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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 25

第6章《収束》(1/4)


 親衛隊の隊員は、半地下の豪勢な牢屋から王室に戻り、首尾を親衛隊の隊長に報告した。隊長は王室への入室を請い、それはすぐに王に報告された。

「そうか、自ら命を絶ったか。」

宰相は驚きとともに満足そうな表情を浮かべている。

「手間が省けましたな。」

王は怪訝な表情であったが、特にこのことについて議論すべき要素も見当たらず、親衛隊の隊長を下がらせた。

 王室に残ったのは、王と宰相に軍の統帥を加えた三名である。軍の統帥を王の新たな謀議に参画させるために、王の脅迫や宰相の説得は不要であった。彼にとって、リメス・ジンという最新兵器の活用こそが魅力であり、その目的は二の次なのであった。軍を統括する者として最も相応しくない男が統帥を努めていることに王は辟易としたが、宰相すらもその思いは同じのようであった。

「ローマを攻めますか。」

軍の統帥が目を輝かせて切り出した。極めて分かり易い性格である。

「果たして、できるかな? リメス・ジンで。」

宰相は言葉で疑問を投げかけたが、彼の心は死の業火に焼かれる『世界の首都』を見ていた。

「まぁ、待て。カプトゥ・ムンディと呼ばれる街だ。人口も多い。いきなりあそこを攻めるのが良策とは限らん。」

王の指摘に、宰相も軍の統帥も我に返ったようだ。大将のいる中心を攻め落とすのは、確かに兵法としては王道かもしれない。しかし、その後のことを考えると、無血開城が最も望ましい。

「どこで我々の力を見せますかな?」

新たに君臨する者として、圧倒的な力を誇示しておく必要があり、どこかを犠牲にするのも止むを得ないということか。確かにそれも王道なのだろう。

「西ケルトはどうだ? 公爵が国王と称して自立しようとしているらしいが、内部では分裂しているとも聞く。帝国も神聖同盟も表向きは手出ししていないようだが、斥候は掃いて捨てる程に集結していることだろう。」

宰相が顔で同意を示しながら、言葉でそれを繰り返した。

「妙案ですな。あそこを一気に焼き払いましょう。その結果は斥候どもが自国に詳細まで伝えてくれることでしょう。」

「軍としてもその方針を支持します。リメス・ジンは王国から直接ローマまで攻撃に行けますが、西ケルトなら近いので不測の事態へ動的に対処することができます。」

軍の統帥からも支持を受け、王が続けた。

「よし、基本路線はそれでいく。詳細を詰めるとしよう。」

「皇宮からローマの街並みを見下ろし、臣民の歓声を聞く場面が目に浮かぶようですぞ。」

宰相の言葉である。途中経過を無視して結果を想像する。何とも幼稚な感性ではないか。王室という狭い所で全てを取り仕切って来た者が、現場感覚の欠如故に陥りやすい落とし穴である。元々はそういったことを敏感に感じ取る能力を有していた王も、この時点では超兵器の虜になってしまっており、宰相や統帥の過ちを見過ごしてしまっていた。

 『王家の秘蹟』を司る玉石。これが秘蹟を受けた王族によって発動していることを検知したのは、現代科学の力である。本当の王が秘蹟を放棄し、ルナがブリタニアに追放された時、玉石は停止した。神殿の神官が、狂気じみた悲鳴とともに玉石の沈黙を告げた。その時は、王も宰相も不思議が一つ増えた程度にしか考えなかったのだが、王家の伝統を守るため、それは一般には秘密にされたのと同時に、原因の究明が始められた。結論から言えば、原因は未だに不明である。しかし、副産物があった。千年以上に渡って、玉石を帝国に伝えた東方の王国から数えればそれより遥かに長期間に渡って、『振動』し続けてきたエネルギー源とは何なのか。それすらも解明されてはいないのだが、その振動を活用する手法ならば考案されたのである。水晶と電気の関係にも似た、しかしながらそれとは比較にならない無限と言っても良い力、それもただ振動するだけではなく、自然に働きかける効力も有していることが分かった。それを活用できれば、人類はエネルギー問題を解決する可能性を入手したことになる。ところが実際には、殆どの発明がそうであるように、それは軍事に活用されることになった。そして、リメス・ジンが生まれたのである。従来では不可能な規模の航空機を飛行さしめ、全く新しい形の攻撃兵器が搭載された。『空雷砲』である。

 こういった経緯を見る限り、人という生き物が『平和』に辿り着くのは不可能なのではないかと悲観的にもなり、その感覚をこれまでの歴史が裏付けているようでもある。当事者達がこういったことを考えるには、何が必要なのだろうか。


