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探偵スカルフェイスのザギ ―花の骸―  作者: 外宮あくと
第1章 深紅の薔薇が咲う

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第1話 衝撃

――ほら、綺麗だろう。


 ラヴェルの調べを口ずさみ、深紅の薔薇を花器に挿してゆく。

 この器を見つけたときから、きっと赤い花が似合うと思っていた。花器の透き通る白と、薔薇の瑞々しい赤のコントラストは、想像以上の美しさだ。

 花1本1本にまでこだわった。幾つもの店を巡り、手に取り吟味して買い求めたのだ。最高の花器には、最高の花しか似合わないのだから。

 そう、作品の主役は花器なのだ。美しく愛らしいこの花器から、さらなる輝きを引き出し至高の美を完成させる、その手段として薔薇を生けているのだ。


 止むことなく脳内で鳴り響くボレロ。単調とも思える終始変わらぬリズムを身体で刻むうちに、それは喜悦の震えに変わってゆく。幾度も繰り返すメロディーが、次第に熱を帯び激しくなると共に、脊髄の中をグツグツと快感の炎が昇ってゆくのだ。

 素晴らしい出来だ。

 薔薇を手に取り花器を撫でる度に、下腹部が焼けつくように熱くなるのが堪らなく、いい。ぷすりと花を挿せば、尾てい骨の底からガツンと歓喜が突き上げる。


――さあ、お披露目だ。どうだいゾクゾクするだろう? 綺麗だろう? 見ているだけで……いいのかい?





『只今入ったニュースです。本日早朝、東京都Z区の雑居ビルの一室で女性の変死体が発見されました。遺体には薔薇が添えてあり、警察は昨年から続く殺人事件との関連を調べて……』


 テレビ画面の中で、女性アナウンサーが頬を強張らせていた。

 先ほどまで、側溝に落ちた子猫が無事救出されたニュースをにこやかに伝えていたのだが、突然手渡された原稿を見るや表情を一転させ、声の震えを抑えつつ読み上げたのだった。


「ナイスチョイス。丁度、薔薇の盛りだしね……」


 佐木涼介は目をギョロリと開き、口角を吊り上げた。

 ベッドから起き上がり、すぐ脇のローテーブルの前に移動する。同じ内容を繰り返すばかりのテレビには、もう見向きもしなかった。

 鼻歌を歌いながら素早くパソコンを立ち上げた。ニュースの検索をかける。速報が一つ上がっていたが内容はテレビと大差ない。時間さえ経てば情報は増えるだろうが、佐木はそれを待つ気はなかった。

 秘匿経路を使って犯罪情報満載のデータバンクにアクセスする。部外者である佐木が認証されないのは当然なので、裏から入らせていただくのだった。

 マルチモニターになっているもう一つの画面には、某巨大掲示板を表示させた。犯罪ネタに群がる物好きな連中が『花師』について語るスレッドをロムるのが佐木の日課だった。



名前:名無し 20**/05/29 08:05:04 ID**********

来たー花師っ!

名前:名無し 20**/05/29 08:05:11 ID**********

うおおすげ!久しぶりの家元降臨!この半年は充電期間ってやつかね花師再始動

名前:名無し 20**/05/29 08:06:16 ID**********

マジか!誰か写真載せないかな

名前:名無し 20**/05/29 08:07:25 ID**********

これで4人目警察ムノーすぎ


 下らない書き込みばかりだ。時間が経てば一連の情報をまとめたり考察する者が現れ、次に同調と反論の舌戦が始まるのだが。便所の落書きの中にも、たまに慧眼の持ち主が現れるのは興味深い。

 とは言え、今は速報を受けて騒いでいるだけなので、掲示板は一旦放置し、不法アクセスした犯罪データの宝庫に目を移した。

 画面に現れた文字を眺めて、ニッと笑う。


 警察庁広域重要指定事件『花師殺人事件』。


 約1年前から断続的に続く、バラバラ殺人事件だ。

 遺体を生け花に見立てているのか、切断された頭部と手足も、花と共に奇怪な形で胴体に《《生けられ》》ていた。

 酸鼻極まるおぞましい犯行。犯人は常人の神経など持ち合わせてはいないのだろう。誰が言いだしたのか、この異常者は『花師』などと呼ばれて世間の注目を浴びているのだ。


 佐木は最新情報を求めて不法アクセスしたのだが、お目当てのモノは見当たらなかった。チッと舌を打つ。欲しかったのは今朝発見された被害者の写真だった。

 佐木は、殺人事件の遺体写真を日々収集をしている。だが、遺体そのものを愛好しているのではない。遺体に残された加害者の暴力性や嗜虐性を眺めることが目的だった。

 被害者の遺体を通して、加害者の心の奥深くにどろどろと淀んでいるものを、佐木はじっと覗き込むのだ。常識的ではないが、人間観察といったところだ。


 と、スマホの着信音が鳴った。

『近藤』

 発信者名に佐木は思い切り眉をひそめる。まさか侵入がバレたのかと、またチッと舌を鳴らす。


「ども、先ぱ……」

『おいザギ! 見たか!』


 挨拶抜きで、野太い怒鳴り声が耳を殴りつけてきた。いつもながらやかましい男だと、頭を掻く。


「何をですか」

『ニュースだ! 花師がまたやりやがった!』

「ああ、見ましたよ」


 不正アクセスの話ではなかった。小さく息を吐いている間も、電話は大声でしゃべり続けていた。


『クソッ、非番なのに呼び出し食らっちまった』

「いいじゃないですか。先輩、仕事の鬼なんだし」


 ヘラッと笑うと、ギリギリと歯ぎしりが聞こえてくる。

 近藤は事件となれば、真っ先に飛び出していくバカのつく熱血漢なのだ。聞こえてくる雑音から察するに、今だって車で現場に急行中なのだろう。形だけの愚痴など吐いてないで、喜んで仕事してればいいと佐木は思う。


