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王家の帰還  作者: chappy
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ルナの航跡 1

 【時間軸は最高の玩具である。】


 歴史に名を残す「偉人」がいる。時の経過にただ埋もれていく者もいる。

 何がその差を生むのか。

 誰にも分からないが、人はそれを宿命と呼ぶのだろう。


 例えば一人の「偉人」の生死は、歴史にどれくらいの影響を与えるのだろうか。


「偉人」の功績が歴史であって、その功績を手がけたのは誰でも構わないのかもしれない。いや、「偉人」自体が功績なのであって、歴史とはその行ないを記録したものに過ぎないと考えよう。そうでなければ、誰もが感じているであろう宿命というものを否定することになってしまわないか。つまり、時代に及ぼす影響が大きい宿命を持った者が「偉人」なのである。


 政治・軍事・文化のそれぞれの分野で、世界史上に登場する「偉人」達。古代ヨーロッパ史から例を引くと、アレクサンダー大王やユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)は、彼等が「偉人」の宿命を持って生まれたと考えることに躊躇する人は少ないだろう。両者には、意思半ばで世を去ったという共通点が見出される。彼等が人生を全うしていたとしたら、現代に生きる我々が直面する科学文明全盛の恩恵や問題点、これらはどんな形をとることになっただろうか。

 戯れに、一人の「偉人」を生き長らえさせてみよう。まずは現代国家の枠組みにさえ多大な影響を残したユリウス・カエサル。彼が腹心ブルータスの凶刃に倒れなかったとしたら。我々の知っているものとは、違った歴史が幾つも刻まれていくに違い無い。


 そんな物語を一つ、紹介しよう。


※AUC:紀元前753年(ローマ帝国の伝説上の発祥年度)を起源とした暦のこと。



《序 章》(1/2)


【3年前 A.U.C 2685年 冬】


 男は停まった馬車の窓から、夜の寒空に突き刺さるようにそびえる城を見上げていた。城の正面に位置する巨大な門は閉じられていたが、それは公式の行事で王族が出入りする場合にしか開けられることはない。その横に設置された小ぶりの門が通常の出入り口であり、言わば勝手口である。それでも男が乗る馬車はおろか、大型のトレーラーでさえも出入りできる規模を持つ。その門も真夜中の今は閉じられており、男はその勝手口の開門を待っているのである。馬車の御者と門兵が、門に寄り添うように建てられた番所の中で、無線や電話と書類にまみれながら入城の手続きを始めてから、もう何分たっただろうか。

「時代がかったものよ。」

男は誰にとも無くひとりごちた。航空機が飛び交う現代に、馬車を使う神経が彼には理解できない。いや、徹底した教育を受けたので、ここのシキタリを知らない訳ではない。そして、その流儀の理由も知識としてはある。

「権威の象徴?」

男の口元に笑みがこぼれた。高位の役人や王族に接見する者は、馬車で入城することでこの国の威厳を示すのだと言う。馬鹿げてる、と男は思った。

 その時、番所から御者が戻って来て、門兵も外に出て門に向かい始めた。入城が認められたらしい。当たり前だ。自分はこの国の役人の最高位である宰相に呼ばれて来たのだ。それを待たせること自体が無礼ではないか。そんな感情も芽生えたのだが、宰相の客人として無表情にならなければならない。ポーカーフェイスもまた、ここのシキタリなのだ。御者が馬車の客室の扉をノックしたので、男は顔があまり見えないように、大きなツバを持つ帽子を深くかぶり直し、扉を開けた。

「どうした?」

扉の前に立つ御者の顔は、申し訳なさそうにかしこまっている。

「何でもこれからお偉い方が出発されるそうで、それが終わるまでここで待てとのことらしいです。」

御者に落ち度は無い。忠実に役目を果たしているに過ぎない。しかし、男の苛立ちを受け止めるのは、今は御者しかいない。

「どういうことか説明しろ!」

男の怒声に対し、御者は縮み込んで黙るしかなかった。仕方なく、男が自ら出て行って門兵を詰問しようかと考えた矢先、正面の門が轟音と共に開き始めた。勝手口よりも数倍も巨大な正面の門は、凄まじい軋み音と地面から埃っぽい空気を巻き上げながら、ゆっくりと開いていく。この開閉も人力で行っているというから、その人数は十名を下るまい。この夜中にご苦労なことだ、と男は半ば諦め顔で事の成り行きを見守っていた。

 巨大な切り石を並べた地面に鋼鉄製の太いビスが固定されていたが、それに門が真夜中には実に不似合いな轟音を伴って衝突し、開門作業が終わったことを皆に知らしめた。露になった城の中には三台の車が並んでおり、開門と同時に外に出て来た。一台の高級車と、大型の荷物車が二台。可笑しな話である。勝手口を通るにも馬車を使えとうるさく格式に拘るかと思えば、正門から自動車が出てくる。男が訝しげな視線を車に投げ掛けた時、車が停まって中から一人の青年が出て来た。端正な顔立ちとすらりと伸びた体躯、育ちの良さと野性味を上手くバランスさせたような人好きのする容姿を備え、そうでありながらも目の奥にだけは影を持って複雑な人間性を感じさせる。胸元のネックレスにあしらわれた輝石が眩しい程の光を放っていたが、青年の表情とは印象的な好対照を成していた。その青年が大声で門兵に話し掛けはじめた。

「こんな時間にすまないと思っている。」

門番や門の開閉を勤める門兵達が恐縮している。

「今までも世話になってばかりだったが、今日でそれも終わりだ。これまでご苦労だったな。」

門兵達は深く頭を垂れて挨拶した。そして青年は、傍らに停まっている馬車に気付き、歩み寄って来た。男は内心の慌てた様子をおくびにも出さずに青年を馬車の中で見据えたが、帽子の大きなつばが顔や表情を青年に悟らせはすまいという安心感もあって、それは至極自然な振る舞いに見えた。

「客人、お待たせして申し訳ない。私にとっては、いや王国にとっては大切な儀式なのだ。ご理解願いたい。」

暗闇の中ですら、すがすがしいばかりの笑顔を湛えた青年は、それだけ言うとその場を立ち去った。男は極度に緊張していた。結局、何ら言葉を返すことすらできず、僅かに頷いて見せるのが精一杯であった。男はその青年を知っている。彼を知る多くの人間と同様に、話したことは無いし実物を見るのも初めてだが、知っているのだ。彼は、ルナ皇太子、いや、元皇太子である。王国の英雄として国民から強く慕われていながら、政治のゴタゴタで廃位された悲劇の王子。先頃のドーバー戦役において、王国を勝利に導いた英雄なのである。しかし、同じくドーバー戦役の後始末の為に、辺境に追放されることになったと聞いた。まさに今、ルナは城から追放されて行くに違い無い。しかし、皇太子を廃位されたとは言え、王子の長兄であるルナが城を立ち去るにあたって、何とも寂しい陣容ではないか。敢えて真夜中を選んだのも、それが追放というものなのだろうか。ルナの顔も実績も評判も、そして追放に至る陰湿な経緯さえも、男は知りつくしていた。ところが、そんなものとは無縁の世界で、たった一言声を掛けられただけで、聞く者の心を掴んでしまうあの魅力とは、いったい何なのだろうか。王族とはそういうものなのだろうか。男がそんなことを考えている間に、三台の車は走り去った。この時のルナと男の接触が後代に及ぼした影響は計り知れないが、未だそのことに気付く者はいない。


<続く>


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