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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 33

第7章《決戦》(5/6)


 悠然と立ちすくしているだけに見えた隊員は、目にも停まらぬ素早さで肩にかけた銃を持ち替え、確実に相手を倒すニ連射を加えてから地面に伏せた。リーダー役の少年は、文字通り瞬きをすることしかできなかった。二発の銃弾は、彼の腹部を貫通して行った。そこで彼は、実戦訓練の時に教官が怒鳴っていた台詞を思い出した。

「撃つ時は相手の腹を狙え。それも必ず二発だ。どちらかが命中すれば良いし、両方当たったら留めになる。腹を打ち抜かれると相手は前屈みになるから、断末魔の反射で引き金を引いたとしても、弾はこちらに向かって来ない。地面にめり込むだけだ。」

その通りであった。地面に顔面から崩れ落ちる過程で、彼は引き金を引いていたが、銃弾は空しく地面を穿っただけであった。その僅かな間に、親衛隊の隊員からは次の攻撃が開始された。倒れ込むリーダ役に駆け寄ろうとしていた少年が、次の標的であった。そこでやっと少年達から反撃の銃声が響きはじめたが、既に錯乱した彼等に狙い等ない。がむしゃらに放たれる銃弾が隊員を捉えることはなかったが、彼の標的は確実に射倒されて行く。あっという間に少年達の戦意は消失し、銃を置いてその場で立ちつくしかなかった。降伏を認めた隊員は注意深く敵に歩み寄り、そこではじめて少年達の容姿を確認した。王子の取り巻きである。彼は一瞬の動揺を見せたが、事の次第を隊長に報告するに滞りはない。無線で報告を受けた隊長は、自ら少年達を連行しに来た。王宮の中で、夜中に、幽閉されている王子を標的に、武装集団が進入したのだ。これ以上は無いという程の大事件である。当事者にその自覚があったかは疑問だが、隊長が事の重大さを理解していたのは当然である。ここ数日、王宮やその付近では過去に例を見ない大銃撃戦が繰り広げられる可能性があった。王室での親衛隊と王室憲兵の睨み合い然り、軍情報部での情報部長と親衛隊隊長のやり取り然り。その他にも、ルナ派形成の過程において、そのような危険はあった。しかし、それらは全て現実にはならなかった。それは、流す血は最小限でなければならないという隊長の信念故であり、唯一の例外は明日の武装蜂起の時だけに限られるべきだったからだ。それがこんな所で、それも子供の犠牲者が出てしまった。このやるせなさの幾らかでも実行犯の少年達には理解が及ぶだろうか。無理だろうし、それは銃声だけを聞いていたこの地区の人々とて同じだろう。本来ならこの地区を親衛隊の武装隊員に封鎖させ、徹底した緘口令を出すところである。しかし、タイミングが悪かった。隊員の殆どは武装蜂起に向けて出払っており、地区全体を封鎖するための人手がいない。止むを得ず、少年達と隊員に射殺された死体を王子とは別の部屋に監禁した。そして王子の部屋を哨戒していた隊員にその部屋の哨戒も命じ、隊長はその場を去った。時間が無かったのである。真夜中だったために、この地区の人々は何が起こったのかは知らない。しかし、王子が囚われている所で銃撃戦があったのだ。野次馬と化した人々から立つ噂は概ね予想がつく。そしてそれは、夜が明ける前の段階で既に面白おかしく語られ、広がって行った。朝には、相変わらす不動の姿勢で哨戒する親衛隊の隊員の周囲は、あたかも昨晩と同じ状態のようになっており、銃撃戦があった痕跡は見当たらなかったし、当事者は誰もが静かであった。野次馬達とは反比例して。王子は事の次第を知らないので、騒ぐはずもない。新たに監禁された少年達も別の部屋で大人しくしている。彼等ははじめて『死』を身近に感じたのだ。ずっと喜怒哀楽を共にして愛憎を振りまき、さっきまで夢を語り絶望を嘆いていた仲間が、人間から蛋白質の塊に変わる瞬間を見てしまったのだ。泣き声さえ上がらなくとも無理は無いだろう。この静けさが、人々の好奇心を一層高めてしまった。噂の核心は『王子はもうここにいない。王子は脱出した。』であった。そして、親衛隊が何事も無かったかのように取り繕っているように見えるということが、噂に信憑性を与えていた。この噂の意味するところ、影響はとてつもなく大きい。相手は王子であり、場所は王宮の中なのである。