『なあザギ、協力してくれよ。2年前の幼女誘拐事件も、お前の助言のおかげで犯人を挙げられたんだ。今度もお前の考えをぜひ聞』

「いやいや、先輩」


 佐木は、近藤にみなまで言わせず遮った。

 あれは自分が推理した犯人像を、酒のつまみに少し話しただけのことだ。助言なんてものじゃない。それなのに近藤は、今度は花師の捜査に知恵を貸せと言うのだ。誘拐事件以降、なんだかんだと事件を持ってくるので迷惑しているというのに。

 とは言え、花師には並々ならぬ興味があり、既に佐木なりの犯人像は頭の中にある。話せと言うのなら話してもいいが、所詮は報道番組とネット情報、それから失敬してきた犠牲者の写真からの憶測だ。警察官である近藤に話してよいレベルとは思えなかった。そもそも、彼に協力するつもりでやったのではない。単なる趣味なのだ。


「俺は関わらないほうがいいんですって。ほら、何かの拍子で俺の名前が表に出たら、不味いっていうか、ねえ?」

『大丈夫だ、心配いらん』

「なんなんですか、その謎の自信は。俺は先輩らの心配をしてるんですよ?」


 うんざりして鼻をほじりながら答えた。

 佐木は、窓ガラスに映った自分の顔を眺める。頬はこけ、落ち窪んだ眼窩の奥で、目玉がギョロリと光っている。ほとんど肉は無い。まるで髑髏だ。元警官とは思えない容貌、犯罪者の顔だ。

 昔はこうじゃなかったのになと苦笑してから、まあいいかと伸びをして再び掲示板を眺めた。

 近藤は現場に到着したらしく、エンジン音が止まり乱暴にドアを閉める音が聞こえてきた。


『いいかザギ! 俺は知ってるぞ。お前がこの事件にめちゃくちゃ興味持ってるってな。犯人のことを、知りたくて知りたくてうずうずしてるんだ』

「いやぁ、それほどでもぉ」

『お前、警視庁(うち)のコンピューターに不正アクセスしてるだろ!』

「…………なんのことでしょう」

『とぼけるな。お縄にされたくなかったら、俺に協力しろ! そしたら見逃してやる!』

「古いなあ、いつの時代ですか、お縄って。それに勝手にそんな取引していいんですか?」

『つべこべ言うな!!』


 耳が痛いから大声を出すなと言おうとしたところで、佐木の身体が固まった。

 たった今、掲示板に現れた画像に目を奪われていた。

 無言で張られた一枚の画像。

 その衝撃。

 その悪意。

 一瞬の間をおいて、悲鳴が文字となって画面を埋めてゆく。スレ民たちの叫喚だった。


「……前に話した、例の掲示板見て下さい、今すぐ」


 喉がヒリヒリと張り付いて、佐木の声は低くかすれていた。

 電話の向こうで近藤も異変を察したようだ。


『今、見れねぇ。何があった?』

「被害者の画像が公開されて、あっ、また!」


 話している間に、2枚目3枚目と画像が上がってくる。騒がしいスレ民がついには沈黙してしまうほど、無残な遺体の画像だった。

 そしてソレが、警察の内部資料の流出ではないことに、佐木はとっくに気付いている。薔薇が生けられたソレは、鑑識が撮影したものではあり得なかった。


――花師だ。


『なんだと……』

「近藤先輩。宣戦布告ですよ、これは」


 食い入るようにグロテスクな画像を見つめながら、佐木は唇をキュッと吊り上げる。心臓が早鐘を打ち、久々の昂ぶりに武者震いしていた。


――あんた、面白いじゃねえか……。


『おいザギ。何笑ってんだ!』

「え?」


 無意識に笑っていたらしい。それ程に興奮していた。胸が躍っていた。

 近藤の言うとおり、佐木は花師に多大な興味を持っていた。惹かれていると言ってもいい。彼の最初の事件には、ほかの事件では感じなかった強い衝撃を受けた。この1年の間、花師という人間を読みとろうと夢中になっていたのだ。

 何度となく犯行現場を思い描き、彼が何を思うのか、何を感じたのか、想像を巡らせてきたのだ。

 ぜひ会って話してみたいのだ。


――ああ、できることなら……。


 その花師のほうから、こちらに近づいてきた。今の自分は、まるで憧れの人に会えて喜ぶ女の子みたいだなと、笑いが止まらなくなる。

 とはいえ近藤の手前もあって、佐木は懸命に笑いを飲み込むのだった。

 と、新たな画像が上がってきた。

 今度は遺体ではなく、愛らしい微笑みを浮かべる少女だった。髪をかき上げるしぐさをした少女の画像が、狂ったように何度もアップされてくるのだ。IDは先のものと同じだ。

 一体、これは何を意味しているのか、佐木は思考を巡らせる。

 無残な遺体の後の、生き生きとした少女の写真。送り主は殺人鬼。

 天啓のように閃いた。


「ハッハッハ! ナイスパフォーマンス!」

『ザギ?!』

「先輩、これは犯行予告ですよ。いや、それとも次の()()()()()って言いたいのか……」


 絶句する近藤の気配を無視して、佐木は笑う。


「おもしれえよ、最高だ。来いよ花師、遊ぼうじゃないか……」

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