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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 4

第1章《帰還》(2/5)


 部屋の最前列にある壇上に立ち上がった初老の男は、ゆったりとしてはいるが確かな動作で、映写機のライトを消し、スクリーンを巻き上げてから静かに話しはじめた。

「前半のニュースについては、私が解説するまでもありませんね?」

初老の男は部屋を見渡し、異議のある者がいないことを確かめてから続けた。

「後半のフィルムには、有名な『ブルータス、お前もか』の台詞が出てきました。では皆さん、この時のカエサル、そう、独裁官ですね、彼の心境を代弁してみてください。」

 この初老の男は講師であり、部屋にいる他の者達は生徒である。八名の生徒は漏れなく退屈そうにしており、誰も声を上げようとしなかった。未だ少年の域を出ない生徒達にとって、それはよくあることなのだ。それでも初老の男は、満面の笑みとともに我慢強く少年達の反応を待ち続けた。仕方なく、リーダ役の少年が両手を机に打ち付けながら立ち上がった。老齢期に入った男は、我慢比べで少年達に引けを取る分けが無いと考えており、それが裏付けられた満足感から笑みのしわを一層深くした。

「老師、あなたも生まれていない二千年前の男の気持ちなんて、俺達には計り知れないね。」

少年達からかすかな笑いが起きた後、少年に老師と呼ばれた初老の男はいつもの説教を始めた。男と少年の勝敗関係が逆転してしまったので、講師の威厳を取りも戻さねばならなくなったのだ。それには説教が最も効果的で、手っ取り早い。

「あなたは王子であり、将来ブリテン王国を司られるお方です。皆さんは王子を支え、ともに国を運営して行かねばなりません。人心を掴むために、深い教養と鋭い洞察力は欠かせないものです。」

いつも繰り返される説教に、少年達は笑顔とも泣き顔ともつかない微妙な表情を浮かべている。

「歴史には興味が湧かないかもしれませんが、過去を知ることが如何に重要か、今一度お話せねばなりません。王子が授かった王家の潜在能力も、知識の裏付けがなければ開花しないか、あるいは開花しても無用の長物となることでしょう。」

 その時、教室に若い男が勢いよく入って来た。開いた戸からは、廊下の新鮮でやや涼しい空気も同時に入って来たので、少年達の不快指数は若干改善されたようだ。そして、戸の開け閉めの乱暴さ、遠慮の無い足音の大きさ、不躾な振る舞いながら妙に人好きのするその若者は、少年達から笑顔で迎え入れた。

「ルナ! お久しぶりです。」

ルナという若者が笑顔で応える。

「いやぁ、王子殿、ご無沙汰ですな。」

「お戻りになるとは聞いていませんでした。どうされたのですか。」

「難しいハナシはあとにしよう。まずはハナタレ王子がどれくらいの男になったか、それが見たくてここに参った。」

王子と取り巻きの少年達の顔が少し曇る。

「ルナ、きっと私はあなたをがっかりさせてしまうかもしれません。ここでの暮らしは相変わらずで、王は私を哲学者にでもしたいと思っておられることでしょう。戦闘訓練をやることもあるのですが、飛行機に乗ることはまずありません。」

「落胆するな。王族たるもの、文武を両立させねばならん。文官と武官の両方を統率せねばならんのだからな。君達は政治家の卵でもあるのだから、文を優先させるのは分かるだろう?」

