第112話 旅立ちの準備だが
山形家は引っ越し準備の真っ最中だった。メイコも副主将の座を既に後輩に
譲った後で、部活動もとっくに切り上げていた。
「お父さん、今度はどこに行くの」
「北海道だ。エゾ松の老木からSOSが来た。病害が広がっているそうなので
食い止めて欲しいって」
「北海道か、いい所だね。力が付く場所だ。着いたらすぐ森に入るかな」
不死者達と自然は切っても切り離せない。不死者達を殺したければ自然を、緑を
全て薙ぎ払えばいい。しかしそれは人類の破滅も意味している。彼らは地球その
ものと切っても切り離せない縁で強く結ばれている存在だ。
「お父さん、その後連中はどうしてる?」
「大人しく作業をしてるよ。ちょっと不気味だけどね」
「奈落?」
「そう。太田君、子飼いだったろ、やけに簡単だと思ってさ」
「廃人の町からは抜け出せないんでしょ?」
「人間ならね、でも奴らは違うから。そうそう、太田君が言ってたよ羽生君の事」
「えっ、何て?」
「うん、お前を選ぶってさ」
「へー、そうなんだ」
にっこりと笑うメイコ。メイコにとっては嘘でも、根拠が無くてもそれはそれで
嬉しい言葉だった。
明日は父と連れ立って退学届けを出しに行く日、9月末日をもって退学する旨を
伝える日。メイコは寂しさで満ちている。
キー、カチャン。カツ、カツ、カツ。
午前7:30分。朝練がある訳で無し、だけど早めに登校するメイコ。
街路樹のスズメ達がチュンチュンと語り掛ける、お疲れ様、お疲れ様。
「ああっ、そうだね。この街にやり残した事は無いよね・・・・」
夏休みを含めればまだ2か月ほどあるが、時間の経過なんてあっという間だ。
9月に入れば、その日は加速度的にやってくる。
通学路の情景を一つひとつ噛みしめて登校するメイコ。
目からすっーと、一筋の涙がこぼれた。
【おはよう、おはようございます】
朝、早めに家を出たメイコ。静まり返った校門を想像していたが、意外にも
生徒達と出迎えの先生達でごった返している。
暑さ対策からなのか、夏の登校は皆少し早めの様だ。
そして、メイコもその中に身を置く。その時、何人か前に貞光を見つけた。
久しぶりに見る貞光の姿。声を掛けようか掛けまいか、胸がドキドキする。
同時に瑞穂の姿があるか無いか確認した。
(いない、よし声を掛けよう)
その時、メイコの横を人影が通り過ぎた、瑞穂だ。
「貞光君おはよう!」
ピタリと貞光の横に張り付き、チラリとメイコを睨む。
「ああ、おはよう瑞穂」
そう言って瑞穂の方を向いた貞光の横顔を見て、メイコは愕然とした。
(なんだあの生命力のかけらも無い表情は・・・全く生気が無いわ)
メイコは直ぐに2人を凝視した。
すると瑞穂のどす黒いオーラが貞光をすっぽりと覆いつくしている様が見て取
れた。貞光は見るからに苦しそうで、でも瑞穂はその事に気付いていない様だ。
(何だ?あれは)
メイコは立ち止まり電話をかけ始める。
「もしもしお父さん、夕方こっち来るでしょ。退学届けは出すけどあたし暫く
こっちに残るね。えっ、理由は会った時に話す、それから叔父さんに招集か
けて。大至急相談したい事があるの・・・うん、よろしくね」
職員室に行くのは午後4:30の予定だったが、何事が起きたのかと随分早く
翔一が姿を見せた。珍しくスーツ姿だ。着なれない服装とネクタイ、結び目が
気になるらしく頻繁に手をやる。
スーツのデザインも80年代で止まっていて、肩パットにワイドラペル、パンツ
もワイドだ。狙って着たのならおしゃれにも見えるが、そうじゃないのでどうにも
しっくりこなかった。
「お父さんこっちこっち。あれ見て」
メイコが父を連れて来た先には、貞光と瑞穂がいた。
「何だい貞光君か・・ん? 随分と疲れてるな、生気がまるで無い」
「凝視して。瑞穂を見て!」
それは翔一も初めて見る現象だった。だが一つ確実に言えるのは、このままの状態
が続くと貞光の命が尽きる可能性がある事だった。
「何だと思う? 奈落かしら?」
「いやー、俺も初めて見る・・・隼人には連絡してある。今夜来るそうだ」
ほんの束の間かも知れないが、また貞光を見守る事が出来る。
メイコの心の中に巣作っていた寂しさは、いつの間にか消えていた。




