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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 8

第2章《陰謀》(1/4)


 朝日が眩しい。晴れ渡ることが少ないこの国にしては、めずらしく透き通るような青空が広がっていた。

 ちょっとした仮眠から覚めたルナは、手入れの行き届いた木々や花々が放つすがすがしい空気を胸一杯に溜め込んでから、現状の分析結果を今一度反芻した。夜明け前まで整理し、仮眠中に夢の中で纏め、起きてから確認する。いつものやりかたである。


 王国の状況と、俺が置かれた立場と、切り離して整理しなければならない。多くの為政者が、自分もしくは自派の価値観だけを押し通し、国もろとも破滅した轍を踏まないために。

 俺がドーバー戦役を戦った時と現在では、確かに状況は違っている。ここ数年、王国の航空兵力は質・量ともに大幅に向上した。王国自慢の海軍は、航空機の重要性をやっとのことで認め、航空兵力も対空戦力も格段に充実したようだ。本土防衛も、対空・対海とも整備され、磐石の態勢が整えられたかに見える。しかし、それはあくまで防衛という観点であり、こちらから打って出るという発想は、相も変わらず皆無と言って良い。

 恐らく、神聖同盟側が海峡を渡って来るのは時間の問題だ。王と帝国皇帝との確執が表面化した以上、帝国の守護者を任じられている神聖同盟は、王国に侵攻する大義名分を手に入れたことになる。

 現在の神聖同盟は、ドーバー戦役で王国が攻撃した西ケルト公国領土を再び傘下に収めており、その他にも全方位的にかなり拡張している。その版図と人口、工業生産力を含めた経済力は、南方の帝国に匹敵し得るレベルだろう。対して王国の国力は半分以下と見なければならない。

 それでも一時的になら、現在の王国の戦力なら、すぐに戦時体制に入って全力で防衛する決断さえくだせれば、暫くは守ることができるだろうし、王室が戦時体制を宣言するのに躊躇することはないだろう。しかし、防衛だけでは戦闘が長期化するのは必至で、長期化すれば王国の国力は疲弊し、王は皇帝との和解を強制されることになるに違いない。不平等な和解を押し付けられるだろうから、条約破棄を掲げた王国の好戦派がすぐに勢いを得て、戦端が再び開くことになるだろう。そんなことをしても、所詮は消耗した王国に勝ち目は無く、結局は何度も侵攻が繰り返される羽目に陥るのだ。そして、繰り返される度に和解の条件が厳しくなっていくのは目に見えている。それは、王国の存続に関わるということだ。もってニ年。帝国の出方によっては、一年で王国の主体性は消滅してしまうかもしれない。

 俺を召還したということは、その問題に王は気付いている。防衛至上主義的な考え方から、打って出る方針に切り替える必要性を感じているのだ。確かに、この手の発想転換は、俺のお家芸みたいなものだ。空軍の充実と爆撃機の増備。まずはそこから始めねばならない。工業基盤も技術力も不足は無いはずだ。後はこういったことを実現して行くに当たって、どの程度の権限が俺に与えられるか、レベル別に幾つかの選択肢を用意しておけばいい。いずれにせよ、今一度俺の偉大さを王と臣民に示すことができるだろう。

 問題は、その後だ。ドーバー戦役後の終戦協定では、唯一王国が譲歩した条件が、俺の排斥だった。皇太子を廃位されてブリタニア辺境伯に任ぜられてしまった。帝国まで含めた様々な思惑が錯綜した結果だろうが、結局はそれだけ俺が恐れられていたということだ。その他のこまごました要因など、考えてもしょうがない。

 しかし、まさに孤島と呼ぶに相応しいブリタニアという辺境に飛ばされた俺には、生き続けること自体が課題になってしまった。あれから三年の間、国作りに明け暮れてやっとそれらしくなって来た。そこから学んだことだっていっぱいある。あの時に、今の俺くらいの器量があればもっと上手くやれたのだろうが、それはいい。俺は変わったのだ。今度は俺が王国を変えてみせる。

