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探偵スカルフェイスのザギ ―花の骸―  作者: 外宮あくと
第1章 深紅の薔薇が咲う

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第5話 ハードル

「俺の言ったとおりだ」


 佐木はしたり顔で笑った。


「てめえの書き込みに反応したとは限らねえ」

「まあね、アンカーがないから俺へのレスとは限らないけど。ってか、アンカーつけられなくて良かった。花師とやり取りしたzagiって何者って、スレ民に詮索されても困りますもんねえ」

「だったら、ハンドルネーム使うなよ」

「いや、だってzagiは餌のうちだから。まあ、これで花師は挑発すれば乗って来る奴だと分かったのは収穫ですよ」

「おい鳥居、本部に連絡しろ。それから画像を上げた奴の特定できたかも聞け!」

「はい!」


 命じられた鳥居は急いで電話をかけた。

 近藤はよしっと呟き、拳を握って、絶対捕まえてやると意気込むのだった。


「何言ってるんです? 特定なんてすぐには無理ですよ」

「ああん?!」

「いや、だって無理でしょ。踏み台使ったり、接続経路を秘匿したり、やってると思いますよ。俺ならそうしますもん」

「お前なあ!」

「俺に怒んないでくださいよ」


 カッカした近藤が佐木の襟首を掴んだところで、鳥居が電話を終えた。


「近藤さん、書き込みの件、連絡しました。それから、あの書き込み主についてはまだ調査中ですが、追跡は難しそうだと」

「ほらねぇ?」


 近藤は、けっと悪態をついて佐木を離すと、自分も電話をかけ始めた。

 聞き込みをしている部下に、薔薇だけでなく極楽鳥花を買った者がいないか、今後極楽鳥花を買いにくる者にも注意を払うよう、ガミガミと指示を飛ばしていた。やれることはとにかくなんでもやるのが近藤の信条だった。


「鳥居ちゃん、近藤先輩って暑苦しいでしょ?」

「…………。近藤さんにはとてもお世話になっていますので」

「返事になってないよ」


 佐木はワハハと笑った。そして、包みの中の最後のタバコに火をつける。が、鳥居が迷惑そうに咳込むので、肩をすくめて窓際に移動するのだった。


 てきぱきと指示を出す近藤を見ていると、昔が懐かしく思い出されてくる。あの事件さえ無ければ、自分は今でも警察の仕事を続けていただろうと思う。近藤と一緒に、花師を捕えるべく心血注いでいたかもしれないと。

 今、佐木が花師を追うのは、近藤のような真っ直ぐな使命感からではない。花師の、犯罪者の心理が知りたいからだ。快楽殺人を犯す者の心の内、考え方や行動や人となりを知りたい。いや、知らなければならないと思っている。

 そのためならどんな手を使ってもいいし、近藤を欺くことさえも厭わない。

 こんな自分はもうあの頃には戻れない。その思いが、佐木に少しばかり寂しさを感じさせるのだった。

 窓の外に向かってゆっくりと紫煙を吐き出し、その消えゆく先を見送ってから、軽く頭を振った。


――正攻法は先輩に任せるさ。俺は俺のやり方でやるだけ。


  佐木は電話を終えた近藤に向き直る。


「先輩、この花師事件、第1の事件に立ち返って被害者周辺をもう一度洗い直せませんか」

「……しかしなあ、今朝の遺体の件でてんてこ舞いなんだ。それに今回の現場からは、何か有力な手掛かりが掴めるかもしれんし」


 気の乗らない様子の近藤に、佐木は肩をすくめる。


「今まで、現場からは何も出なかったんだから、その期待はやめましょうよ。俺、思うんですけどね。一度超えたハードルは低く感じるけど、超える前は壁のように高く思える。ヤツも同じなんじゃないですかね。初めて一線を越えるときには、迷いや恐れもあった。でも、衝動や欲望のほうが勝り、殺人を犯した。そんな強い衝動を呼び起こす女が、ただの通りすがりの人間とは、俺には思えないんですよね……」

「被害者の知り合いに花師がいるというのか?」

「奴のほうで一方的に知っていたかもしれないですけど」

「言っておくが、ストーカーされていなかったかは調べたぞ。しかし、そういった話は出てこなかった。もちろん知人たちにも聴取した。が、容疑者と呼べる者はいなかったんだ」

「まあ、そうなんでしょうね。だからこそ、奴は捕まることなく、今も犯罪を犯している……」


 取っ掛かりを見つけるのは難しそうだった。

 佐木は、モニターの前に極楽鳥花と天雲の画像を並べて、じっと見つめた。さて、と考え込む。

 花師はなぜ質問に答えたのだろうかと。

 どんな短い書き込みでも、すればするほど警察に手がかりを与えてしまうことは分かるはずだ。それでも花師は、「極楽鳥花」と答えて来た。無視することもできたのに、だ。

 掲示板ではもう、花師が次の花を予告したと、やんやと騒いでいる。


――もてあそぶつもりか? さあ、もう一度組み立て直せ。イメージしろ。花師は何を考えた。


 3人目の被害者が出てから今日まで、約半年の期間が開いている。それまでの3件は約3か月おきだったのに。

 一体、何故なのか。

 殺人を止めようと、思いとどまっていたのか――いや、今日の行動からしてそれは無い。どう見ても、行動がエスカレートしている。

 仕事を持っていて、そちらが忙しかったからか――既に殺しの快楽を知ってしまってたヤツが、仕事を優先するとは思えない。

 ならば、次の犯行の準備をしていたのか――考えられる。今までの経験を踏まえて、最高の作品を作り上げるための準備期間だと考えることができる。充分に計画を練り、条件にあうターゲットの女を探していたのだ。いや違う、女たち、だ。

