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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 30

第7章《決戦》(2/6)


 車の移動は数分しかなかった。会談は西ケルト公爵の別荘で行なわれる。ルナ隊が着陸したのも別荘の敷地の中だったのだ。広大な敷地を移動する車中で、ルナはフェルチアを抱き寄せ、ことの次第を聞くこともなく彼女を貪った。敷板の向こうにいる運転手の存在など気にする余裕すら無い。彼女とて望んでいたことなのだろう。彼等の人生がその数分に凝縮されたような濃厚な時が過ぎた。あっという間に母屋に着いた車から出た二人を門兵が迎え、フェルチアが衣服をただして事務的に告げた。

「ルナ伯爵です。入ります。」

火照った頬のフェルチアをいやらしい視線でなめまわす門兵を無視して、二人は足を進める。大きな扉をくぐった先には薄暗い広大な広間があり、その先の一画に明かりが漏れている部屋があった。その部屋に入ったところで、フェルチアは衛兵に止められた。

「ここからは伯爵だけになります。」

ルナが衛兵を振り払おうと思うよりも早く、フェルチアの目が先を急げと急かしていた。ルナは更に奥の部屋に通され、背後で扉が閉められる音を聞いた。迂闊だったか、とも考えたが、フェルチアの首尾を信じることにした。使い古されてはいるが、材質の良さと職人の技量の高さを示す事務机、そしてその机の向こうの椅子に座っている男。ルナの警戒心を含んだ視線を男の猜疑心に満たされた瞳が捉えたところで、まず男が口を開いた。

「ルナ殿、率直にお話頂きたい。勝てますか?」

甲高い耳障りな声の主は、西ケルト公爵である。老齢に近いその男は、立ち上がるのも億劫な様子でルナに問い掛けて来た。抱擁や握手も無く、儀式めいた挨拶も無い。失礼この上無い話だが、ルナはむしろその方が好きだった。ただ、話の中身はいただけない。

「勝つ、と?」

「そうだ。我々ケルトの民はもう充分にあなた方のお役に立って来た。これからは自分達で生きて行く道を選んだのだ。」

「あんた達が勝つとは、独立を果たすということだと思うが、それはあんたの心根次第だな。」

「君は我等を従順な民族と考えておるのだろう? 違うと言っておこう。誰よりも平和を愛しているということなのだ。争いを好まないだけで、あなた方への不満や独立への思いは昔からあったのだ。」

「俺を買いかぶらないでくれ。俺は王国の代表じゃない。数千年来の従属関係を俺に愚痴られても拉致は開かないぜ。」

ここで西ケルト公爵は、目の前の机に拳を打ち付けて怒りを露にした。

「何たる横柄さか! 君は王族なのだろう? 生まれながらにして民や属国に責任があるのだよ。」

「俺が望んだことじゃない。」

「では、君はここに何をしに来たのだ?」

「王国だけじゃなく帝国も神聖同盟も、今は欺瞞に満ちてる。正義を確立したいだけだ。」

「西ケルトの正義をどう考えるかね?」

「俺達がより良い統治にあんた達を必要とするか、あんた達が平和のために俺達を必要とするか、それだけの関係だ。あんた達の正義はあんたが考えてくれ。」

「良かろう。では最後に一つ。世の中を正せるのか、君は?」

「俺は信じる道を行く。評価は歴史に任せるさ。」

西ケルト公爵は、今度は両手を広げて呆れて見せた。

「だから横柄だと言っているのだ! 君の選択に人民の未来がかかっているのだぞ!」

「じゃぁ聞かせてくれ。あんたはどうして『西ケルト国王』の称号を受け入れたんだ?」

「この地に真の平和をもたらすには、自主独立が必要だからだ。人民もそれを望んでおる!」

「事情は聞いているんだぜ。ケルト人民の望みは一つじゃないんだろう?」

「当たり前だ。それが正常なのだ。ただ、大きな目的を達成するために、一時的に人民の希望を統合せねばならん。」

「そのために今は力が必要で、そこに俺が現れたってわけだ。」

「揮える力が必要なのは今、という意味では君とて同じだろう?」

やっとそこで西ケルト公爵は立ち上がった。ルナも前に進み出て、両者の手は固く結ばれた。目的や思想に共通点が見出せなかったとしても、手段として双方がお互いを必要としている。ルナの持つ求心力と西ケルト公爵が持つ基盤、性質が違うが故に、この相手でなければ補填できない力がある、という認識が共通であることを確認しあえたのである。握った手を離さずに公爵が続けた。

