『黒川直美は気づいた』
四月の入学式である。
体育館の壇上では、生徒会長が式辞を述べていた。すらりと伸びた高い背に、スマートな体格。学年トップの成績を修める秀才の彼は、深く一礼の後に眼鏡を持ち上げる。その立ち居振る舞いは堂々としており、文武両道を感じさせる静謐な雰囲気をまとっていた。
制服も初々しい新入生の女子達が、ぼんやり見惚れたような顔になるのもしかたない。
生徒会長の白船博貴は、端麗な見た目に加えて、高校生らしかぬ大人びた雰囲気も備えている。それは同年代の者達を強烈に、性別問わず惹きつけるものだ。
もちろん、その根底には過去の経験があった。
異世界で、勇者として魔王と対峙した経験である。
「ご立派だったわ」
「もしかして、皮肉か?」
式が終われば、部活動の勧誘が始まる。厳粛な空気は華やかな空気に一変していく。
校舎の間にある中庭が活気に溢れる光景を眺めつつ、白船は苦笑していた。
「皮肉になるのかしら、よくわからない」
無表情のまま、彼女は白船に対して、小首を傾げる。
体育館の入口で雑談交じりの小休止。白船の隣に立つ彼女は、生徒会の副会長だ。
ストレートの黒髪は、腰にも届きそうな豊かなもの。喜怒哀楽を浮かべることのない顔立ちは、さながら美を追求した彫刻品のようで、学校でも街中でも、すれ違う人々を思わず振り向かせる。その肌は、太陽を嫌ったように、真新しい絹のように白い。
黒川直美――生徒会の副会長にして、元、魔王。
「ところで、白船君。挨拶の最中、あなたに熱心な視線を送っていた子がいたわよ」
「おや、珍しく嫉妬でもしてくれるのかな?」
白船は珍しく、茶化した台詞を云ってみるが――。
「嫉妬? なにそれ、おいしいの?」
黒川の返事は的を射ない。真顔のまま表情がぴくりとも変わらないため、本気なのか、冗談なのか、白船にも判断がつかなかった。
人間となって、まだまだ日の浅い彼女を、全て理解しようとすることは難しい。
「悪かった。僕の負けだ」
「負け? 私と白船君は勝負をしていたのかしら?」
「いや、もういい。それで……」
白船はため息と共に、話題を戻した。
「熱心な視線とは、どういう意味だ?」
「視線の主は、少年と少女の二人組み。彼ら、あなたの実力を見抜いていたわ。それだけの実力者ということ。戯れに、都市を一瞬で吹き飛ばす程度の力はあるでしょうね」
思わず絶句した白船に対して、やはり何の感情も浮かべないまま、黒川は告げる。
「つまり、私達と同じぐらいのレベルね」




