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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 29

第7章《決戦》(1/6)


 ローマの宮殿では、皇帝の下にルナ離反の知らせが届いていた。そして、王国の軍隊は海軍では空母艦隊が敗走し、北方の王国領土から神聖同盟に向けて出撃した爆撃部隊も陸上部隊も壊滅した、という情報が届いたのもそのすぐ後であった。神聖同盟は王国からの先制攻撃を明確な侵略行為と糾弾し、撃退の成功は我に正義があるからだと喧伝しているという。もとより王国への侵攻を準備していた神聖同盟は、またとない理由を得て今まさに反攻に取り掛かろうとしていたのである。

 帝国は今、元老院での議論が紛糾していた。秩序を乱した王国の成敗を掲げて主戦派が息を吹き返し、王国との融和路線を踏襲しようとする穏健派と衝突したのである。徹夜で議論されたが、主戦派の神聖同盟に王国の成敗を命じる元老院通達を発せよという主張と、穏健派の神聖同盟と王国を協定に持ち込むために帝国が介入すべきだという拘りは、折り合いを得ることができずにいた。結局、その最終判断は皇帝に委ねられることになった。皇帝が描いた筋書きとは異なる方向に事態は進み始めており、自らの思惑と違ってしまった現状に皇帝は舌打ちしたが、それを他人に悟らせはしなかったのはさすがと言うべきか。

 歓声と満場の拍手で議場に迎え入れられた皇帝は、右手を上げて静粛を求めた。

「元老院議員諸君、諸君があらん限りの熱意で議論してくれたことに感謝する。」

これから主戦派と穏健派の意見を聞くのである。まず、主戦派を代表した議員が壇上に立ち上がり、全議員に対して語り始めた。

「我が帝国は、その版図の一部を神聖同盟に委ねてはいるが、ここ数年の間は安泰で平和であった。ブリテン王国なる小賢しい連中を見過ごして来たのも、平和を愛する市民会の意図を元老院と皇帝が重視したからに他ならない。」

そこで一拍置いて代表が皇帝に視線を据えた。

「しかし、そんな我々の寛大な心も知らず、ブリテン王国のふしだらな連中は神聖同盟に侵攻した! これが侵略でなくて何と言おうか?! 皇帝陛下におかれましては、ブリテン王国を成敗するという意思を見せて頂きたい。我が帝国の最高意思としてそれを現すには、元老院通達こそ相応しい!」

半数には満たないが、決して少なくない議員が賛同の拍手を贈った。当然のように穏健派の議員が立ち上がって反対の論陣を張る。

「平和を愛する心は、どこの民とて同じだ。そして、平和とは、未来を子供達に託せる世の中のことを言うのだ。ブリテン王国の振る舞いは確かに許し難いが、あの国と全面的に戦争になってしまっては、将来を託すべき子供達にも大きな犠牲を強いることになる。その見返りは何だ?」

一同を見渡してから穏健派の議員が続けた。

「何も無い。どんな体制にせよ、我が帝国の元に民は生きている。陛下、既にブリテン王国は大敗を喫し、充分に痛手を負っている。これ以上の争いは何も生まないと心得られよ。」

すかさず主戦派の議員が反論する。

「何を言うか! このまま協定に持ち込んでブリテン王国が存続してしまえば、遠からず再び血が流されよう。そんな未来を子供達に託せと言うのか!?」

「ブリテンの連中とて馬鹿ではない。諭してやるのも盟主としての我等の役目。」

「諭して分かるものなら、はじめから今回のような暴挙には出まい。」

「起こってしまったことをとやかく言ってもしょうがないのだ。我が帝国には数百年もの間争いが無かったのだ。ところが属国には神聖同盟といいブリテン王国といい争いが絶えない。我々の責任でもあるのだ、これは!」

「それは属国という発想が招いた結果だ! 神聖同盟もブリテン王国も、我が帝国の版図ではないか! そういう他人行儀な姿勢が物事の解決を遅らせるのだ!」

「他人行儀とは聞き捨てならん。我々に向かって言っているのか?」

「他に誰がいるというのだ?」

「では聞くが、帝国が乗り出すことの意味を考えているのか? 元老院通達なぞ出しては、国内の混乱を内外に公言するようなものだ。オリエントの連中が黙っていると思うのか? そんなことも考えられないとは浅はかとしか言いようがない!」

