ルナの航跡 34
第7章《決戦》(6/6)
「突撃する!」
ルナ機を先頭に、十五機のタイガー・ルナが旋廻しながら急降下して行ったが、数秒の静けさの後、リメス・ジンの最終兵器の標的となった宮殿付近は一斉に炎に包まれ、あらゆる構造体が瓦解した。地獄の業火はこの後どれくらい燃え続けるのだろうか。急降下中のルナの第六感は、地上の人々の恐怖と悲鳴を感じ取っていた。しかし、それは死に赴く者達が発する独特の絶望感ではなく、生きた人間の生への執着といったものであり、西ケルト公爵の避難処置は実行されたという安心感をルナに与えた。ルナがそんなことを考えていたコンマ数秒の後、十五機のタイガー・ルナから一斉に銃弾が放たれた。命中とともに爆発する銃弾は、砲弾と言った方がいいのかもしれない。王宮の親衛隊からリメス・ジンの設計図の一部を入手していたルナは、事前に弱点を探し出していた。カク・サンカクが廃人同様になってしまっており、確証的な弱点が見出せたとは言えなかったが、最終兵器『空雷砲』の仕様から類推することはできた。この兵器が一端発動するとリメス・ジンは、僅かではあろうが一時的にあらゆる機能が停止するはずであった。更に、『空雷砲』はりメス・ジンの真上には効力を発揮しないのだ。よって、『空雷砲』発動後に真上から急降下攻撃し、撃破しようと言うのが今回の攻撃方法である。また、リメス・ジンの大きな機体がルナ隊に多様な攻撃方法をも提供した。リメス・ジン迎撃にあたって、ルナ隊の半分は爆撃用の爆弾も搭載していた。言うまでもなくそれは、機銃とは比較にならない打撃力を持つ。通常の航空機に爆弾攻撃は有り得ないが、上面面積がとてつもなく広いリメス・ジンが相手ということ、そしてルナ隊の腕の良さが『爆撃』を可能にしていた。先行の機体が機銃でリメス・ジンの上面に無数に配置された機銃座を無力化し、後続の機体が爆弾で止めを刺すわけである。
『空雷砲』発動後の一瞬の沈黙後、リメス・ジンの機銃座は上空から突進して来るルナ隊へ一斉に照準し始めた。しかし、遅かった。ルナ隊から放たれた砲弾は、雨となってリメス・ジンにめり込み、炸裂した。一面から炎と煙を巻き上げる怪鳥に、激突ギリギリまでルナ隊の機体は銃撃を続け、怪鳥から僅か数メートルの距離をかすめて離脱した。そしてその時には、後続の機体のニ機が爆弾を放ち、黒々とした爆弾は放たれた時の降下速度に重力による加速を加えながら落下していった。そして、一発が怪鳥の中心に命中したのだった。既に断末魔の悲鳴を上げていた怪鳥は、屋台骨をへし折られて空中で四散した。
「まず一匹!」
ルナが雄叫びを上げ、すかさず次の獲物に向けて編隊は上昇した。実のところ、この攻撃パターンは後二回、多くても三回が限度である。王は十機のリメス・ジンを伴って侵攻して来ているという。つまり、撃墜できるであろう三機か四機の中に、王が乗っていなければならないのだ。可能性は多くて四割。余りに危険ではないだろうか。離陸前に、ルナは隊員から当然のようにこの点について問い詰められた。
「王が座上している機体は、俺には分かるんだ。」
ルナの答えである。最早理屈ではなかったし、隊員も納得するしかなかった。王家の秘蹟を受けたルナには、きっと分かるのだろう、隊員達はそう思うことにした。ルナの作戦は勿論、それだけではない。最後の手段を残している。カク・サンカクが、ルナのタイガー・ルナにも『空雷砲』を仕込んでおいてくれたのだ。
「次の獲物はあそこだ!」
獣と化したルナが、血を求めて獲物に突進して行った。
「隊長! さっきのが目的の機体だったのか? それともこれか?」
僅かに残った不安を解消したいのか、隊員が問い掛ける。
「叩き落とせばいいのさ! 着いて来い!」
「やってやるさ!」
隊員も興奮している。冷静な会話は成り立たない。
二機目のリメス・ジンは、『空雷砲』を発動させる愚を冒さなかった。上空にルナ隊を確認した時点で、機銃座に迎撃が指令された。相手はルナ隊のこと、このリメス・ジンの司令官とて全てを撃墜できるとは思っていなかったが、上空からの降下攻撃である以上、ルナ隊は銃撃後にリメス・ジンよりも低空に降下してしまう。その時点で『空雷砲』である。ルナ隊の全てが塵に帰すことだろう。いち早くそのことを悟ったルナは、配下の編隊に離脱を命じた。
