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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 15

第3章《出撃》(4/5)


 空母という船は、とにかくでかい。右舷倉庫までフェルチアに連れられて歩いているルナと副官は、自分達だけで仕官室に戻られるか少し不安になっていた。倉庫に入り、奥の機密室に向かいながらフェルチアが話し始めた。

「本艦の給油ノズルは固定式じゃないんです。」

倉庫に詰めている兵員には、フェルチアがルナと副官をこんな所に連れて来たのを訝しく思う者もいたが、フェルチアが給油装置の話を説明しているのを聞いて、納得顔をしてそれぞれの持ち場に意識を戻した。話しながら気密室の扉を開けて中に入って行くフェルチアを、ルナと副官が追った。

「このノズル部分が動くということは……」

フェルチアは、副官の腕を引っ張ってルナと副官を気密室に入れるや、気密室の扉を締めるボタンを押した。機密室の中が三人だけなのを確認して、彼女は話を続けた。

「充分に注意する必要があります。」

フェルチアの視線が扉の閉まったことを確認しながら、今までとは声色が全く違ったトーンになっていた。

「こんな所までお呼びたてして申し訳ありません。他の誰にも聞かれるわけに行かなかったものですから。」

突然の変化を怪訝に思いながらルナが問い掛けた。

「何の話をしている?」

「この作戦に疑問は感じませんか?」

「俺は今、軍人だ。作戦に猜疑心を持つことは許されない。」

「ですが、この艦のスタッフは怪しいです。」

話が繋がらないことへの苛立ちを目に現したルナを見て、副官が割り込んで来た。それはフェルチアを咎める類のものではなく、並々ならぬ雰囲気を感じ取ったために話を続けさようとしてである。

「構わんさ、ありのままに話せ。ルナ隊長は俺が抑えてやる。」

ルナは、フェルチアが話し易い雰囲気を作ってくれた副官に感謝の目配せをし、彼女が話し出すのを待った。

「リモー艦長は宰相派です。そして、宰相は隊長が王国に帰還したことを喜んでいません。理屈もさることながら、彼等は隊長が嫌いなんです。」

自分の考えを他人に披露するというのは、子供の時に人前で歌う時に感じた気恥ずかしさにも似たものを伴うものだ。それが軍隊の上官相手とあっては、その気持ちは一層強い。ルナは、彼女が深呼吸をして話の続きを整理している様子を見て、上官相手に萎縮してはならないという強い意志を読み取った。それだけの事態を訴えようとしているのだろう。

「確かに、今回の作戦に隊長は必要で、それは誰もが認めるところです。ただ、この作戦の後は分かったものじゃありません。」

「と、言うと?」

「捨て駒です。隊長の航空隊は、相当な戦果を上げるはずです。でも、ドーバー戦役のような武勇伝を残してもらっては迷惑なんです。」

「ルナ隊長が迷惑だって?」

「私じゃないです! 宰相派としては、隊長のドーバー戦役の武勇伝を汚し、今回の作戦は成功させ、そして作戦後にはいなくなってもらいたいのです。」

国を挙げての作戦であったドーバー戦役、あの時は作戦を立案した宰相派が、無能を曝け出す結果になった。ルナに支えられて成功裏に終わったのだが、それはルナの功績であって、宰相は『所詮、軍務には向かない』というレッテルを民から貼られたのだ。宰相と連携して作戦を遂行していた軍部についても、その威信は失墜したと言える。あの屈辱、ルナは気にもとめていないが、宰相や軍の統帥が忘れるはずもない。彼等には名誉を挽回する必要があったのだ。そのためには、フェルチアが言うような結果を残すのが最も望ましい。副官はそういった経緯を理解しているが、そもそも名声や肩書きに無頓着なルナには、理解が及ばない。邪魔者扱いされたことに対して単純に血が昇って来たルナを副官が再び制した。

