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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 6

第1章《帰還》(4/5)


「艦長、空戦が始まったようです。墜落していく火の玉が目視できます。」

血の気が引いた艦長の顔が引きつっていく。

「そもそもかなう敵ではない……。増してや今、敵機は爆撃帰りで爆弾も燃料も少なくて軽い。機動力で勝ち目は無いだろうし、数も五倍だ! 友軍航空隊は全滅するだろう……。我々も作戦を中止して引き上げるか!?」

艦長の独り言を監視員が遮った。

「航空機編隊接近!」

とうとう耐え切れず、艦長はわめき出してしまった。

「最悪だ! 友軍の支援航空機が全滅した上に我が艦隊も敵編隊に発見されてしまったっ! 未だ攻撃前なのに!!」

しかし、淡々と監視員が続けた。

「タイガー・シャーク型です。機数二十、友軍航空隊は全機無事なようです。」

先任監視員が付け加える。

「発光信号確認、あ、大陸を背にしていますので、敵には見えません。」

状況が把握できない様子ではあるが、何とか指揮官の顔に戻った艦長が命令する。

「発行信号、読め。」

「はっ! 『敵機は全機殲滅した。作戦の成功を祈る。ルナより。』 以上。」

「ルナ皇太子か! 敵機を全滅させた? いや、あの方ならやりかねん。……そうか、二十機のタイガー・シャークは、ルナ皇太子殿下直営の空母戦闘機群だったのか……。殿下はこの作戦に批判的で、参戦されるとは聞いていなかったが……。」


 この作戦に俺は反対していた。大陸に向かう艦隊は、友軍航空隊による若干の援護が予定されていたとは言え、決死行を越えて特攻に近い任務を負うことになる。敵に与えられる打撃は微小だろうし、特攻のような神聖同盟への攻撃が、『反撃』したという実績に基づいた国威掲揚効果を上げられるとは思えない。兵力は蓄えていて始めて抑止力を発揮するのであって、消耗を前提とした作戦から得られるものなど何も無いのだ。むしろ、兵員の消失が社会に与える悲しみや痛みが、国力を損なわせると考えるべきなのだ。しかし、作戦は強行されてしまった。決定したことであれば是非も無い。俺がすべきことは、作戦を成功に導くことであり、要員の損失を最低限に押さえることなのであって、そのために最も効果的な形で介入したのだ。

 我が編隊が殲滅した敵編隊は、敵の湾岸航空隊だった。それが全滅してしまったため、我が艦隊が艦砲射撃を始めた後、敵の航空機隊は三十分以上も来なかった。本土から来た我が方の艦隊を支援する航空隊は、敵の航空機がいないため、地上への攻撃に参加した。爆弾は搭載していなかったが、要所要所への機銃掃射が有効に働き、地上施設から艦隊への攻撃を効果的に抑止した。予定を大幅に超えて艦砲射撃した艦隊は、やっとたどりついた敵航空機隊を確認するや、退却し始めた。その時、友軍の支援航空機は既に帰還していたが、補給を終えた我が空母戦闘機群が迎撃にあたった。その結果、我が艦隊はほぼ無傷で帰還したのである。


 ルナのこの戦果を以って停戦交渉が始まり、王国は有利に条約を締結するに至った。何しろ、神聖同盟側が湾岸地域に展開していた航空戦力は壊滅状態に陥り、湾岸施設も大打撃を被ったのだ。対して王国側の戦隊が受けた被害は最小限。これは、防衛能力の低下した西ケルト地方に、王国は再攻撃を仕掛けることができることを意味していた。神聖同盟としては協定に持ち込まざるを得ず、王国の要求をことごとく飲むしかない状態だったのだ。その功績は少なくとも民衆にはルナだけのものと映り、元々の作戦を立案した宰相を初めとした行政府や軍の評判を著しく貶めるという結果を招いた。元々名声に無頓着なルナが、宰相や軍の統帥が自らを辱められたと受け止めたことに気付かないのは、若さ故と言うには大きな禍根を残してしまったと言える。

