがれという愚痴だな。百年近く前の決め事だから、今ではちょっと古臭いが……」

 そんな風に前置き。

 そうして、鏡の中の彼は、すらすらとノックスの十戒を並べ立てる。


 一 犯人は、物語の最初から登場していなければならない。

   また、読者が疑うことのできない人物が犯人であってはならない。

 二 探偵方法に超自然能力を用いてはならない。

 三 犯行現場に秘密の部屋や抜け道があってはならない。

 四 未発見の毒薬や科学的説明が難解な機械を用いてはならない。

 五 中国人を登場させてはならない。

   この場合の中国人とは、根拠のない神秘を行う者のことである。

 六 偶然や第六感によって、事件が解決されてはならない。

 七 犯人が、探偵であってはならない。

   ただし、犯人は探偵に変装し、登場人物を騙してもよい。

 八 読者に提出していない手がかりで、事件を解決してはならない。

 九 ワトスン役は、自分の判断を全て読者に知らせねばならない。

   この場合のワトソン役とは、物語の記述者のことである。

 十 双子や一人二役の変装は、あらかじめ読者に知らされなければならない。


「さて……」

 鏡の中、一息を入れて、語り続ける。

「犯人捜し、動機付け――フーダニット、ホワイダニット。お前ら六人はうだうだやっているみたいだが、例えば、ノックスの十戒に基づくならば、この物語はミステリーじゃあない。俺様は予想する。このループの解決は、推理なんていう筋道立てられたカタルシスを得られるものではなく、馬鹿馬鹿しい、どうでもいい理由で解決される」

 彼は堂々と続ける。

「例えば、犯人が最後の一ページになってから登場するもの、例えば、探偵が超能力者や魔法使いであったりするもの、例えば、犯人が探偵であるもの、ワトソン役が全てを語らないもの――ああ、今の時代ならば、既にそんな物語もあるだろうさ。だが、今、お前達が繰り広げている物語は、そんな、高尚なものでは断じてないぜ」

 馬鹿にするように、げらげらと――。

「だってさ、ループを終わらせるだけならば、六人で力を合わせて、時間でも運命でも、好きに組み替えればいいさ。六人の中に犯人がいると思うならば、黒川にでも頼んで、全員の心を覗かせてみればいいさ。お前らは、そんな力技に出ないことを、あれこれと理由付けて云い訳するだろうが、結局、甘えんだよ。だから、つけ込まれる」

 白船は、そこでようやく、口を挟んだ。

「つけ込まれる? 誰に?」

「あ? 犯人に決まっているだろ」

「……このループを仕掛けた犯人は、やはり存在するのか?」

「さすがに、そこまで残念なオチではないぜ。いるさ、黒幕ぐらい」

 一片の迷いなく、さながら全てを知る神のように――もう一人の白船は云った。

 生徒会長の椅子に深くもたれかかり、白船は額を押さえた。うめく。

「ひとつ、聞かせろ」

「オッケー、なんでもいいぜ。相棒」

 白船は、もう一人の自分を、お前は誰だ――とでも云うように、にらんだ。

「僕は、ノックスの十戒なんて知らない。ロナルド・ノックスなんていう作家も読んだことがない。それをすらすらと空で云えるはずがない。それなのに、知識と情報を共有しているはずのお前が、なぜ、どうして……僕の知らないことを、知っている?」

「知っている理由は簡単だぜ」

 笑みを消して、憐みでも向けるような赤い瞳。

「本好きな友達が、俺様とお前に、教えてくれたからさ」

「……誰だ。僕は、そんな奴は知らない」

「酷い奴だな。俺様よりも、お前はよっぽど、酷い奴だよ」

 彼は云った。

「思い出せ。このループは、何度目だ?」

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