第九楽章
今ウィルが所属しているのは、大陸接続者教育研究機構――――通称“中継地点”――――という、名前の通り接続者に関する全てのことを一手に引き受けている、王家直轄の組織である。ワサトの少し外れの方にその建物はあり、私たちが思い浮かべる一般的な大学以上の規模の敷地や設備を持っている。
敷地内は目的別に、接続者の育成に関する教育棟、研究に関する研究棟、膨大な数の資料を所蔵する資料棟、所属者の生活のための居住棟の四つに分かれていて、それぞれの役割をこなしているのだ。
そして今ウィルとフォルツァンド、エンフィの三人は、資料棟の中にいた。
「うわぁ……すごい……」
首が痛くなるほど上を見上げても、一番上まで見えないほどに巨大な部屋。いくつかの階層に分かれ、どの階にもほとんど隙間がないくらいに本棚が置かれている。もちろん棚の中には数々の資料が詰め込まれ、抜き出すことができるのか心配になるくらいであった。
「ここの大資料庫が一番蔵書量が多いんだ。棚の間で迷うやつもいるから、気をつけろよ?」
「は、はい……」
その大きさと多さにすっかり圧倒されてしまっていたウィルだが、エンフィの言葉に慌てて彼のすぐ後ろまで距離を詰める。一方のエンフィはよどみない足取りで林立する本棚の間を抜けてゆく。しばらくして、ようやく彼の足が止まった。そして一冊の本に手を伸ばす。
それは妙に分厚く、巨大な本だった。間違っても、普通の本と同様に手に持って読もう、などと考えられるものではない。
背表紙に書かれているのは「媒体とそれに内在する精霊に関する資料」という文字。エンフィはそれを小脇に抱えると、近くにあった机へと向かった。
「さて、と。ここでいいな。フィアールカ、そっちに座ってくれ」
ウィルが指示通り対面に座ると、一つうなずいて話し出した。
「じゃあ今日は最初ってことで、まずは力の『属性』についてだ」
「『属性』……?」
精霊は現世界の全てのものに宿り、個々に特殊な力を持っている。そのため、それぞれの接続者が使う力も様々だ。しかしそれらは、大まかに攻撃、防御、補助の三つに分けることができる。
攻撃属性に分類されるのは、“接続者自身が戦うことができる力”。分類されたほとんどを武器を使う接続者が占める。
防御属性には、“戦うすべは持たないが、他からの攻撃を軽減、もしくは無効化できる力”が分類される。ここに入るのも基本的には同じで、盾や防具を使う者が多い。
そして、その二つに当てはまらない者全てが補助属性に分類される。
「補助の中にもいろんな力があるけど、余りにもばらばらで分類しきれないんだよな。……まあ、それはいいとして、本題はここからだ。――――自分が何の属性か、今の説明から分かるか?」
聞かれて、ウィルは少し考えを巡らせる。
持っている媒体は楽譜。そしてフォルツァンドは強さの精霊である。
「えっと……補助属性……あれ? でもフォルツァンド、魅縺と戦えるよね?」
「んあ? ああ、あれは特別。基本的には補助属性だぜ」
基準となるのは“接続者自身が”戦う手段を持つか持たないか。その点から判断すると、ウィルは補助属性となる。
エンフィはウィルに正解、と告げると笑いながら付け足した。
「最近は補助の中でも細かく区分けすることもあるらしいけど、今はまだそこまで覚えなくていいぜ。……ちなみに俺は攻撃属性で、さっき会ったリエンは補助属性な」
「エンフィさんの媒体って、“小刀”でしたよね?」
「そ。一応、投擲用な。投げるやつ」
ふと、以前エンフィの精霊と会った時のことが浮かんできて、思い出し笑いをしてしまう。そのままちょっと横を見ると、フォルツァンドがげっそりとした表情をしていた。ウィルの様子とフォルツァンドとを交互に見たエンフィも、何やら合点が言ったように苦笑いを浮かべた。
「あー、今日はファッカを呼んでねーから、安心しろよ」
「……頼むから、名前も言わないでくれ……」
ファッカ、というのはエンフィの精霊の名前である。
フォルツァンドの疲れ切った様子に、エンフィは一度「悪かったな」と謝って、話を再開した。
「じゃあ次は、フィアールカの媒体と、精霊の力について、だな」
「はい」