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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 24

第5章《回帰》(4/4)

    ◆

 想像以上だった。ブリタニアには何も残っていなかった。廃墟と化した宮殿の中で、冷静さを取り戻したルナは一人で善後策を練っていた。フェルチアを亡くした痛みに捕われないためにも、休んでいることはできない。

 この状況を最も望んでいたのは誰か。神聖同盟? いや、違う。彼らは所詮小間使いに過ぎない。王か? それも違う。彼は陰謀の中心にいると思われるが、同時に王国の将来を憂いでもいる。宰相派か? 王と一枚岩ではないのだろうか。それは有り得る。如何にも目先の損得だけで動きそうだ。しかし、リモーやその他の軍人を手なずけることはできまい。王国の兵士は優秀であり、決して騙し通せるものではない。ということは、帝国が動いたということだ。しかし、動機がわからない。神聖同盟は帝国にとっても面白くない存在だろう。名目上は属国といえ、既に神聖同盟は少なくとも軍事力において帝国と肩を並べるところまで来ている。しかし、そうであれば王国と神聖同盟を戦わせ、両者の疲弊を望むはずだ。ところが現状は王国だけが打撃を受けている。皇帝が、国としては老獪になったとは言え、往年の帝国回復という野心に目覚めたか。正当な皇族の末裔である王国をまずは殲滅し、その後に神聖同盟と事を構えるつもりか。今の皇帝ならは無い話ではない。それとも何か他の謀略があるのか。


 ルナが如何に考えようとも、替え玉の国王を王国に送り込み、宰相派までをも取り込んで、王国に神聖同盟を攻撃させようとしているのが皇帝である、ということまでは思い至らなかった。皇帝はその上に、自分に国王から王位を禅譲させることで皇位の統一を図ろうとしていたのだが、如何に優れていようとも、ルナの想像はそこまで及ばなかった。更に、皇帝の駒であるはずの替え玉国王が内々に謀反を起こし、宰相ともども独自の謀略に手を染めているなど、分かろうはずもないのだ。しかしルナの鋭さは、謀略を見通すことではなかった。裏にも裏がありそうだということに気付くセンスがあり、それに沿ってすぐに行動を起こすことができるところに彼の本分がある。


 迷っていてもしょうがないと思った。帝国のカプトゥ・ムンディ(世界の首都)に向かうことにした。そこで何かが見えて来るはずだ。そもそも、双方とも正当な皇位継承者を主張する王国と帝国が並び立っていることが不自然なのだ。きっとこの不自然さから導き出された何物かが諸悪の根源のはずだ。行ってみて何も無ければ、自分の運命もそこまでということだ。確信はあったが根拠は無い。賭けである。だから、部下は連れて行けない。ルナは一人で出発の準備に向かった。


 ルナ達が宿営しているのは、今は廃墟となった町のはずれにある元はブリタニアの軍が布陣していた基地である。町以上に徹底的に破壊されたそこには、瓦礫以外の何物も残ってはいなかった。着陸速度を遅くできるタイガー・ルナであればこそ、滑走路の跡地と周辺の道路に着陸できたが、それも至難の業であった。タイガー・ルナのパーツを積んだカク・サンカクの輸送機は空母に置き去りにしてきた。一刻を争う脱出であり、それは止むを得なかったのだが、たとえ輸送機で脱出できていたとしても、輸送機ではここに着陸することはできなかっただろう。ブルータスが整えた補給は、与えられた時間からすると素晴らしいものだったが、ルナ隊の再起に充分とは言えない。その上にカクの補給も無いという状況で飛び立つには、隊員の機体からパーツを取るしかない。ルナが単独で行動を起こそうとしたのは、補給の面からも理に適っていた。


 そんなルナ隊の宿営地から町の反対側にある丘の上、なだらかな斜面を持つ山間に逃げ込んでいた人々がいた。国政を運営していた人々であり、宮殿の地下から何とか脱出していたのだ。そこは、町の喧騒を避けて宮殿の人々が議論する時に使われる言わば別荘であった。地上部分は通常の民家にしか見えないので、王国軍の爆撃を逃れていたのだ。

「かなりの数の戦闘機が着陸した模様です。ここからでは確認できないので、偵察しましょう。」

「危険だな。複数の戦闘機を今ここに派遣するのは王国軍しか考えられない。見つかるのは望ましくない。」

「しかし、じっとしていても何も始まりません。」

「それは分かるが、今は危険過ぎる。ブリタニアの市民の生き残り、どうしていると思う?」

「…………。」

「市民に見つかったら、その場で我々はなぶり殺しにされるぞ。今はじっとしている時だ。機会を待つのだ。」

「しかし、我が軍の連中は、着陸した戦闘機はタイガー・ルナだと言っています。音で分かると。ルナが戻って来たのかもしれませんよ。ならば、ルナには補給が必要なはずです。」

