第十一楽章
激しい流れの音楽と、時折入り込む金属を合わせる音。片方は小刀を構えたエンフィで、もう片方は人と同じ大きさのフォルツァンド。
ピアノを弾いているのは、もちろんウィルだ。
「うん、強さはそこそこあるんだな。……よし、ファッカ! フィアールカの方を狙え!」
声と同時に投げられる小刀。それに並走するように、さっきまでエンフィの側にいた精霊も飛び出した。
あと少しでウィルに届くというところで、フォルツァンドが横から弾き飛ばす。
きん、という硬い音に続いて、小刀が床に落ちる音が響いた。
「……フォルにい……痛いぃ……」
「うぅ……しょーがねーだろっ!! 弾かなきゃ、ウィルに当たるだろーが!」
「……エンフィ、本気でって言ったぁ……」
いきなり指名をされたエンフィは苦笑いをしながら、泣きそうな声で言い募る精霊を回収し、今だ一心不乱に弾き続けているウィルのもとに向かう。
「ある程度分かったから、もう止めていいぜ。――――お疲れ様」
*****
時間は少しさかのぼる。
いつもと同じようにエンフィと朝食をとったウィルは、今までとは違う場所に連れて行かれた。そこは教育棟内の、学校にある体育館のような場所。しかし大きさは学校のものが四つほど楽に入ってしまうほどで、一番奥から入り口まで戻ってくるのさえも大変そうだった。
その大きさに呆気にとられているウィルに、エンフィが説明をしてくれる。
「ここは訓練場。他にもいくつかあって、力の使い方について教える時に使う施設なんだ」
その言葉に周りを見まわしてみると、確かに壁や床に、いくつもの細かい傷が入っている。中には壁の一部だけ色が変わっているような場所もあったりして、いつかそこに穴が開いたのだということが、はっきりと分かるような場所もある。
長い間多くの接続者に使われ続けてきたんだと思うと、感動さえも感じられた。
「で、今日から本格的に力の使い方についてやるわけだけど、フィアールカの媒体は『楽譜』でいいんだよな?」
いつの間にか自分の世界に入り込んでしまっていたウィルは、エンフィの声にはっと我に返る。彼の言葉に条件反射でうなずきかけ、ふとあることを思い出した。
「あの、ピアノってありますか?」
一番初めにつながった時も、学校での時も、どちらもピアノの音を介していた。そう考えると、媒体は楽譜で間違いないのだが、つながるにはピアノが必要そうである。
それを伝えると、エンフィは少し考えた後で首を傾ける。どうやらあるにはあるが、訓練場内ではなく、同じ棟の少し離れた所にあるようだ。運ぶには重く、人手が必要だ。
「ピアノ以外だと、つながれないのか?」
その質問に答えたのは、フォルツァンドだった。彼が言うには、方法はもういくつかあるという。
まず一つ目は、楽譜を歌うこと。
うたうと言っても「歌詞」がついているのではないため、音程を声で表現する、という意味である。文字で書かれていることを音にして表すというのは、ピアノでも声でも変わらない。同じように、慣れれば他のどんな楽器でもつながることはできるようになるのだとか。
けれど、これには欠点がある。
「音の重なりが表現できねーから、結果的に俺らの力は落ちるんだよ」
ピアノでは音の重なりがある。右手と左手が別々のメロディーを弾くことでできる重なりや、いくつかの鍵盤を同時にたたく『和音』という重なりなど、それらは曲の表情を豊かにし、より深みのある音を作り出すのだ。
しかし他の楽器で奏でることができるのは、一つの旋律だけ。演奏できる音が少なければ、曲の表現も当然制限されてしまう。その結果、精霊たちとのつながりも弱くなってしまうのだ。
では、もう一つはというと。
「……なあ、ピアノが置いてある部屋って、そこで弾いてもいいのか?」
彼は二つ目の方法を言う前に、エンフィに向けてそんな質問をした。どうやらその場所で、もう一つの方法を実践させたいようだ。エンフィもそれに賛成し、その部屋が他の人間に使われていなかったら、という条件はあるながらも、そこに向かうことになった。
*****
部屋はちょうど使っていないようで、中には誰もいなかった。三人は部屋の真ん中に置いてあるピアノにまっすぐ近づき、はじめにウィルとエンフィの二人で重さを確かめてみる。
もちろん持てるはずもなく、ほんの少し浮かぶことさえもなかった。
「楽譜を開いてみな」
フォルツァンドに促されるままに、楽譜の表紙に手をかける。今まではそれを引き上げると決まって『剣舞』という曲のページが開いたのだが、今回は違った。『剣舞』より前にある、全く新しい楽譜が開いたのだ。
一見なんて書いてあるのか分からないタイトルだが、ウィルには読むことができた。
「えっと……『旅立ち』……?」
「ご名答」
どうやらそれは、大まかに「強さ」を強化するための曲なのだという。短い旋律を繰り返すことによって、対象者の強さを何倍にも上げることができる。……もちろん接続者がつながっていられる範囲で、の話だが。
効果の範囲は、自分と対象者一人のみで、奏者が認識できる範囲にいる者だけ。フォルツァンドの持つ曲の中では、一番簡単なのだとか。
「後はそれを弾くだけだ。……ま、やってみればわかるって」
普段と全く変わらない方法に、ウィルが困ったような表情を浮かべる。けれどフォルツァンドに促されるままに、鍵盤に指をかけた。