 現在の王子との間に問題はあるか。いや、無い。少なくとも暫くは。俺には『皇太子』に未練は無いのだし、奴との確執が生まれて、足元から俺の思惑が崩れ去る要素は無いはずだ。俺から奴を皇太子に推薦したっていい。そもそも俺達の仲で、兄弟が衝突するというナンセンスを想定すること自体が全く不要だ。

 ドーバー戦役で一時的に王国に帰属したとは言っても、近年の歴史において大陸の西ケルト地方が王国の版図から外れて久しいと言わざるを得ない。しかし、かの地は文化的にも民族的にも王国の一部だ。きっと取り返してみせる。『皇太子』の肩書きよりもそっちの方が重要だ。そうしなければ、王国の継続は難しいだろう。逆に、西ケルト地方を取り戻せれば、神聖同盟など目ではない。南方の帝国だって、王国との融和路線をより一層加速させるはずだ。


 控えめなノックが、ルナの思考を遮った。

「入れ。」

ブリタニアから連れて来たルナの側近が入って来た。

「ブリタニアへの連絡は済ませました。後は、ルナ伯爵自ら公式の通信を行なって頂きたく。」

伯位についても、考えなければならない。官僚組織の肩書き、例えば宰相か、と並列させるか。それとも単なる官僚となるか。王子との関係を考えれば、伯爵として宰相を務める方がいいだろう。伯爵以上の肩書きを狙っているといったあらぬ野心を勘ぐられるのは得策では無い。

「原稿がございます。」

再び側近に思考を遮られ、不愉快な声色で原稿を取り上げ、ブリタニアへの回線を開いた。数秒の雑音と、回線を切り替えるプチっという音が何回か響いた後で、ブリタニア辺境国の統領が応じた。

「ルナ様、ご連絡をお待ちしておりました。」

「王はこの度、大陸側からの侵略に備え、具体的な行動を起こすと仰せだ。我が国も属国として、全面的にこれを支援する。ついては、私はここに残り、お役目を授かることになった。」

「ご決断、拝聴致しました。ブリタニアの統治は、統領である私目にお任せください。」

「頼む。また、兵をよこしてもらうことになると思う。第一連帯を丸ごと移送する準備を進めてくれ。」

「かしこまりました。それでは早速準備に取り掛かります。……が」

「案ずる事は無い。王の私への信頼はゆるぎない。三年のブランクなど、親子には関係ないことが分かった。」

「それをお聞きして、安心致しました。陛下によろしくお伝えくださいませ。」

「よろしくはからおう。下がってくれ。」

通信が切れ、側近が話しはじめた。

「陛下の所にお出ましになられるので?」

「そうだな、三十分後に伺おうと思う。王室につないでくれ。」

「は。」

ルナは退出しようとする側近を身振りで近くに呼び寄せ、ブリタニア統領と側近との事前連絡の首尾を確認した。

「ブリタニアに動揺は無いようです。統領にお任せになり、任務の遂行だけをお考え遊ばせ。」

「分かった。」

 ルナが王国に招聘されるということは、ブリタニアには元首が不在になるということなのだ。何らかの動揺があっても不思議ではない。それは、国政の混乱という形を取るかもしれないし、志の高い政治家であれば国そのものの奪取を考えるかもしれない。ブリタニアの統領はルナの腹心であって最も信頼できる人間だが、何人なんぴとに対してでも疑念を以って臨むことが国政を預かる者には必要なのだ。それは王家の者であれば尚更で、本質的に王族が孤独であるという所以である。ルナは、側近に統領の動静を探らせていたのだが、側近は統領に心配は無いとの結論に至ったようだ。本心ではルナもそう思っていたし、彼に任せておけば、国が混乱することも無いだろう。ルナは満足の笑みを浮かべて側近を下がらせた。そして、側近が部屋から出て行ったのを確認して、荷物から緊急用の携帯通信機を取り出した。部屋に誰もいないことを改めて確認しなおし、通信を開いた。


<続く>

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