「浅はかと言われるか! その程度のこと、我々も充分に考慮しておるわ!」

もはや喧嘩であった。そのようなやり取りにうんざりしていた皇帝は、議員達の討論を熱心に聞いている素振りで他のことを考えていた。こんな稚拙な議論に付き合っていられる状況ではないのだ。ルナが離反したとはどういうことか? 今回の策略を誰かが奴に漏らしたのだろうか。有り得ないはずだ。では、奴の強運が逃げ果せることを可能にしたのだろうか。いや、違う。ブリテン王国の神聖同盟への攻撃が失敗したということは、恐らくルナはその攻撃自体に加担していないのだ。事前に何かに感付き、何らかの意思を持って何処かに逃げたに違い無い。ブリテン王国を利用して神聖同盟を併合させ、国王から王位を自分に禅譲させることは、もうできなくなってしまった可能性が高い。ブリテン王室の連中に連絡を取って、善後策を講じなければならない。ルナが何を考え、何をしようとしているのか、それが問題であり、それが何なのか、突き止める必要がある。

「諸君の考えはよく分かった。私なりに考えてみることにする。明日の議会で私の考えを諸君に諮ろうと思う。」

皇帝の退出でこの日の元老院議会は散会した。それぞれの議員達は各々の主張を言い切って満足顔であった。皇帝がそれらを殆ど聞いていなかったということは、彼等の知るところではない。そして、翌日までに結論を得ようとしている皇帝にしても、事態はそんな余裕すら認められない程に逼迫しているとは考えてもいなかったのだ。それは致命的な結果を招来するに違いない。


     ◆

 親衛隊の編隊と自らの部隊の一部をブリタニアに残し、それらの統率をブリタニアの統領に任せて来たルナは、三個小隊を率いてケルトに向かっていた。夜が更けるのを待ち、闇の中を飛び続けて来た。間も無くケルトの同士から連絡が入る手筈になっている。西ケルト公爵に会って、その配下の勢力をルナの元に集結させようと言うのである。自主独立を掲げてしまったケルト民族の全てを統率するのは難しいだろう。しかし、王を名乗った西ケルト公爵がルナに傾けば、分裂した幾つかの派閥が集結するだろうし、ルナの活動拠点としてはその程度で充分であった。

 その時、ブルータスだけが知っていたルナの極秘通信機の暗号無線から声が響いた。

「こちら子飼いの娘。感度よろしいか?」

通信を聞いたルナは思わず笑みを漏らした。子飼いの娘とは気の利いた暗号名である。ルナの子飼いであるブルータスが仕立てた斥候、という意味なのだろう。それが女性だとはこの時初めて知ったのだが。この暗号通信も見直しが必要になるだろう。ブルータスとルナだけの極秘通信だったのだ。信用できる仲間とは言え、今の通信相手がその存在を知ってしまった以上、今回の件が終わったら別のモノに置き換えなければならない。本当の秘密は味方や仲間を欺くことから始まる。

「聞こえている。間も無く陸地に入るところだ。」

「誘導する。進路を入力されたし。」

「了解した。任せる。」

送られて来た通りにタイガー・ルナを操り、ルナ隊が闇夜に着陸して行った。すぐに偽装した格納庫に隠すため、ルナはタイガー・ルナを広くはない扉から中に入れ、エンジンを止めて地面に降り立った。そこで強い視線を感じて振り返ったルナは、我が目を疑ったのも束の間、腹の底から込み上げる喜びに我を忘れた。そこにはフェルチアが立っていたのである。

「隊長、あれから何日かしか経っていないのに、お久しぶりですと言いたくなります。」

フェルチアの言葉を遮って抱きしめようとしたルナは、彼女の拒絶する目に立ち止まってしまった。

「私達だけが再会を喜んではなりません。ここにいる者の多くは、最愛の人を失ったり別れて来た人達ですから。」

道理である。このまま個室に連れ込んでしまいたいという突き上げるような衝動に堪え、ルナは彼女の次の言葉を待った。

「隊長にはすぐにここを発って頂きます。西ケルト公爵、今はケルト国王ですね、彼との会談が三十分後に設けてあります。」

今後の趨勢を諮る極めて大事な会談である。しかし、ルナの頭はそうは簡単に切り替わらない。フェルチアが生きていた。どうやって? フェルチアがブルータスの斥候を勤めている。彼女はスパイの教育も受けていたのか? 答えは出なかったし、問い掛けてもフェルチアも今は応えてはくれないだろう。ルナとて渦巻く疑問よりも、フェルチアが無事であった事実がより重要であり、その経緯はどうでもいいという気もあった。

「ここからは車で移動します。私が同乗しますが、面通しまでです。その後は隊長、あなたの双肩にかかっています。気を強く持って臨んでください。どのような結果であれ、私達は受け入れるでしょう。あなたには仲間がいるのです。」

小娘と思っていたが、母親のようなことを言う。そんな可笑しさもあって、ルナは笑顔で頷いて見せた


<続く>

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