不毛で結論の無い会話が続いていたが、その場に現れた別の男がそれを遮った。

「軍の連中が……、行ってしまいました。」

「何だと?」

「あれはタイガー・ルナに間違い無い、ルナが戻った、と言って出て行きました。」

「今はとても微妙な時で、一つの行動も慎重に構えねばならん時だが……。」

ルナに代わってブリタニアの国政を担ってきた統領は、溜息とともに決断した。

「動き出したものは止むを得ん。着陸した戦闘機隊を偵察する。」

別荘を守る者、個別に偵察に出る者、市民の生存者と出くわした時の対処方を考える者、そして、戦闘機が王国軍であった場合の処置を検討する者、それぞれを任命して即座に結論を出させた統領は、偵察隊とともに別荘を出た。

 道程は静かだった。怪鳥からの攻撃は爆撃とは違って爆弾で地面が穴だらけ、ということではなく、地上の建造物はことごとく焼けただれていたが、突出物が少ない道路は、比較的元の形を保っていた。すぐに軍の連中が乗り出した車両が道に止まっているのを見つけた統領は、異様な雰囲気に自分達の車も停めた。数人が軍の車両に近付いたが、中には誰もいなかった。統領が周辺の調査を命じようとしたその時、一発の銃弾が静けさを打ち破る轟音とともに統領の横をかすめた。

「何者だ?」

銃を撃った男が瓦礫から出て来て問い掛けた。銃を振り、武装を解除するように求めながら。反撃を試みようとする一同を押さえ、統領が静かに答え始めた。

「私はブリタニアの統領だ。あんたは?」

「統領だと? 笑わせるな! この町を見ろ!」

瓦礫と焼け跡だけに成り果てた町を振り返りながら、男が怒鳴り付けた。

「町がこうなってしまったのは統領の思惑か? だったら今、俺が貴様を殺す!」

「自分の国の町を焼きたいはずがなかろう?」

「じゃ、王国の侵略を止められなかった統領が貴様というわけか!」

男は銃を統領に向けて続けた。

「同じことだ! 貴様が町を焼いたんだ!」

それには統領も言葉を詰まらせた。側近が反撃のために銃を構えようとした時、怒鳴り続ける男の後ろから見慣れた連中が顔を出した。勝手に偵察に出て行ったブリタニア軍の連中だったが、統領に銃を向ける男の耳元で何某かをつぶやいた。それに男は応えて言った。

「知っているさ。この人が本当の統領だってことくらい。」

状況を飲み込めない統領とその一派が硬直しているのを見て、男が銃を降ろした。

「俺はブルータスと言う。ルナの斥候をやっている。」

統領が思わず口を開いた。

「では、あの戦闘機隊はルナ伯爵なんだな?」

「そうさ。ルナ隊が帰還したんだ。」

「会わせてくれ、ルナ伯爵と。」

「会わせてやるさ、統領さん。だがな、さっき俺が言ったことは忘れんでもらいたい。」

忘れるものか、と統領の目が頷いた。国を、市民を守れなかった統領として、それなりの覚悟を見てとったブルータスは、統領をルナの元に連れて行くことにした。その道すがら、統領は自分が知らない情報をブルータスから得ようと質問責めにした。知っている限りを概ね話したブルータスが、念を押した。

「ルナを一人にしちゃダメだ。あんたも協力してくれ。」

「分かっているつもりだ。」

 これで、補給の問題はいくらか解決するだろう。ブリタニアはタイガー・シャーク2を配備していたが、ルナが王国に招聘されるにあたり、カクバージョン化、即ちタイガー・ルナ化を進めようとしていたのだ。焼き払われた国土の中にも、幾らかの設備と部品は残っているはずだ。また、軍の連中が手足となってルナ隊をサポートできる。小さくはあっても、ルナを中心に一つの纏まりができようとしていた。そして、ブリタニアの統領とルナが再会した時、その纏まりはあらゆるものが分裂しようとしている状況にあって、唯一の強固な集団となった。確かに、ルナは何処からか分からないが冷ややかな視線を感じていた。恐らく、生き残ったブリタニアの人々が、遠目にルナ達を見ているのだろう。それも期待や羨望といった類のものではなく、恨み辛みといった思いを持って。彼等を説得するのは不可能かもしれない。諸悪の根源を暴き、正義を確立するまでは。こうなってしまったのは、一重に王家の統治の失敗である、とルナは考えていた。これ以上は巻き添えを増やしたくないという思いが強かったので、やはり単独で事を決することにしていた。


