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探偵スカルフェイスのザギ ―花の骸―  作者: 外宮あくと
第2章 心理の考察

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第9話 デコイ

 佐木は警察署を出ると、正面玄関横にある掲示板へと向かう。車を回してくるから、そこで待っていろと近藤に言われていた。掲示板には指名手配のポスターと一緒に、敷地内禁煙の張り紙もあったが、佐木は見なかったことにしてタバコを取り出すのだった。

 そこには先客がいた。ぼんやりと行き交う車を眺めながらタバコをふかしているのは、スマホを落としたと言って泣いていた若い女だった。先ほど見たときは、ひどく取り乱した様子だったが、今は落ち着いているようだ。

 すらりと背は高く、首が見えるくらいの短いボブヘアの美人を見て、この女は「ないな」と考える。容姿に問題はなく、さぞや美しい花になるだろうが、この高身長と髪型では花師の獲物にならないからだ。全く興味がわかなかった。


――いかんいかん。女の見方がおかしくなってる。


 ポリポリと頭を掻いてから、タバコに火をつけた。一服吸ったところで、建物から男が出てきた。清水だった。彼のストライプスーツはビジネスマンには到底見えない。疲れの溜まった二流ホストといった印象だ。

 外に出た途端、彼もタバコを咥える。立ち止まり、何度もライターをカチカチと鳴らした。イライラしているのは、火がつかないせいだけではないだろう。

 天雲との関係を聞いてみたくて、佐木はライターを貸してきっかけをつくってみようかと考えた。

 が、佐木が行動するより先に、ボブの女がにこやかに火のついたライターを差し出していた。夜の店の女といった仕草だ。


「どうぞ」


 清水は少し戸惑った表情をしたが、軽く頭を下げタバコに火をつけると、礼を言って足早に去っていった。

 佐木は、清水と話すチャンスを失ってしまった。内心で悪態をついていると、女がちらりと佐木を見た。彼女はギョッとして目をそらし、またチラリと見る。佐木の骸骨顔を見た時によくある反応だ。

 わざと歯を剥いて笑ってやると、露骨に嫌な顔をした。そして、まるで清水を追うように、小走りで行ってしまう。

 歩道に出たところで微かに電子音がした。

 仕事用だろうか、鞄の中を覗き込む女を見て、佐木は舌打ちした。

 

「なんだよ、2台持ちかよ」


 吸い終わったところで、近藤の車が署の前に止まった。窓を開けて乗れと合図してきた。

 佐木が乗り込むと、早速近藤は何が食いたいと聞いてきた。


「だから食べたくないと……」

「そうはいかん。何でもいいから少しは食え」


 痩せすぎで死ぬぞと、くどくどと説教する近藤には見向きもせずに、佐木は外を眺めた。

 花師の次の動きを予測するのに忙しいのだ。

 ターゲットの天雲はアイドルで、即座に警察に保護される可能性が高かった。実際、保護されてしまっている。

 それが分からぬ花師ではあるまい。それなのに彼女を選んだ理由。


――犯行を阻んだと()()()()ため……。まったく、踊らされちまったなあ。


 昨日、近藤らと花師について語り、思考を重ねた佐木はそう結論付けた。天雲を保護しただけでは、犯行は止まらないのだと。花師には、まだ勝機があるのだと。

 それは何だと、天雲の画像を隅々まで舐めるように観察していたとき、天啓のようにある考えが閃いた。

 それは、花師からの底意地の悪いメッセージだった。吐き気がするほどに、質が悪い。

 天雲のSNSにはいくらでも彼女が1人で映っている画像があったのに、最新投稿でもないあの画像を予告状に選んだ理由とは。花師の勝機とは。


――天雲愛美はデコイだ。


 天雲の背景には、何人か学生が写りこんでいた。目を凝らせば、その中に小柄な少女がいることに気付く。髪はアップにしていたが、下せばそこそこの長さがありそうだった。

 つまり、ターゲットは1人ではなかったのだ。

 気付いてしまったからには、じっとしてはいられなかった。

 佐木は、天雲の背後に小さく写っている女子学生が何者であるか、野崎に調べさせたのだ。

 彼女の名は長谷川萌花。天雲愛美と同じB大学の2年生だった。


――むしろ、長谷川が真のターゲットってことなんだろう? 危うく、裏をかかれるところだった。


 思わずニヤニヤと笑ってしまう。


「おい気持ち悪いな。何薄ら笑いしてんだよ」


 近藤に指摘されると、わざとらしく首をかしげてなんでもないですよと、佐木はとぼけるのだった。これは近藤にはまだ秘密だ。


 昨日、野崎から彼女の名前と住所を知らされると、佐木は次の指示を出した。すなわち、長谷川の保護だ。警察が天雲を保護したように、長谷川も花師の手の届かないところに匿ってくれと頼んだのだ。花師は既に彼女の住所も知っていると考えるべきだからだ。

 しかし、いきなり見ず知らずの男に「花師が狙っているから、安全な所に連れて行ってあげる」などと言われたって、長谷川は警戒するだけだろう。しかもそれが骸骨顔だったら、話も聞かないに違いない。ゆえに対面での説得は、誠実な面構えの野崎1人のほうが無難と判断し、彼に任せた。

 佐木は、もしも説得が難しかったら最終手段は拉致でもいいぞと伝えて朗報を待ったのだった。


 結果、野崎は首尾よく長谷川を保護に成功した。

 あまりにも順調にことが運んだので、どんな手を使ったのだと佐木が訊くと、野崎は少しバツが悪そうに笑った。曰く、警官を騙ったらしい。

 バカなやり方だ、と佐木は舌を打った。もしも、警察署に問い合わせされたら、その場でバレてしまうからだ。

 だが、野崎もまた元警官であるため、その辺りは巧妙に立ち回ったようだ。協力者を募ったり、小道具も用意したことだろうが、詳しいことを知ったら心臓に悪そうなので、それ以上は聞かなかった。上手くいったのならそれでいい。


