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Nocturne 《夜想曲》  作者: Nebel
中継地点(リレーポイント)
9/15

第八楽章

 まぶたの裏が赤く見え、ウィルはゆっくりと目を開く。前日の夜にしっかり締めるのを忘れたのであろうカーテンの隙間からは、朝独特の白い光が入り込んでいた。大きく伸びをしてからベッドから抜け、カーテンを思い切りよく左右に開く。

 窓の外には、雲一つない空が広がっていた。


「よう、起きたのか」

「おはよう、フォルツァンド」


 枕元の棚の上で、ゆったりと足を組んでいるフォルツァンド。窓から体を向けると、彼の姿が視界に入る。その後ろにあるのは必要最低限の、しかし使いやすい家具のそろった小ぢんまりとした部屋。もちろんウィル自身の部屋ではない。

 のんびりと着替えを済ませると、丁度その時に入り口の扉が叩かれた。


「はい! 今いきます!」


 ベッドの横にかけてある鞄ごと楽譜をつかみ、部屋を出る。開けた所にはここ十数日で見慣れた、人懐っこい雰囲気をまとった青年が笑みを浮かべながら立っていた。


「おはようございます、エンフィさん」

「おう。んじゃ、朝ご飯食いに行くか」


 ウィルの肩の上にフォルツァンドが座り、三人はそろって食堂へと向かってゆく。




 *****




 ウィルがワサトに到着して、既に十数日が経っていた。接続者(リエズナー)として登録するにあたり、様々な審査や検査を受けなくてはならず、それらは昨日、ようやく終わったところであった。


「慌ただしかったけど、ここにももう、慣れたか?」


 テーブルを挟んだ向かいで食事をしているのが、ウィルの指導員であるエンフィ。ワサトについたその日から担当として就いてくれ、面倒な作業に混乱するウィルの手助けをしてくれていた。

 その頼もしさと手際の良さから、何年も指導員をやっているかに思える。しかし実はそんなことはなく、むしろこの春に接続者としての就学義務期間を終えたばかりなのだとか。

 そんなことを全く感じさせない彼は、自分のコップに水を注ぐのと同時に、ウィルのコップにも注いでゆく。


「あ、ありがとうございます。えっと、はい、少しは。目印もおぼえて、来たばかりのときよりも落ちつきました」

「それならよかった。……ああ、そういや村の子も来てたしな」


 村の子、というところでエンフィは楽しそうにくつくつと笑い、ウィルは思わず苦笑いを浮かべる。それが誰かと言えば……もちろんライアットだ。

 珍しく何の作業もない日で、ウィルがエンフィに街中を案内してもらっていた時のことだった。後ろから急に聞き覚えのある声がかけられ振り向くと、そこには汗だくのライアットが立っていたのである。

 確かにウィルが村を出る時、彼は「今度行ってやるから」と言ってはいたが……。


「僕も、ほんとに走ってくるなんて思わなかったです」

「すっごい体力あるよな、あの子。ちょっと忘れられねえよ、面白すぎて」


 肩を振るわせて笑うエンフィだが、その笑い方には馬鹿にした様子はなく、何か好ましいものを見つけた時の笑い方だ。それにつられ、ウィルも声を出して笑う。

 その時の彼は顔も真っ赤で汗だくであるにもかかわらず、普段と全く変わらない様子を装っていた。その様子が思い出すだけでもおかしくて――――そしてまた、心強かったのだ。


「あ、エンフィじゃん。久し振りー」


 いきなりかけられた声にはっと我に返ると、エンフィの後ろに誰かが立っているのが見えた。身長の割には長い白衣が特徴的で、ひらひらと気のない様子で手を振る動作は、気まぐれな人物像をうかがわせる。


「リエン? なんだ、本当に久々だな。また作業室にでもこもってたんだろ?」

「悪かったね。それが僕の仕事なんだから、仕方ないじゃん。……それよりも僕は、君の方がビックリだよ。指導員だっけ? じゃ、その子、君の初生徒? 君が人にものを教えられるなんて思わなかった」

「うっせーな。俺だって思わなかったよ。そんなこと言ったら、お前だって同じだろ」

「あっは、多分君より教えらんないかな」

「……そうだと思ったぜ」


 勢い良く続けられるやりとりに、ウィルは目を丸くしていることしかできない。そんな様子に気付いたのか、ようやくエンフィが話を止めた。


「悪いな、フィアールカ。こいつ、俺の同期なんだ。名前が……」

「はじめまして。僕はリエン=ティルク。君は?」


 エンフィの言葉を遮るように自己紹介をすると、すっと手を出すリエン。目を細めて笑うその顔は、どことなく猫を彷彿とさせた。ほんの少しだけ戸惑いながらも、ウィルはその手を握り返して挨拶をする。


「ウィル=フィアールカです。よろしくおねがいします」

「よろしく、ウィル君。あれ、でもフィアールカって……どっかで聞いたことがあるんだけど」


 何かを思い出そうと言うのか、首が傾げられる。そんなリエンに対して、ウィルはふと思いついたことを言ってみた。


「あの、家で野菜を作ってるんです。ワサトでも、売ってると思うんですけど……」

「……ああ! あれってウィル君ちだったんだ? 僕もいつも買ってるよー。すごく美味しいよね」

「わあ、ありがとうございます!」


 家の野菜を褒められ、満面の笑みで喜ぶウィル。それを見たリエンがさらに笑みを濃くしたため、どことなくほのぼのとした空気が辺りに広がった。

 そんな二人に、エンフィが困ったように声をかける。


「……おい、それよりリエン、お前さ……」

「ん? て言うか僕、まだ作業があったんだ。せっかくだけど、話は今度。――――またね、ウィル君。エンフィも」


 そう言うと、そのままテーブルを離れるリエン。食事を終えて席を立つ人波の間を、器用に縫って消えてゆく。

 現れ方も立ち去り方も、どちらも突然だ。ウィルもエンフィもその消えていった方をしばらく見つめていた。ややあってエンフィが深いため息をつく。


「……まったくあいつは……。ま、いいや。俺たちも片付けて動こうぜ。――――今日から本格的に力の使い方を教えてくからな」

「あ、はい! おねがいします」


 食堂内の人数はさっきよりも減っていて、動きやすい。その間に二人は空っぽになった食器を返却口に置き、食堂を出た。


「じゃあ、今日は初めってことで、資料棟に行くぞ。……自分の力を、理解しねーとな」



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