「お前達は次の獲物を探せ! こいつは俺が殺る!」
無数に打ち上げられる銃弾を縫ってルナ機が降下して行った。そして、ルナの『空雷砲』が発動した。ルナに向けて放たれた銃弾がルナ機に近い方から順番に粉砕されていき、あっという間に怪鳥に届いた。地上から怪鳥を見上げていた者がいたら、魔法か魔術と思ったに違い無い。怪鳥の巨体は、瞬時に煙のように消えてしまったのだ。粉砕された破片は余りに小さく、地上に落下するのが目視できないためである。これがカク・サンカクの『空雷砲』なのだ。所詮タイガー・ルナでは、何発も放てるものではなかったし、威力もリメス・ジンとは比較にならない。しかし、指向性を持たされたそれは、目標を確実に捉える。
「これも違う!」
一人で叫びながらルナの血走った目は次の獲物を探していた。
ルナの抜けたルナ隊も、他のリメス・ジンを捉えて涎を垂らしている。
古来より、戦場の地獄絵図は多く残されている。ルナが今戦っている状況は、それらと比べても過去に例を見ない殲滅戦である。国王座上のリメス・ジンだけに親衛隊の護衛編隊が同行しているという事実は、なぜかルナの耳には届いていなかった。その情報が伝わっていれば、この戦いで失われる命は最小限に留められたはずだが、何処でその情報が途切れたのかは不明だ。混乱する中で止むを得ず途切れてしまったものなのか、あるいは誰かの思惑で敢えて留め置かれたものなのか。前者ならば、この戦いで散る命の多くは何の為に生まれ出たのだろう? それが運命と言うならば、余りにも無為に過ぎるというものではないか。後者ならば、その思惑はこういった犠牲をして尚崇高なものだとでも言うのだろうか? 崇高であれば許されるというものでもなかろう。
この他にも、今回の戦いでは多くの犠牲が出ている。そしてそれが犠牲者を取り巻く環境の全てに対して与えた弊害と打撃は、とてつもなく大きい。いったいそれらは何のためなのだろう?
ことの発端となった皇帝が巡らせた謀略は、元はと言えば国の安定と繁栄、そして民の幸福を願ったものだった。自らの権力欲を満たすことを重要視していたとは言え、それはパックス・ロマーナを実現するためなのであって、それを責めることができるだろうか。偽の王とて、そんな皇帝の意思と理想に感銘を受けていたのだ。結局、彼は皇帝を裏切ることになったが、彼の裏切りとて皇位の統一がもたらす平和を願ったものであることに違いはなかったのだ。世に平和をもたらす、それを成すのが自分でありたいという欲望は、人間であれば仕方の無いことではないだろうか。
各々が最善と信じたことが、衝突して行く。ルナの思いとて究極の目的は皇帝や偽の王と大差は無いのだ。帝国の版図から争いを無くしたい、それが平和と繁栄の第一歩であると考えていたのだ。違うとすれば、彼は争いが呼ぶ悲劇を実際に現場で見て来たということ、そして彼には皇帝や偽の王のような欲が無いということか。しかし、西ケルト公爵が言ったように、それも横柄というものかもしれない。彼が見て来た悲劇は事実ではあるが、全てではない。為政者たるもの、大局的にモノを見なければならない。そしてより本質的には、人たるもの欲に突き動かされるものであり、全ての人々が希望と欲望を持って生きているのだ。ルナには欲が無いと言っても、こんな人としての本質的事実を超越した者が、果たして庶民の王と成り得るのか。人の心を知らぬ者が人を治めて、本当に幸福は来るのだろうか。
今は亡き本当の王は秘蹟を放棄した。故に玉石が停止し、再び発動させるためにルナが呼び戻されたことから今回の悲劇が始まった。本当の王は、迷信じみた『王家の秘蹟』や血族の既得権、そしてそれらに纏わる諸々からは、真の平和は求められないと悟って秘蹟を放棄したのだ。そこから始めようとしていたのだ。彼にとっては、皇統すら守るべきものでは無かったのだろう。しかし、そんな意図は誰にも引き継がれることなく消え去ろうとしている。そんな彼の思いと期待に、ルナは気付くことができるのだろうか。
戦いは続き、無数の思いが血となって流れて行く。
<本編終了、エピローグに続く>






