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源氏の風  作者: シオン
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第一話 源義正

 時は戦国。武田信玄や上杉謙信、今川義元らが天下統一を我こそが果たさん、と躍起になっている時代である。

 それは関東や近畿だけの話ではない。ここ東北でも熾烈なる戦いが繰り広げられているのであった。

 南部晴政なんぶはるまさ。陸奥(現在の青森県東部)に居城を構える小大名である。

 天下統一など不可能。晴政はすでに悟っており、自国の領地を守り南部の家名を残すことに専念していた。無論戦いを仕掛けないわけではないが、ほとんどが小競り合いのようなもので敵を滅亡させようなど夢にも思っていないのである。

 陸奥は周りを海に囲まれているため、晴政は港を作った。そのため陸奥では貿易が発展しておりなかなか南部家には財力があった。しかし雪などの冷害を受けやすいため農作物は不作になることがたびたびあり、飢餓状態になることを晴政は最も恐れた。

 このような経緯もあり港の整備、警備は南部家にとって重要であり、死活問題である。

 今日もまたぬかりなく警備を行う。南部の配下の一人、北信愛きたのぶちかは港に向かう途中であった。

 港への足は重かった。今年も冷害であまり米がとれなかったのである。倹約に努めてはいるものの今日を生きるにも苦しいのが本音である。まだ冬であるから米が尽きることはないにしても、秋までもつかどうか不安である。自慢のちょん髷もしおれているようだ。

 港が近づくにつれてがやがやとした喧騒が聞こえてきた。人だかりができている。

 「何事だ」

 「漂流者でございます」

一人の下級武士が言った。港の浜辺に横たわっているのは見たことのない服装の男である。確かに日本の人間ではないようだ。髪はまるでぼさぼさである。漂流者が横たわっていたすぐ近くには乗ってきたと思われる船の屑が残っている。

 「この者はわたしが始末する。お前たちは港の警備を続けてくれ」

下級武士たちは威勢よく返事をし、それぞれの持ち場についた。

 漂流者は死んでいるのであろうか。まったく動かない。もしそうであるのなら埋葬でもしなければならないのだろうか。信愛はおもむろに漂流者の顔をのぞいた。

 色白な、きれいな顔である。他国の者であるはずがどこか日本男児の雰囲気を醸し出している。鼻は少し高く、口は横一文字に閉じたままだが美しい。目は-

 突然開いた。黒い瞳である。子供のようでもあるが、大人らしさもある。澄んだ瞳だ。

 「ここは・・・どこだ」

 男が口を開き、立ち上がった。どうやら日本語は話せるようである。

 男は小柄である。また、男というよりも青年といったほうが正しいだろう。腰には竹光(竹でできた小刀)を差している。民族衣装を着た青年はあたりを見渡している。

 「ここは陸奥だ」

 「陸奥・・・」

考えてみれば日本のことを何一つ知るわけがないのに陸奥、と言われても返答できないのである。ではなぜ日本語を話すことができるのかと疑問に思ったが切り捨てた。信愛は少し考え、それからこう答えた。

 「日本の陸奥だ。お前はどこに行こうとしていたんだ?」

 そう聞くと男は澄んだ瞳を輝かせた。

 「ここが、日本。我が先祖の死んだ地か」

 人目も気にせず男は声を張り上げた。喜び、感嘆の声である。おそらく港中に響いたのではないか。 「お前は何をしに来たのだ」

 「我が名は源義正みなもとのよしただ

 これは驚いた。馬耳東風とはこのことだ。

 「そして我が先祖は源義経なり」

 なるほど。それで源という性を持つのか。納得できないわけではないが、源義経は兄の源頼朝によって殺されているはずである。それにしても外国の者は人の話を聞くことができないのだろうか。それとも日の本(日本の意)は他国から馬鹿にされているのだろうか。

 「信じておらぬようだな。馬鹿にしているのか」

 馬鹿にされたのはこちらのほうなのだが。はっきり言ってあきれ返ってしまう。

 「もうよい。お前が源氏の子孫だろうと今はただの漂流者だ。見たところ船も壊れている。一夜ぐらいならどうにでもなる。わしについてこい」

 「おお、寝床を用意してくれるのか。これはありがたい」

 信愛は立ち上がり港と逆方向に歩き出した。城へ連れて行くつもりだ。漂流者、源義正もついて行った。


 二人は森の中を歩いていた。義正はともかく信愛のほうはどうでもいい、といったようである。何の因果で漂流者に貴重な飯をやらなければいけなくなったのだろうか。言い出したのは自分だ。まったくお人よしの性格がここまで災難を招くとは思わなかった。しかし事の発端が自分なのだからしょうがないといえばしょうがない。やりきれない。

 義正のほうはぼろきれを着たまま歩いている。服は濡れている。東北の冬は厳しい。さっさと城に連れて帰らなければ。やはりこうも世話しなければならない、と思うのは自分がお人よしだからなのだろう。

 義正も話す気はなかった。信愛の気を汲んでか信愛の後をついていくだけである。もっとも信愛が話をしないのは先ほどの会話が随分とちぐはぐなものであったからなのだが。

 「信愛様」

 後ろから声が聞こえた。焦りと不安の入り混じった声である。後ろから南部家足軽の服装をしたものが走ってくる。何かあったのであろうか。信愛は足軽に振り向いた。

 「信愛様でございますか」

 足軽は息も絶え絶えでようやく言葉を発した。信愛はそうだ、と答える。足軽に笑顔が戻る。

 不敵な―

 「お命頂戴と行きますか」

 足軽、いや、盗賊は腰に差していた件を信愛に向かって切りつけた。信愛も武術ができないわけではない。身をそらし、かわす。

 信愛には武器がない。盗賊も剣の腕はなかなか立つようである。脇差(侍が常時腰につけている短刀)で敵と対峙することができるのだろうか。仲間を呼ばれたら最悪の事態に陥る。どうする。どうもできない。死ぬ。

 盗賊は突然声を上げてあおむけに倒れた。なんと漂流者が蹴り飛ばしたのである。刀をものともせず堂々と立ち向かっている。

 盗賊が素早く身をひるがえすと、義正に刀を向けて襲い掛かってくる。横一文字に切る。しかし盗賊の刀は空を切った。義正は身をかがめて、盗賊の腰より低い位置にいた。右手でこぶしを作り盗賊の腹に思いっきり殴りつけた。

 盗賊は地面に倒れこんだ。気を失っている。

 「ははは、助かった。感謝する」

 信愛は笑い出した。義正も笑顔で答える。

 「気にするな。この盗賊は放っておいても大丈夫だろう。死んではいない。それより早くお前の家へ連れて行ってくれ。寒くてたまらぬ」

 信愛は歩き出した。義正も歩き出した。


 永禄3年1月。一人の源氏の末裔は戦国の世に風となる。

どうも、シオンです。

この度自分の連載小説「源氏の風」を休止させていただくことになりました。

おそらく再開の見込みはないものと思われます。誠に申し訳ございません。

短編小説などは書いていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。

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