 本来なら、近藤に自分の推理を伝えて天雲同様に保護させるのが筋というものだろうが、この件は警察に関わらせずに様子を見てみたいのだ。

 仮に警察によって長谷川が保護されたことが漏れでもしたら、花師は彼女を諦めて別のターゲットを探すかもしれない。ターゲットが誰だか分からなければ、犯罪を阻止することが困難になってしまう。

 しかし、長谷川が単に行方が分からない状態であれば、花師はまずは彼女を懸命に探すだろう。つまり彼の計画を、足止めできるということになる。

 その時間稼ぎが1日になるか2日になるかは、分からない。だがその間にできるだけ花師に近づいてやろう、そう考えたのだった。


「お前、何考えてるんだ? なんか気が付いたことがあるなら、ちゃんと俺に言えよ。もう警官じゃねえんだから、1人で勝手に捜査まがいの行動は絶対にするなよ」

「分かってますよ。するわけないでしょう、そんな面倒なこと」


 外を眺めていた佐木の頬が微妙に歪む。心を読まれたのかと思うほどのタイミングだった。


「分かってるならいいが、今何かしでかしたら執行猶予が取り消しになるぞ」

「先輩、その心配は無用です。先週、期間満了しましたからね」


 佐木が勝ち誇ったように歯を見せて笑うと、近藤は困ったようなホッとしたような複雑な顔で頷いた。


「そりゃ、おめでとうさん」


 祝福の意は全く籠っていない声だった。

 近藤は遺体の身元が判明したいきさつを話し出した。被害者の妹がネットに晒された画像を見たことから発覚したそうだ。無残な姿を見てしまった遺族の衝撃は大きかった。両親も妹もすっかり憔悴し、遺体の確認はかろうじて父親が行った。

 そして、司法解剖後、エンバーミングが施されることになった。

 エンバーミングとは、遺体に防腐処置や殺菌消毒を行い、また修復や化粧などを行って、できるだけ生前の姿に近づけるようにする処置だ。故人の最後の姿を、せめて安らかなものにしたいという思いからだった。


 車はゆっくりと速度を落とし、佐木のマンションの前で停車した。


「先輩、どもです」

「おう。ちゃんと食えよ」

「あ、まあ、なんとか頑張ってみますけど……」


 車を降りた佐木の手には、近藤から押し付けられたコンビニの袋が握られていた。おにぎりが2つ入っている。

 近藤は最近旨い定食屋をみつけたらしく、そこに佐木を連れて行こうとしていた。しかし断固拒否する佐木に負けて、コンビニで弁当を買い、ついでにおにぎりも仕入れてきたのだった。

 近藤を困らせて申し訳ないと思うし、気遣いもありがたいとは思う。BMIは遂に16を切り、病的な痩せだという自覚もある。

 だが、嘘偽りなく本当に食欲がわかないのだ。温かい食べ物の匂いがどうしても受け付けず、佐木は食事自体が苦痛になっていた。


「事件が落ち着いたら、俺の手料理食わせてやるから楽しみにしとけよ」

「何の罰ゲームですか」

「うるせえわ! 喜べよ!」


 怒鳴ったものの、近藤の目は穏やかで少し寂し気だった。

 佐木は去ってゆく車に軽く頭を下げてから、マンションに入っていった。



 部屋に戻ると、早速ラストサンクチュアリの過去ログの精査を始めた。花師がここに紛れ込んでいるとみて、会員の過去の発言を洗い直し花師候補者を絞るつもりだった。

 会員が何名なのかはっきりした数字は分からない。2か月ほど前、会員が40名を越えたとのアナウンスがあったので、それよりは増えているかもしれない。

 掲示板に参加しているのは、20名弱で、あとは佐木のようにあまり書き込みしないタイプだったり、ロム専なのだろう。

 よく見かける名前は、闇導師、ドグマ、death、リッパーリッパー、サイコさん、フローラ、だ。

 それから、書き込みが少ない割に印象に残るのは、屍、Poe、そしてサイト管理者のルシファーだった。

 ほかにも、低浮上の血塗られの盾や、アサシン、空飛ぶなまこ、ピンヘッド2世などがいる。総じて、リアルで名乗るのは恥かしい名前ばかりだ。

 この中で花師候補からまず除外するなら、deathとリッパーリッパーだろう。昨日の花師のターゲットは誰かというやり取りからして、花師が別人を装っているようには思えなかった。


 おにぎりを1つ取り出し、てっぺんをほんの少しだけかじった。美味いのか不味いのか、よく分からなかった。それに全部食べられる気もしない。

 普段口にしている、ショートブレッドタイプの栄養機能食品にしても、好き好んで食べているわけではない。死なないためには何か食べなければならないし、でも面倒くさいしで手軽に栄養を摂れそうに思ったので選んだだけだった。

 無感情におにぎりをちびちびとかじりながら、佐木は地道に掲示板の過去ログを辿ってゆく。古参メンバーの発言には特に気を配った。


「まあ、じっくり絞っていくとするか」


 仮に花師が今までロム専だったとしても、いずれ必ず書き込みをするだろう。某巨大掲示板で犯罪予告をしたくらいだし、自分の話題には敏感になっているだろうから。彼がいつ沈黙を破るかと、佐木はモニターを睨み続けるのだった。

 パソコンの前に座り続けたまま時計の針は深夜零時を回り、第4の事件発覚から3日目に突入した頃には、半分も食べていないおにぎりの米が硬く乾いていた。


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