「それだけ影響力があるってことさ、気にするな、ルナ。」

説明してルナを納得させるのは至難の業だろう。そこは付き合いの長い副官らしく、うまく凌いで見せ、フェルチアの次の言葉を待った。

「ここからは私の想像なんですが、この艦隊、変です。」

「そろそろ核心に進んでくれ。」

「あ、はい。すみません。兵装と燃料のバランスが作戦に合致しません。空母部隊なので、対空兵器を搭載しているのはいいのですが、対陸用の砲弾が多過ぎます。」

「そうなのか? 確かに、我が航空隊の今回の任務は、対地攻撃と陸上部隊の支援だ。艦隊は航空隊の補給と対空防御に徹するべきだ。しかし、どれくらい多過ぎるんだ? それにそれだけで何を疑うんだ?」

副官の指摘は正しい。

「艦が搭載できる兵装なんて限られています。目的以外のものを積んでいく余裕なんて無いんです。航空隊が出撃中の時のことを考えれば、対空兵器はいくらあっても充分とは言えません。それに燃料も納得がいきません。陸上部隊が侵攻するんですよ。侵攻後に入港して、補給船が来るのを待っていればいいんです。最悪を考えても、王国に帰還できるだけ積んでいれば充分のはずです。」

「続けてくれ。」

「次の作戦があると思えるくらい、大量に、いや、満タンです。予備燃料を含めて。」

「よし、そこまでは分かった。それで、何が起こる?」

「待ってください。これだけじゃないんです。艦隊編成も不自然です。巡洋艦がいません。」

「空母の防衛なんだからいいじゃないか。対空も対潜も、小回りが利く駆逐艦が有利だ。」

「神聖同盟の海軍は王国に比べ弱小ですが、戦艦の比率が高いんです。潜水艦が来ることなんてあまりないと思います。」

「こういうことか? この艦隊は、対地攻撃を想定した別の作戦を次に控えていて、その前に他の巡洋艦艦隊と合流するだろう、と?」

「そうです。」

「かもしれん。だからと言って……」

興奮したフェルチアが遮った。

「隊長の航空隊に次の作戦は無いと考えるべきです!」

「何でそうなるんだ?」

「隊長は次の作戦を聞いていないんでしょう? それに、航空隊だけ上陸するのなら、タイガー・ルナの補給はどうするんです?」

そうだった。タイガー・ルナと呼ばれるカクバージョンの高性能版タイガー・シャーク2は、規格品の補給では賄えないのだ。

「整理させてくれ。ルナ、お前も良く聞いていてくれよ。」

副官が順を追って纏め始め、ルナもフェルチアも静かに耳を傾けた。

 艦隊の編成や装備から類推すると、この艦隊は今回の作戦の後に別の作戦を計画しているものと思われる。そして、ドーバー戦役からの経緯を考え合わせると、今回の作戦の中でルナ隊排斥の目論見があると見られ、それは、次の作戦についてルナが何も知らされていないという事実に裏付けられている。作戦としては、各々の実行部隊に役割が与えられるのであり、その実現手段は航空隊等の実行部隊側で考案する。次の作戦があるなら、それを考えるために、ルナに役割を与えておかねばならない。それが無いということは、ルナの航空隊は次の作戦における役割が無いことを意味する。同時にそれは、次の作戦ではこの空母にルナ隊ではない別の航空隊が配属されるということも物語っている。つまり、ルナ隊は行き場を失うのだ。占領地区に転属しても、専用部品の補給を要するルナ隊は、そこでは活動できない。消えて無くなれ、と言っているようなものである。

「リモー艦長は知っているはずです。はっきりさせましょう、隊長!」

ルナは迷っていた。今回の作戦を成功させ、この艦に帰還すれば良いだけとも思う。そうすれば、宰相派は何も言えまい。いや、空母が夜間に消灯して移動してしまうと、帰還できないかもしれない。王に確認すべきか。いや、王とて怪しい。親父ではないかもしれないのだ。