「あなたが文官を統率? ドーバー戦役の英雄であると同時に、破天荒の代名詞と言われたあなたが?」

あっけに取られた表情に変わった少年達の口元は僅かに笑っていたが、ルナもテレ笑いを隠さない。

「馬鹿にするもんじゃないぞ。できねばならんことをちゃんとできる奴なんて、そうはいないものさ。」

「ここでの生活が、あなたのような男への道程だと?」

「そういうことだ。俺を育てた時の反省がたっぷり盛り込まれているはずさ!」

楽しげな会話を初老の男が遮る。

「ルナ殿、いや、ブリタニア辺境伯、今は授業中ですぞ。」

「老師、あいかわらずですな。三年ぶりですぞ。無礼はご容赦願いたい。」

「いいでしょう、ただ、あなたからも王子に言い聞かせて頂きたい。私の講義に全く興味を示されない。」

「それはいけないな。今日のフィルムは、カエサルが皇帝への道を確実にした日の出来事だろう? 王子は彼の正当な後継者なんだからな。」

「そういう意識を王子に是非とも植え付けて……。」

「お任せください、老師。私からトクとお話しましょう。では諸君、俺の話を聞きたい者は裏庭に集合してくれるかな。」

あっという間に全員が部屋から出て行った。初老の男は、ひっそりとした部屋で後片付けを始めた。

     ◆

「ルナ、遠路ご苦労であった、よう参った。」

「二人っきりなんだ。堅苦しい挨拶はやめようぜ、国王陛下。」

普段は側近が控えている王室の中は、二人だけでは閑散とした雰囲気を醸す。王は、一段高くなった王専用のソファーにやや太った体をあずけながら、気さくな表情で続けた。

「オヤジでいい。……王子とはもう会ったのか?」

「さっきね。あいつの軟弱ぶりも、ちょっとはマシになってたんで安心したよ。不満だらけのようだったがね。」

「血は争えん。貴公もあれくらいの頃から手が付けられんようになって、苦労させられたわい。」

ルナの目から人懐っこい色が消え、トーンダウンした声に変わった。

「だからって、それで捨てたわけでもあるまい?」

「その話は……」

王が言葉を詰ませる。皇太子だったルナを廃位し、辺境の地、ブリタニアに送ったのは、最終的にはこの王が決めたことなのだ。事実上の追放である。

「今回呼ばれた理由は察しが付いている。だからこそ、その話抜きには進まないと思うんですがね。」

誰に対しても臆することなく話すルナだが、相手との心理的距離を置きたい時に限って口調が丁寧になるという癖がある。そして今、その癖が出始めていた。

「良かろう。ただ、お前を人払いした部屋に招き入れた意味も考えて欲しいものだ。」

「最初からその気だったってこと?」

王が言っているのは、ルナのブリタニアへの追放は一時的なもので、時が経てば再び迎え入れるつもりだった、ということなのだ。そしてそれが今だ、ということなのだろう。それを理解したルナは、いつも通りの口調に戻ったが、その表情までを緩めるにはブリタニアの三年間は重過ぎた。そして、伝統ある王国で政務を執って来た王に、その重さが分かるはずもない。

「お前を認めない者など、この国にはおらん。仕方が無かった、分かっているはずだな?」

「分かっているからこそ、俺も大人しくブリタニアに出て行ったんだがね。」

この国王に、いや、父親に自分が経験して来た苦労の一端でも理解してもらうためには、何から話せばいいのだろう、とあいかわらず難しい表情で考え込むルナとは対照的に、王は再び父親の顔に戻って、立ち上がらんばかりの勢いで手を打った。

「理解している。これでわだかまりは解けた。」

「簡単に言うが……」

「止めよう。これ以上この話を続けても双方得るものは無い。」

王は目に涙を浮かべ、視線はどこか遠くを見ているようだ。ルナは、対面の男が王として振舞っているのか、父親として愛そうとしているのか、計りかねていた。

「ドーバー戦役における貴公の働きが思い出される。逞しく思う。貴公の帰還を歓迎するぞ、ルナ。」

物陰から、王の言葉を待っていた重臣達が、出てきた。

「ルナ辺境伯、我々も歓迎致しますぞ。」

「よくぞお戻りになられた、英断でございますな。」

「これで我がブリテン王国の大陸への地盤は成ったも同然。めでたいことじゃ。」

あらぬ方向から王の側近達が話し掛けて来たので、ルナは少し驚いた。

「何だお前達、聞いていたのか。」

口元に笑みを蓄えてはいても目が笑わない側近達、言葉使いとは裏腹のその慇懃無礼な態度に腹立たしさを覚えながら、ルナは王に嫌味の一つでも言ってやることにした。

「形だけの人払いとは姑息だぜ、国王陛下。」

「まぁ、そう言うな。政治とはそういうものだ。王が臣下以外の人間と話す時の礼儀の一つだ。」

「臣下以外ね、それでわだかまりが解けたとはお笑いだが……」

苦笑を浮かべながらルナは独り言のように呟いた。

「三年前になるか、ドーバー戦役……。」


<続く>

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