「歴史上、大きな目的に向かって団結することはよくある。そして、目的を成した後は互いに衝突することもよくある。我々の同盟もそうなると思うかね?」

「お互いの能力次第だな。双方にとって必要性が発揮し続けられるかってことだろう。」

公爵の高笑いが響いた。そして最後に付け加えた。

「我々は協力を惜しまない。何を使ってもいい。やってみせろ、若造。」

西ケルト公爵は、自らが何かを成すタイプの男ではないようだ。そんな男を王に頂くケルト民族の将来は課題山積だろうが、噂程に低脳で粗雑な男でもなかった。神聖同盟の総督に実権を握られ、波風を立てないことだけに全精力を注いできた男。しかし、それを継続するにも相当な能力が必要だったということだろう。

 フェルチアとともに格納庫に戻ったルナは、ブルータスとブリタニア統領に事の次第を伝えた。これで基盤は整った。いよいよ行動を起こす時である。


 ちょうどその頃、王宮から最も近い王国の空軍基地では、大地を揺るがす轟音が響き渡っていた。十機のリメス・ジンが滑走路上でアイドリングしているのである。搭載されたエンジンの数は、王国空軍の全戦闘機にも匹敵する。凄まじい音と巨大な勇姿を管制塔から見下ろしている王は、感無量の面持ちであった。

「陛下、至急王室に戻られるようにと、宰相殿からのご伝言でございます。」

管制官の言葉が王の思考を現実に引き戻した。

「戻って来いと? ……分かった、ご苦労。」

ただならぬ事態を感じ取って足早に王室に戻った王は、にやけ顔の宰相に迎え入れられた。

「皇帝の密使が別室で控えております。現状を踏まえた上で、今後の打開策を相談したいとのこと。いかが致しましょう?」

王が思ったよりも皇帝の反応は早かった。連絡も無いまま、いきなり密使を送り付けて来るとは、王に何らかの疑問を感じているのか。皇帝への畏怖の念が再び王の頭を占め始めたが、宰相の不愉快なにやけ顔がそれを押し留めた。宰相は状況を楽しんでいる。いよいよ佳境ということで、王のお手並み拝見といったところなのだろう。とりあえず、疑いを持たせないために密使を待たせておくことはできないので、王室へ入室させることにした。宰相の招きに応じて、未だ三十歳前後の生意気ざかりの男が入って来た。皇帝の密使ということは、それなりに優秀な男なのだろう。

「遠路ご苦労である。必要であればこちらから連絡係を派遣したものを。」

「貴国の神聖同盟への侵攻が失敗したこと、そしてルナ殿が離反したこと、皇帝陛下はいたく心を痛めておられます。」

「同じ目的を持つ同士として、我々とてその思いは同じだ。だが、あわてても仕方が無い。まずは寛がれよ。飲み物を用意させよう、座りたまえ。」

立ったまま微動だにせず密使が続けた。

「結果には必ず原因があります。それを知るために私は来ました。」

下手な引き伸ばしは逆効果のようだ。

「正直に申し上げよう。ルナがどうやって逃げ果せたのか、我々も未だ掴んでいない。作戦の失敗は、ルナが作戦に参加しなかったためというのは間違い無いが。」

「言い訳に聞こえます。私は、皇帝陛下にルナ殿が離反し得た理由をご説明せねばなりません。答えを得なければならないのです。そしてあなた方は私に答えを託す義務がある。」

これはもう脅迫であった。王が仕損じたとしても、自分にとっては対岸の火事で済ませられると考えているのか、宰相は何も言わずに座っている。

「我々とて手をこまねいているわけではない。現場からの報告を分析しているところだ。間も無く結論は得られよう。」

「私もそれを望んでおります。一時間後に私はローマに戻るべく出発します。それまでにご説明頂きたいと存じます。」

それだけ言い残して別室に下がろうとした密使を王は引き止めた。

「ルナ離反の理由がどうであれ、予定外の対応が必要になったのは明らかだ。善後策について議論したいのだが、君にその資格はあるか?」

リメス・ジンがケルトを焼き払い、その始終を斥候が皇帝に報告するまで、何とかこの密使を引き停めねばならない。ブリテン王室が皇帝を裏切ったという知らせが、事前に皇帝の耳に入るのは望ましくない。帝国が神聖同盟と共同戦線を張るといった事態になってしまえば、いかにリメス・ジンを持ってしても戦線の長期化は避けられまい。国力の差から言って、短期決戦で結論を出す必要があるのだ。

「物事には順序があります。王国軍の神聖同盟への侵攻は、皇帝陛下の作戦において始めの一歩だったのです。それが失敗したのですから、まずはその原因を探らねば次の一手を考えることはできません。」

「君では話にならんようだ。私が直接皇帝とお話することにする。ご苦労だったな。」

「失礼を承知で申し上げます。見苦しいですぞ!」


<続く>

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