 王室から退出した親衛隊の隊長に隊員が近付いて耳打ちした。自死した本当の王を看取って来た隊員である。

「隊長、お話があります。」

「そうだろう。場所を変えるぞ。」

隊長も予想していたと見え、王室の近くに設置された親衛隊の詰め所に二人が入って行った。

「地下牢の男、亡くなられてしまいましたが、彼こそが陛下のようです。」

「ようです? 曖昧さが許されるような発言ではないぞ。」

「あの服装とお顔、間違いありません。」

「では、王室の中におられる陛下は誰なのだ? 私にはあのお方こそが陛下に見える。」

「分かりません。」

隊員が自らの直感に従って進言しているのは明らかだ。隊長とて、最近の一連の騒動に怪しさを感じてもいるし、隊員の直感が正しいだろうという確信もある。

「私は親衛隊の隊長として、どこまでも陛下に忠実であらねばならない。そして、今王室におられる陛下こそが、私にとっての唯一の陛下なのだ。分かるな?」

隊員は諦めたような表情で僅かに頷いた。隊長の言葉は、自分を処刑することを意味している。親衛隊なのだから、これは当然の帰結である。早まってしまったことを後悔するのは簡単だが、彼は自らの信念に従ったことを誇りに思うことにして、姿勢を正した。そんな隊員を見つめながら、隊長が続けた。

「私は何も聞いていない。よって何もしない。今まで通りだ。お前も元の配置に戻れ。」

それだけ言うと、隊長は詰め所から出て行った。一端死を覚悟したこの隊員は、この成り行きに躊躇したが、すぐに隊長の意図を汲んだ。元の配置とは、本当の王に従え、と言っているのである。感謝と敬意を込めて敬礼し、彼も詰め所を出て行った。王室に残る者も必要なのである。それは、情報の収集という意味と、親衛隊の翻意を気取られないためという意味で。親衛隊の隊長が従来通りに詰めていれば、少なくとも暫くの間は親衛隊に疑問を抱く者はいない。しかし、疑問を持たれた瞬間に、隊長をはじめとして王室に残った親衛隊には、死を伴った結末が訪れるであろう。そのような重大な結末をも含めて、瞬時に決断を下した隊長の覚悟と姿勢に対し、この隊員の目からは涙がこぼれ落ちたが、それは隊長の決意を無駄にしてはならないという強い意志の現れでもあった。この隊員はただちに信用できる仲間を組織した。もともと親衛隊には志の高い兵隊が集まっているという事実が、彼を後押ししたのである。そして新たに組織された部隊が向かう先と言えば、本当の王が亡き今となってはルナの元しかないというのも必然であった。王室に集まっていたものと親衛隊独自の情報網を駆使して得られた情報から、彼らはブルータスに繋がる糸を見出すことに成功した。通常であれば、如何に彼らの情報網が優れていようとも、すぐにブルータスへの道が開かれることは無かったであろう。リモー艦隊から脱出したルナを救出するために、ブルータスがなりふり構わず動いたために露見した糸を辿ったのである。そういう意味で、彼等もついていたと言うべきだろう。隊長が詰め所から決死の覚悟で出て行ってから数時間後には、隊長の意思を継いだ隊員達が親衛隊の専用機でルナの元に飛び立って行った。


     ◆

 ブリタニアの地を飛び立って編隊飛行に移ったルナは、海上に出て南下し始めたところでブルータスからの極秘通信を受けた。

「何だ、ブルータス?」

諸悪の根源を付くために、現在の歪んだ情勢を生んだ根本に迫ろうとローマに向けて飛び立ったのである。隊員ともども強い意志と興奮に包まれていたルナは、ブルータスからの通信に水を差されたような気になり、素っ気無く応えた。ブルータスとてその気持ちが分からないわけではなく、冷静に説明し始めた。

「進路を変えて欲しいんだ、ルナ。」

「今更だぜ。ブリテンの上を通らない範囲で最短距離を行くさ。」

「それはちょっと待った方が良くなった。北を回ってくれないか。」

「そんなことをしてみろ。燃料も心配だし、ブリタニアに帰る前に補給した地点をかすめることになる。俺達の行方を探すのに躍起になっている王国軍と出くわしてしまうぜ。」

フェルチアを失った付近には近付きたくない、という本音は口には出さなかった。

「いや、計画的に出くわしてもらいたい相手がいるんだ。ルナ、お前はやっぱりすげぇよ。」

要領を得ず、ますますルナが不機嫌になるのを見越してブルータスが続けた。

「親衛隊から俺の情報網に接触があった。一口乗せろってさ。」

これには流石のルナも閉口した。親衛隊が接触して来るというのは全くの想定外であり、何が起こったのか分からなかったのである。


<続く>

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