     ◆

「懐かしいね、全く。あれ以来、俺は皇太子を廃位され、『辺境伯』になったのだからな!」

圧倒的に有利な条件で結んだはずの講和において、ルナの廃位は不自然に見えた。そんな思いから強い口調で迫るルナの議論を、王は正面から受け止めようとはしなかった。

「思い出話をしている余裕は無い。お前が思っているより事態は逼迫している。これからのことを話そう。そのための人間は揃っている。」

それでもルナは引き下がらない。彼にも意地があり、責任もある。

「思い出話をしているわけじゃない。この三年間を水に流すつもりはないんだ。」

「それもいいだろう。ただ、その話の決着は今でなくとも良かろう?」

「俺の気持ちの問題を言っているのなら、その通りだ。」

「分かったようだな。我々は王族として、国政を優先させねばならんのだ。」

確かにドーバー戦役は王国の大勝であった。その結果を導き出したのがルナであることも事実である。しかし、その事実が事態を難しくもした。王国艦隊から攻撃された西ケルトの湾岸地帯が被った打撃は、決して小さいものではなく、それも軍事施設だけが破壊されたわけではない。無差別攻撃だったのだ。湾岸の港町と言えば、むしろ人々の生活が集まっていた地域である。また、西ケルトの人々の多くは、伝統的に王国への帰属意識を持っていたのだ。そんな所を無差別攻撃しておいて何のお咎めも無い、では国政が立ち行かなくなってしまう。ルナの廃位と追放は、こういった理由で実施されたのだ。この理由は表立って公表されたものではないが、少なくとも政治的に説得力のある内容であり、インテリ層だけでなく広く一般に受け入れられた認識であった。ルナにしてみれば、彼の部隊の戦闘相手は神聖同盟の戦闘航空隊だけだったし、湾岸施設を攻撃したのは艦隊であって、彼の部隊ではない。増して、そもそもあの作戦を立てたのはルナではなかったのだ。ルナは、格好のスケープゴートにされたわけであり、面白いはずもない。他に手があったかというと無いだろうし、落としどころとして充分に理解できるだけに、理屈では割り切れない腹立たしさが余計に募っていたのだ。

「ご立派だよ、あんたは。」

やや諦め顔になったルナを王は怪訝に思い、もう少し話を続けることにした。

「王国の将来を憂いでいるのは、お前だけだとでも思っていたのか?」

「そういうことじゃない。王国のことだけを考えているあんたが立派だと言ったんだ。」

「歯に衣を着せたような言い回しはするもんじゃない。お前の拘っているシコリを言ってみろ。」

「時間が無かったんじゃないのかい?」

「そうだ。だが、国家の一大事、邪念を取り払わねば勤まるまい?」

ここで再びルナの頭に血が昇った。

「邪念だと? じゃあ言わしてもらうが、俺を帰還させて、皇太子はどうするつもりだったんだ? 俺と王子で、兄弟同士に殺し合いでもさせるつもりか?」

額から随分と窪んだ王の眼が笑い始めた。

「それを心配していたのか、お前は。皇太子に戻りたいのか?」

「そんなつもりは毛頭無い。ただ、民の声がどう出るか。下手をすると俺達の意思とは別のところで争いになるかもしれない。」

王の眼は引き続き笑っていたが、それがルナには面白くない。

「他にも問題がある、ブリタニアだ。あそこの政務を放置するわけにはいかない。俺が元首なのだからな。あんたがブリテンのことを考えるように、俺はブリタニアのことを考えているんだ。分かるか?」

「それで、どうしろと言うのだ?」

王は冷静に微笑み続けているので、ルナの癇癪は行き場を無くしつつある。

「……俺だって状況は理解できるつもりだ。ただ、少し時間をくれ。ブリタニアの処置は今晩中にやっておく。他のことは……今じゃなくてもいい。」

王が笑みを一層深くした。

「ブリタニアの三年、無駄ではなかったではないか。お前ももう立派な政治家だ。」

「俺が政治に興味が無いのをあんたは知っているだろう? 皇太子にだってなりたくてなったわけじゃなかったんだ。それを無理やりならしておいて、挙句に……」

ここで王の顔が父親から国王に変わり、その威厳が話をルナのブリタニア追放に戻るのことを拒絶した。

「ルナ、王として貴公の協力に感謝する。明日までにこちらでも準備を進めておけることはあるか?」

話は終わったのだ。それを理解したルナは、王国の属国元首として襟を正した。

「俺の空母戦闘機群、ドーバー戦役以来解散していると聞いているが、パイロットからコックまで、もう一度揃えて欲しい。」

「たいそうなことをあっさりと言う。」

「無駄にはならないと約束する。」

「やってみよう。」

王とその側近達を残し、ルナは自室に下がっていった。


<続く>


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