 初めから4人目の被害者と天雲はセットなのだ。予め天雲に目を付けた上で、4人目を殺害したのは明らかだ。ということは、挑戦状として使う女を見つけるのに時間がかかったのだろう。


 では、なぜ天雲なのか。どういう条件のもとに天雲を選んだのか。

 メジャーではないとはいえライブアイドルを選んだのは、すぐに彼女がどこの誰か特定することができて、世間を騒がせられるからだろう。

 しかし、それは諸刃の剣だ。

 実際、既に天雲は警察によって保護されている。マスコミを騒がすことはできても、予告通りに犯行を行うことは不可能になったのだから。


――まさか、それすらも想定していた?


 天雲の保護はまだ公表されていないが、もう察知しているかもしれないと思うと、 ぞくりと佐木の背中が震えた。最初の一手はこちらが取ったと思った。しかし、それが錯誤であったらと思うと、胃が縮むような気分になる。

 佐木は画面を睨むように見続ける。花師の計画の全体像を見極めようとしていた。

 大学のカフェテラスで、髪をかき上げ微笑む天雲愛美。ストレートの黒髪が美しい、愛らしい少女だ。今朝から何度となく見つめてきた画像だが、再度隅から隅まで舐めるようにじっくりと観察した。

 そして佐木はタバコに手を伸ばす。クリーム色の包み紙をくしゃりと握りつぶした。


「ちょっとタバコ買って来ます」


 そう言っておもむろに立ち上がった。

 近藤は、今日収集されたゴミの調査など、まだ指示を出している最中で、おうと頷くのみだった。

 佐木はひらひらと手を振って部屋を出ていった。

 マンションのエントランスを出ると、コンビニとは反対側の自分の部屋の窓が見える裏手の道に入り立ち止まった。そして、スマホを少々いじってから、電話をかけた。ツーコールで相手が出る。野太い声が、はいと答えた。


「よお野崎。俺だ」

『お久しぶりです』

「いきなりでスマンが、一つ頼まれてくれないか」

『はい。さっき、ザギさんが送ってきた写真の件ですね』

「ああ、大至急調べて欲しい」


 佐木はちらりと自分の部屋を見上げる。


「警察には極秘で」

『了解です』





 佐木の部屋では鳥居が、ムッと顔を顰めていた。佐木に対して、全くいい印象が持てずにいる。風貌のせいもあるのだが、人をくったような物言いが、どうしても受け付けられないのだ。

 それにコンビを組んでいるはずの近藤が、自分よりも佐木を相棒のように扱うことに、少々プライドを傷つけられてもいた。しかし、自分の経験の浅さが、近藤にそういう態度を取らせてしまうのだろうと思うと、何も言えないのだった。


「あの、佐木さんはなんで警察を辞めたんですか」

「ああ、まあ、とある事件に巻き込まれたっていうか、やらかしたって言うか、うん、まあ、自分で調べてみろや。このヤマが片付いたらな」

「……はい」


 ずっと難しい顔をしている鳥居を横目で見て、近藤はつぶやいた。


「それでもな、あいつは今でもちゃんと警官なんだって俺は思ってる」

「…………」

「それにしてもザギの奴、タバコ吸いすぎなんだよ。食いもんもこれだけなんて、信じられるか? 全力で自分の体潰しにかかってんのかって思うぜ」


 机の上の黄色小箱を、指でピンと弾いた。まだ、4本中1本の途中までしか食べていない。


「え、それだけ?」

「言っても聞かねえんだよ、あのバカ。鳥居からももっと食うように言ってみてくれや。若い女の言葉なら聞くかもしれねえ」

「どうでしょうね。……それにしても、少し遅くないですか? そろそろ行かないと解剖の時間に間に合わなくなります」


 この後、A大法医学教室に依頼している司法解剖に、二人とも立ち会うことになっていた。解剖に立ち会うのも大切な業務なのだが、鳥居は気が重い。不甲斐ないことだが、慣れるのにはまだ時間がかかりそうだった。

 鳥居は時計を見た。佐木が向かったと思われるコンビニは、このマンションから歩いて2、3分のところにある。もう15分以上過ぎていて、遅いと言わざるを得ない。

 そして、佐木が戻ってきたのは、それから10分後のことだった。


「遅い! お前が戻ってこないと、こっちは出られないじゃねえか!」

「先輩、相談なんですけど、どうしたら職質されなくなるんでしょう」

「またかよ。もっと飯を食え! 太れ! 筋トレしろ! そうすりゃ解決だ!」

「そんなぁ、無理ですよぉ。俺のことはいいから、花師を追えって、誰か全警官に号令してくれませんかねぇ」


 肩をすく答えることことなく、近藤たちは司法解剖に立ち会うために、バタバタと帰って行った。

 佐木は再びネットに張り付いた。夕方になり、テレビをつけると「花師からの挑戦状! 狙われたライブアイドル」と題して、ぼかしの入った天雲愛美の画像が映し出された。警察が彼女を保護したことを公表した途端、マスコミは一斉に騒ぎだしたのだった。

 どのチャンネルでも花師の特番をしていたが、内容は乏しい。せわしなくザッピングしているとスマホの通知音が鳴り、野崎の名が表示された。


「早いな。やっぱ優秀だねぇ」


 佐木は内容を確認する前から、満足げに笑っていた。


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