サイバーパンク2を観て思ったこと。私は「主人公のための世界」が嫌いだ
待ちに待った日がやってきた。
10月20日。
『サイバーパンク: エッジランナーズ2』の配信日。
奇しくも私の著作『無自覚最強ソロキャンパージロー2』の発売日と同じだ。
だがそんなことはどうでもいい。
1巻の時は書店巡りをしたけれど、そんな無駄なことに時間なんて使っていられない。
なにせ四店舗巡ってどこにも置いてなかったからな!
ともかく私は久々にネットフリックスを開いた。
無駄に払い続けてきたサブスク代を取り戻す時が来たのだと。
結論から言うと、十分取り戻せたと思う。
めちゃくちゃ楽しめたし、大満足だ。
でも1には遠く及ばなかったぁ、というのが正直な感想だ。
理由はたくさんあるが、今回深掘りしたいのは『プロットアーマー』について。
(※ネタバレを含みます)
読んで字の如く筋書きの鎧。
日本だと『ご都合主義』って言われるけれど、サイバーパンク2はまさに『プロットアーマー』って感じだったから、あえてそちらの言葉を使いたい。
「普通なら死んでない?」みたいな場面が何度もあるのに、主要登場人物だけは普通に生き残るのだ。
これがワンピースみたいな登場人物がなかなか死なない作品なら違和感は覚えない。
そういう世界だって理解してるから認知的不協和が生じない。
でもサイバーパンクの世界は違う。
人の命がびっくりするくらい軽い。
実際にモブキャラがバンバン死んでいく。
そんな世界なのに、主要登場人物だけは不自然なほど生き延びるのだ。
特にロマン。
改造人間たちがドンパチやってる騒動のど真ん中で、ほとんど生身の少年が平然と生きている。
怪我をしても、おでこからちょっと出血する程度。
随分と頑丈なプロットアーマーを着せてもらってるなぁ、と思ってしまった。
まあ他の作品なら、そこまで気にならなかったかもしれないけれど。
これがサイバーパンクの続編だからってのが大きいと思う。
なぜなら1はその辺、めちゃくちゃ上手かったからだ。
いつ誰がどのタイミングで命を落とすのか、本当にわからなくてずっとハラハラしていた。
私は彼らを——
主人公のデイヴィッドですらも、アニメの登場人物としてではなく、サイバーパンクという過酷な世界を必死に生き抜く一人の人間だと認識し、そんな彼らをモニター越しに見守っているような感覚だった。
でも2は違う。
ああ彼らは物語の登場人物で、この世界は彼らのために存在するんだなって思いながら観ていた。
書いていて自覚したけれど、私はその手の作品があまり好きじゃないんだと思う。
主人公の存在が中心にあって、主人公のための世界、主人公のための人々、主人公のための敵、主人公のための展開、主人公のための設定。
もっと酷いと、主人公の半径100mにしか世界が存在しないなって感じる作品もたくさんある。
オープンワールドのゲームと同じだ。
常に世界が存在しているわけじゃなくて、操作キャラの周辺を描画してるだけっていう。
私が好きな作品はそうじゃない。
世界が存在し、そこで実際に人々が生活している。
主人公なんてどこにも存在しない。
ただそのうちの一人にスポットライトを当てて、そんな彼ら彼女らを便宜的に主人公と呼んでいるだけだ。
作り話だからこそ、ドキュメンタリーのようにあるべきだと私は思う。
私はそういう作品をこよなく愛しているし、自分なりにそんな作品が書けたらなと日々試行錯誤している。
とはいえだ。
冒頭に書いたように、普通に面白かった。
ただ1の完成度が高すぎるあまり、どうしたって比較しちゃうよなってだけで。
特に刺さったのが、Dがロマンに対して偽名を使った理由だ。
私はてっきり、復讐っていう後ろ暗いことをしているから、個人情報を伏せただけだと思っていた。
でも最終話で、そうじゃなかったことが明かされる。
前作の主人公、デイヴィッド・マルティネス。
彼は自分の命を投げ打って仲間を救った。
でもDは違う。
同じ名前でありながら、彼は仲間を救えなかった。
だから彼は『デイヴィッド』を名乗れなかった。
そんなDの想いにめちゃくちゃ感情が揺さぶられたし、なにより前作の主人公が命を落とした後も、良くも悪くも世界に影響を与え続けていた事実に心が震えた。
そういうのが一番好きだ。
死んじゃったからハイおしまい。
最終話を迎えたからハイおしまい。
物語とはそういうものじゃないのだ。
デイヴィッドは主人公として、そこに存在していたわけじゃない。
世界が存在し、彼はそこで生きていただけだ。
生を全うしただけだ。
Dが本名を名乗りづらくなった、というだけの小さなことだけど、小さなことだからこそデイヴィッドが生きていた証のように思えた。
あとあそこもよかった。
ちょっとうろ覚えなんだけど「デイヴィッド・マルティネスって知ってる?」みたいなことを聞かれて、タリアが「当たり前でしょ」みたいに答えるシーン。
サイバーパンクでもない彼女が(まあメイルストロームと関係があったから一概にそうとも言えないんだけど)、多分幼い頃に命を落としているデイヴィッドを「知っていて当然の存在」として扱っているのがめちゃくちゃ熱かった。
というかそこが一番テンション上がったかも。
(※調べてみたら1から二年しか経っていないらしい。現実世界で四年経ってるし、なんとなく十年後くらいかなって勝手に思ってた。でも観てた時は知らなかったし、あの感動は本物なのでよし! あと一気見したせいで「当たり前でしょ」が本当にタリアの台詞だったのかも確証が持てません。ざっと見返してみたけど該当箇所を発見できず、下手したらそもそもそんなシーンなかった可能性も……。何話のどのあたりかわかる方がいたら、ぜひ教えてください!)
復讐に取り憑かれて狂っていくD。
そういう激しい感情の動きもいいんだけど、なんとなく本名を名乗りづらい、みたいな小さな小さな心の機微を私は美しいと感じる。
タリアの「当たり前でしょ」という何気ないセリフも同様だ。
そういうシーンに出会えただけでも大満足である。
とにかく総じてとてもいい作品だったし、夜更かしした甲斐があった。




