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万華鏡

作者: 天月黎祠

 昼と夜の境を歩いていた。あやふやな時間だ。いつの間にか、どちらかがどちらかに紛れ込む。何処からか、ぬぅっ、と伸びてきて、そぅっ、と撫でるのだ。そうして、徐々に徐々に、ーっと、音も立てずに覆ってゆくのだ。それは目覚めと眠りの入れ替わり。蠍と狩人の鬼ごっこと同じ事。ぐるぐると巡り巡るのだ。


 眠らない夜に見る夢は万華鏡の如く形相を変え、そうして何が何だか分からなくなって。気付けば、己自身が万華鏡の世界へと、その足を踏み入れてしまっている。出口は分からない。見つからない。そのうちに、夢は覚める。灯りから生み出された陰に気配を感じ、隣室から漏れ出した暗闇に何かを見出しつつも、万年筆を手に原稿用紙へと向かう。

 書いていて、ふっ、と何かが過る。手が、っ、と止まる。辺りを見回す。陰に一つずつ目をやる。身体を捻じ曲げ、暗闇へと目をやる。何という事は無い。足下では暖房機が小さく唸っている。居間に、でんっ、と構えている一回り大きいやつより、こいつの方が性能がいいと思われる。夜中に筆をのろのろ歩かせる事ができるのも、こいつのおかげである。頼もしい相棒だ。

 私の筆の遅さは折り紙つきである。なに。何が折り紙つきだ。そんなこと自慢してる暇があるなら、さっさと書け。正しく、その通りである。連載はどれも凍結、短編もロクに投稿しない。全く駄目である。そもそも、小説らしい小説は、太宰治先生の「走れメロス」しか持っていない。ちなみに、収録されている「富嶽百景」がお気に入りである。富士と立派に相対峙する月見草。金剛力草。富士には月見草がよく似合ふ。そんなこと聞いちゃいない。確かに。失礼しました。つまりは、私は文学における才覚はおろか、知識も乏しいのである。量も、質も、てんで駄目。そのくせ、時折、ふと、何を思ったのか、細々と書き綴るのである。 何か、が。あの陰から、あの暗闇から、染み出してくる何か。それが私を衝き動かすのかもしれない。もしかしたら、まだ夢の続きかもしれない。出口の見えない万華鏡の迷宮に、まだ、私は居るのかもしれない。万年筆が紡ぎだしているこの物語も、刹那の光景だろうか。

 そうして、それが万華鏡の世界への入り口となる。知らず知らずの内に、私はそこへ足を踏み入れるのだ。木乃伊盗りが木乃伊に成るのと同じである。まだ夜は明けない。夢は細々と続くのだろう。


 夜と昼の境を歩いていた。あやふやな時間だ。いつの間にか、どちらかがどちらかに紛れ込む。何処からか、ぬぅっ、と伸びてきて、そぅっ、と撫でるのだ。そうして、徐々に徐々に、ーっと、音も立てずに覆ってゆくのだ。それは目覚めと眠りの入れ替わり。堂堂巡。蠍と狩人の鬼ごっこは続く。


 それでも、万華鏡は同じ花を咲かせない。似た花は咲かせても。

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