第五楽章
次の朝。
「おはよう!」
普段通りに起きて階段を下りると、いつも通り、朝御飯のおいしそうなにおいがする。台所には、クーシュの姿。これもまた日常の風景だ。
鍋をかき回す彼の横に立って、人数分の食器を出す。それが、食事の時のウィルの仕事である。
「あ、おはよう、ウィル。体調はもう大丈夫?」
「うん、もう平気。今日のメニューはなに? 昨日ごはん食べてないから、すごくおなかすいてるんだ」
「セノーラとバタのスープだよ。バルが今朝畑でとってきたやつ」
セノーラはこちらの世界のニンジンを、もう少し臭みなく甘くした野菜、バタはジャガイモに似た穀物と考えてもらえばいい。どちらもウィルの大好きな野菜だ。
「わぁ、おいしそう! ……そういえば、おとうさんは?」
「いつも通り、向こうに座ってるよ。ウィルもテーブルで待ってて。もう少しでできるから」
「うん、わかった」
食器を持ったまま、言われたとおりにテーブルへと向かう。すると、既にテーブルに着いていた父が、爽快感あふれる挨拶をおくってきた。
「おはようさん、ウィル。昨夜はよく眠れたか?」
「おはよう、おとうさん。クーシュのお茶でほっとして、そのまま寝ちゃったんだけど、すっごくすっきりしたよ」
「そっか。それはよかったなぁ」
バリエント=フィアールカ。
彼に会ってまず目をひくのが、その日に焼けた精悍な顔と、農作業で鍛えられた体つきである。豪放磊落を地でいく彼は、ウィルにとって頼れる存在であり、幼いころから憧れであった。
食器を各自の場所へと置き、ウィルも自分の席へと座る。ふと父の方を見ると、彼が面白そうに自分の肩辺りを見ていることに気付いた。その視線を追って見てみると、いつの間にか、フォルツァンドが座っている。あまりにも自然にいたために、思わず声をあげそうになるのを必死で抑える。
「ふぉ、フォルツァンド……いつからそこにいたの?」
「ん? 下りてくる時には、もうここにいたぜ?」
そんなに初めからいたことに、まったく気付かなかった。……と言っても、彼には全く重さというものを感じないので、それも仕方がないのかもしれないが。
「そいつがウィルとつながった精霊か。名前はフォルツァンド、でいいんだよな?」
「ああ。よろしくな」
「……。もう、びっくりした……。……あ、フォルツァンドの分のお皿も出さないとだね」
ここにいるからには朝ご飯を食べるのだろうと、再びクーシュの横へと皿を取りに行くウィル。普段急な客用に使っているそれは精霊である彼には大きかったが、それ以上小さい皿も見つからないので仕方なく持っていく。
フォルツァンドは自分の前におかれたその皿を、しばらく何とも言えない様子で眺めていたが、結局何も言わなかった。
「はい、できたよ」
それほど間を置かずに、クーシュが鍋を持ってテーブルへとやってきた。そのまま流れるような手つきでスープをよそっていたが、フォルツァンドの皿によそる時だけは一瞬動きが止まる。が、やはり何も言わずに、静かによそって彼の前へと戻した。
「……。……じゃ、食べようか」
「う、うん。いただきまーす」
なんだかやたらと申し訳ないような気がしたが、空腹に堪えられなくなりかけていたので、気にせず食べ始めることにした。ベースの味付けは塩なのだろうが、しょっぱいだけではなく、さまざまな味が織り交ざっている。さらには、そこにフループというバタを練って蒸したものをつけて食べると、また違った美味しさが味わえる。
前日の夕飯を食べなかったという事実も手伝って、ウィルは何度もお代わりをした。
「ごちそうさまでした」
「よく食べたね、ウィル。多めに用意していてよかった」
ウィルが食べ終わるのを楽しそうに待っていたクーシュが、全員分の皿を集めて流しへと運んでいく。それと同時に、その他の食器類を持ったバリエントが立ち上がり、やはり流しへと持って行った。洗いものは、彼の仕事である。
バリエントが食器を洗っている間に、ウィルはテーブルの上を片付け、拭いておく。自分の仕事をすべて終え、何かすることはないかと考えていると、クーシュに呼ばれた。
「悪いんだけど、このメモに書いてあるものを買ってきてくれる? もう大分なくなりかけてるんだけど、俺もバルも、今日からしばらくいろんな家の手伝いに行かないといけないんだ」
ウィルの村では、農業が盛んである。そして、その味は大きな農業都市にも負けず劣らずだといわれているのだ。遠くの町から直接買いに来る人もいるほどだ。
そのため村のほとんどの家が農家であり、忙しい時期には、その作業をお互いに協力し合うことも多い。また、その時期になったのだろう。
余談だが、村の中でも一番うまい作物を作ると言われているのが、ウィルの父、バリエントである。どんなに野菜嫌いな子供でも、彼の作ったものならば平気で食べられるのだとか。
ウィルはもともと好き嫌いの少ない子供なために真偽のほどは分からないが、彼の家の畑作業には、他の家以上に人が集まるという話は事実である。手伝いに来るのに、「秘訣を盗みに来たぞー」なんて言う人もいる。冗談なのか本気なのかは分かっていない。
それはともかく、この時期が忙しいことはウィルもよく知っているので、ためらうことなくうなずいた。
「よかった。助かるよ」
「ううん。僕もちょうど出かけようと思ってたから」
起きた時から、ライアットの所へ行こうと決めていた。フォルツァンドには「しばらくすれば大丈夫」と言われてはいたが、やはり自分の目で確認しないと落ち着かない。
店はちょうどライアットの家までの通り道にあるので、帰りにでも寄るつもりだった。
クーシュからメモと財布を受け取り、足早に二階へと上がる。部屋に置いてある鞄をつかんでその中に渡されたものを入れ、何となく楽譜も入れて、再び階下へ。
……そのまま玄関を出ようとしたところで、今度はバリエントに呼び止められた。
「悪いな。……朝ご飯の時に、言い忘れててな」
「いいよ、べつに。どうしたの?」
「ああ、接続者のことなんだが――――」
「……え」
予想もしていなかったバリエントの言葉に、ウィルはただただ目を丸くした。