 ルナがとりあえず仕立てた滑走路を歩いていると、そこに一人の男が立っていた。ブリタニアから召集した隊員だったか。

「隊長。」

「どうした、こんな所で。」

「パイロットが滑走路にいるのは普通だろ?」

「そうか……。」

「俺にも家族がいたんだ。ところが、生きているのかさえ分からない。」

「…………。」

「知りたいもんだ。」

「俺にもわからん。すまないが、一緒に探してやることはできん。」

「そうじゃないだろ。分かっているはずだぜ。どうしてこうなったか、これからどうすべきかが知りたいんだ。」

男の顔は引きつっている。悲しみにも理由があるはずだ、彼の目がそう言っていた。

「俺もそれを探しに行こうとしている。」

「そんなこったろうと思ったぜ。」

隊員が腰から銃を引き抜き、ルナに向けた。

ルナはそれも仕方ないと思った。目の前の男のように、悲しみや恨みを持った人間は数限りが無いことだろう。そんな一人の憂さ晴らしのために、自分の人生に幕を引くのも悪くはない。何も解決しないだろうが、少なくとも一人の人間の区切りを付けさせることができる。それでもいいではないか、そう思ってこれまでの人生を振り返ろうとした時、男が再び口を開いた。

「ブルータスに言われててね。隊長が一人で飛ぼうとしたら力ずくでも止めろってね。動かないでくれよ。」

男が携帯無線のマイクに何かを呟くと、すぐに隊員達が集まって来た。

「隊長、見せてもらいたいもんですな。あんたの決断とその結果を。一人でなんて何処にも行かせねえさ。」

ブルータスの仕業であった。少々ヤツは優秀過ぎたようだが、今となってはしょうがない。

「カプトゥ・ムンディに行く。付いて来るか?」

一人の隊員が叫んだ。

「カクは何処だ? 遠距離飛行だ。ここの整備でローマまで行けるか?」

珍しくカク・サンカクが笑っていた。ベルァーレがいるわけでもないのに。意中のベルァーレは今、ブリテン王国軍の統帥に連れ去られてしまっていたが、未だカクの知るところではなかったのだ。近いうちに統帥の魔の手はカクに伸びて来るだろう。小さくはあっても折角纏まったルナの一味は、既に崩壊の芽を植え込まれていると言っていい。しかし、この時点では何物にも替え難いこの世の春を得て、カクの能力は今まで以上に発揮されていた。その哀れを知る者はここには未だ誰もいなかったが。

「俺の整備がどうしたって? 燃料が尽きない限り、どこにでも行けるさ。」

明るいカクの太鼓判を得て、あっという間にパイロット達は自らの機体に乗り込んでしまい、パイロットで滑走路に立っているのはルナだけになった。元甲板要員が大声で怒鳴った。もうフェルチアはいないが……。

「隊長! 出撃準備完了! 隊長が戻って来た時には、次の出撃準備に備えておくから安心して行ってもらっていい。」

統領は口を開かなかったが、その目が強い意思を湛えていた。ルナが再び戻ってくる前に、彼はきっと生き残った市民との軋轢を解消しようとするだろう。それはムリかもしれないが、何もしないで手をこまねいてはいないだろうことだけは確かだった。

 出撃を前にして、一人で出掛けようとしていたことがみっともないことのように思えて来た。国と臣民の将来を決する行動を自分だけで成せると考えたのは、何たる自惚れか。己を恥じていた。自分には強力な仲間がいるのだ。そのこと自体を喜んでいいのか、怒るべきなのか、ルナ自身にも分からなかったが、魂が荒ぶるのを感じていた。

「俺は王族だ。本来の場所に帰らねばならない。」

自分でも何を言っているのか分からなかった。彼の血が喋らせているのか。

そもそも皇族とはルナの血統を現す。それが乗っ取られ、帝国の旧領土の一部であるブリテンに引きこもって王国を名乗って来たのだ。その王国も今や何者かに取って変わられようとしている。黙っている時ではない。原点に帰らねばならないのだ。

「皇帝に会わねばならない。俺が皇帝だって言ってやるために!」

次にここに来る時は、帰って来るのではなく、皇帝として出向いて来ることになるだろう。


 隊員達の静かな歓声とともに、ルナ隊が空に舞い上がった。帝国の首都、カプトゥ・ムンディに向けて。


<第5章終わり 6章に続く>


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