第一楽章
「わあ、きれいな音……」
校舎外のごみ捨て場で、ウィル=フィアールカはふと足を止めた。
近くの音楽室から、誰かが練習しているのだろう、流麗なピアノの音が流れてきている。
たくさんの音が現れたり消えたりしながら旋律を作り上げてゆく。それにすっかり聞き入ってしまっていた彼は、後ろに人が来たことに全く気がつかなかった。
「ウィールっ!」
「わあっ!?」
いきなり背後から聞こえた大声で、ウィルは冗談でなく飛び上がってしまう。
慌てて振り返ってみると、そこには楽しそうな友人の姿があった。
「ライアット! 何するのさぁ……心臓止まるかと思った……」
「ウィルがこんなとこでぼーっとしてるからだろ。ごみ捨てに来るだけなのに、どんだけ時間がかかってんだよ。早く捨てて、遊ぼーぜ!」
言うが早いか、ライアットはウィルの手にあったごみ箱を取り上げて、あっという間に戻ってくる。ウィルが追いかける間もなかった。
「ありがと、ライアット」
「べっつにー。ほら、早く体育館にいこうぜ。みんな、もう行っちまってるぞ」
「うん。……うわっ!」
ごみ箱とウィルの手を一緒につかんで、ライアットが再び走り出す。もともとのんびり屋のウィルは、そのあまりの勢いに、転ばないようについて行くのが精一杯だった。
体育館は、昼休みだけあって凄く賑わっていた。ウィルもその例に漏れず、ライアットと共にその賑わいの輪の中にいる。
よく見られる、いつも通りの昼休み。
しかし、そんな時間は唐突に終わりを告げた。
*****
走っていたウィルの頬に、ふわり、と風があたった。
「あれ……?」
思わず動きを止めた彼を見て、横を走り抜けたライアットが不思議そうな顔をして戻ってくる。
「どうしたんだよ。止まってると、捕まるぜ?」
「う、うん。そうなんだけど、今の風……」
頬に当たった時、気持ち悪かった感じがした。
周りでは、多くの人が走り回っている。それによって風は起きるだろう。
けど、それとは何か違う。
「違う……? どう違うんだ?」
「んー、僕もよく分かんないけど、なんか、すごく、嫌な感じ……かな」
不安げな顔のまま、ウィルはあたりを見回した。皆、楽しそうに遊んでいる。
彼の他には、不審に思った人間はいないようだった。
「……気のせいだったのかな……」
「俺は感じなかったぜ――――うわっ、何だこれっ」
いきなり、体育館内に突風が巻き起こった。
体育館の入り口はしまっていて、風が入ってくるはずはない。しかも、窓から外を見ても、木々は全く揺れていない。つまり、体育館の中だけに、風が起こっているのだ。
気を抜くと飛ばされてしまいそうな強さに、あちこちで短い悲鳴が上がる。
しかしそれもつかの間だった。風はすぐに止んだのである。
皆がほっと安堵し、何だったのかと首を傾げていると、体育館の真ん中程で、さっきとは比べ物にならないほどに鋭い悲鳴が上がった。
「今度は何だよっ!?」
「……ラ、イアット、あれ……!!」
声が震え、恐怖が全身に襲ってくる。頭から血の気が引いて行くのを感じる。
動かない腕を、強張る指を何とか動かし、やっとの思いである一点を指し示す。
ウィルの示す方向を見たライアットの目が、驚愕で見開かれた。
「魅縺……っ!!」