「こうしよう。君はタイガー・ルナに、目一杯燃料を積んでくれ。補助タンクも付けて。」

「空母を探すことになった時のためですか?」

「そうだ。空母まで帰って来られれば、着艦はさせてくれるだろう。」

「ルナ、俺からリモー艦長に探りを入れてみる。」

副官の提案に、待て、と言いかけて、やらせることにした。自分が行っても、リモーとは衝突するだけだろう。

「頼む。」

フェルチアにも言い添えた。

「君もな、頼むぞ、燃料。」

副官と女性仕官が気密室から出て行った。

本当にこんなことがあるのだろうか。ルナはその場に座り込んでしまった。


 艦長はブリッジにいた。

「艦長、人払いを。」

怪訝な目でルナの副官を見たリモーが応えた。

「私の部屋に行こう。ちょっと休もうと思っていたところだ。副艦長、暫く頼む。」

「はっ!」

二人はブリッジから出て、艦長室に向かった。広大ではないが、艦の中という意味で、艦長室は充分に広い空間である。新造艦ではあるが、クラシカルな装飾を施された艦長室は、激務の艦長が唯一休める空間を演出していた。

「ルナが気付きました。いや、気付いたと思うべきです。」

「なぜだ!?」

最も冷静さが求めらる艦長職の人間の部屋でされる会話としては、この感情の起伏の大きさは不似合いである。しかし、防音処置が行き届いていて外に会話が漏れ出る心配が無いという意味では、適切な場所であった。

「ルナ隊に編入させた女性士官がいますね。あの小娘、大した奴です。」

「ルナは出撃しないのか?」

「するでしょう。作戦終了後、この艦が移動していても探し出せるように燃料の追加を指示していました。」

「良かろう。それでは、このまま進めるとしよう。ところで、貴様がここに来た理由をルナにはどう説明するのだ?」

副官は、なるほど、と思った。裏切りとはこういうことなのだ。分かってはいたし覚悟もしていたが、もう二度と誰からも信用されることはあるまい。ドーバー戦役の時、たった二十機の戦闘機で、百機の神聖同盟編隊に突入した。ルナは勝てると断言していた。それだけの訓練を積んで実力を身に付けたのだから心配するな、と。それでも無謀に思えた。結果的には味方に損害は出なかったのだが、あの時の恐怖は忘れられない。四方八方から迫る砲弾や銃弾。その合間を縫って突撃して敵機を撃墜する。撃たねば殺される。命令でもあった。しかし、自分を殺そうとしている敵とは言え、照準機の向こうで引き裂かれていく敵機の乗員達。断末魔の悲鳴が自分の生への執着と同じ重みで伝わって来る。それは音声ではなく念波として押し寄せるので、周囲の轟音もかき消してはくれないし、耳を塞いでも途切れる事は無い。あるいは、目を閉じれば遮断できるのか。しかし、それは同時に自らの命を敵にくれてやることを意味する。もうたくさんだと思った。ルナに付いていく限り、こんなことが続くと考えた時、途方も無く彼が許せなくなった。もう繰り返してはならないという思いが頭を締め、何かをしなければならないとう衝動に突き動かされた。その結果、今は宰相派の隠密としてルナ隊に身を置いている。ルナを排除したとしても、あの時のような出来事はなくなるまい。事実、王国は戦争を始めようとしている。他人は自分のことを短絡的だと笑うかもしれない。信用されることももうないだろう。それでも、何かをせずにはいられなかったのだ。後悔はしていないし、するつもりもない。自分なりの気持ちの整理を付けて、再び意識を現実に戻した。

「貴方に直接会って真意を確認しに来たことにしてあります。作戦上の機密に触れるので多くは話してもらえなかったとでも言っておきます。」

「そうだな。くれぐれも大事にな。」

「心得ております。」

そこで思い出したようにリモーが付け加えた。

「それと、ルナ隊の離陸後だが、艦に残ったルナ配下の艦船スタッフは……」

「消します。」


 リモーと副官の会話は、フェルチアが副官に取り付けた ―気密室に招き入れる時に腕に取り付けた― 盗聴器から、ルナの耳にも届いていた。


<続く>

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