 ブリタニアから来た親衛隊編隊が王宮に放った爆弾は、絶対値としては決して大型ではないが、王宮内で炸裂したものとしては歴史上最大であろうもので、それは中庭の池に落ちて爆発した。その炸裂音は、王国の首都一帯に猛烈な爆風とともに広がっていった。動揺する人々をよそに、軍施設の中ではちょっとした争いが起きていた。ルナのシンパが武装蜂起したからである。数では少数だが要所要所に配置されたルナのシンパは、効果的に周辺を征圧していった。そして、ルナのシンパとそれ以外の者達の勢力が拮抗した時点で、争いが止んだ。争いの継続が総力戦を意味し、王国の壊滅に繋がると両者が判断したのである。親衛隊は王室を押さえ軍の統帥を拘束したが、王国の軍では司令官の消失が戦闘能力の崩壊を意味しない。王国軍は、優れた指揮系統とバックアップシステムを備えているのである。そして、代替の司令官として指揮を任された将軍は、事態の収束を急がないことにした。親衛隊がクーデターを起こしたのは間違い無い。しかし、古来より親衛隊のクーデターというものは、より相応しい指導者を選択する一つの手段なのである。つまり彼等の主張は、現指導層に問題有り、なのだ。必然的に、その向こうにはルナの影が見え隠れする。ドーバー戦役の英雄であり、理不尽な退陣を国のために躊躇無く受け入れた義人、そんなルナに心酔する兵士は、現在においても少なくはないのだ。新司令官は、結論を急ぐ余りに拙速に走ることなく、何らかの結果が出てから行動を起こしても良いだろうと判断したのだ。

 この一事を指導した親衛隊の隊長の判断も、結果的には同じ行動に繋がった。クーデターを起こす側として、短時間でより多くを制圧するのが正道だろう。しかし、国の将来を憂いで行動を起こした彼にとって、同国の者同士の争いは最小限に留めたかったのだ。ルナが作戦を成功させて戻れば、この争いは必然的に収まる、そしてそれは必ず成されると彼は考えていたのだ。根拠らしい根拠は無かったが、確信していた。

 実際には、ルナ派の武装蜂起は少数に過ぎ、そのままでは制圧される可能性は充分にあった。ところが『王子が脱出した。』という噂は、この時には王宮内から外にまで広がっており、人々の間では『王子、起つ』として受け止められていた。王子がルナに心酔しているのは有名であったし、ルナは王子をかわいがっていることを隠していない。そんな事実が「王子派はルナ派を支援する」と人々に思わせたのであり、それが国軍の抵抗を止めたのである。『王子派』など本当は存在しないのだが、それだけにその勢力は計り知れず、不気味であった。国軍司令官は、ルナ派との衝突が『内戦』に繋がると考え、戦闘の継続を迷った。そして、王子派の登場で『保身』のためにも膠着させることに決めたのだ。

 少年が若い命を投げ出したという事実。そのこと自体は批判を免れないだろう。彼等は浅はかであったと。しかし、結果的にとは言え、そして一時的であったかもしれないが、少年達は内戦を抑止したことにはなるまいか。短絡的であろうと、あるいは迂闊であろうと、その心根が純粋であった場合、そこから導き出される行動には学ぶべきことが満載されているものだ。後年、その時代の価値観によって批判も評価もされようが、いずれにせよ人の活動には意思がある。結果の良否とは別の次元で、それは受け止めるべきだろう。少年を射殺した親衛隊の隊員は、少年達の銃に込められた弾が殺人用ではなかったことを後から知って、残りの生涯を苦しみ続けることになる。彼の苦しみは、人が分かち合わねばならない最も大事なものではなかろうか。


 高空から大地を凝視していたルナは、風防の外を流れる風からリメス・ジンの匂いを嗅ぎ取った。異様な殺気とともに、陸と海の境界線を越えて来る怪鳥は、一機しか見当たらない。編隊を組んでいるはずだが、僚機は見えなかった。恐るべき破壊力を持つリメス・ジンの兵器は、一端発動してしまうと僚機までをも破壊してしまう。つまり、攻撃圏内には味方機を配置できないという宿命を負っているのだ。これは迎撃隊にとって有利な条件である。ルナ隊は、タイガー・ルナの性能的限界点まで上昇し、リメス・ジンの上空に移動して機会を待った。そうこうしている内に、怪鳥の目は西ケルト公国の宮殿を捉えてしまった。そして、何の躊躇もなく、稲光に似た最終兵器を発動させたのである。


<続く>

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