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夫の好きな人  作者:
3/3

二人の気持ち

結婚してしばらく経った頃、私はあることに気づいてしまった。

——叶多は、真琴に特別な感情を抱いている。

最初は気のせいだと思った。

けれど、3人でいるときに叶多が真琴へ向ける視線。

自分に向けるそれとは、明らかに違っていた。

真琴が何か話せば、叶多の目は無意識に彼女を追い、自然と表情が柔らかくなる。

真琴が笑えば、それにつられるように叶多も微笑む。

些細な仕草や言葉に、一喜一憂しているようだった。

——私にそんな目を向けたことが、今まで一度でもあっただろうか。


一度それに気が付くと、過去の記憶が次々と蘇る。

結婚報告をした頃から、真琴は頻繁に私たち2人に会いに来た。

結婚後も、何かと理由をつけて家に遊びに来る。

そして、叶多はそれを拒むことは決してなかった。

むしろ、嬉しそうにすら見えた。

疑いが確信に変わっていくにつれ、私の胸にじわりと広がるものがあった。

——これは、嫉妬だ。

真琴と叶多と私とのいわゆる三角関係という現状に、私は愕然とした。


——真琴が好きなら、どうして私と結婚したのだろう。

何度そう思っても、叶多への想いを捨てることはできなかった。

別れるなんて、考えられない。

それなのに、真琴はしょっちゅう家にやって来る。

そのたびに、叶多が彼女を見つめる姿を目にするのが辛かった。


だからといって、いきなり真琴を遠ざけることもできない。

叶多に「気づかれた」と思われたくなかったし、第一、真琴自身は叶多の気持ちに気づいていない。

——彼女は、旦那さんのことで頭がいっぱいだから。

2人で会えば、決まって真琴はのろけ話をする。


真琴は、自分に向けられる好意に鈍感だ。

旦那さんのアプローチにも気づかず、告白されるまで、自分の片思いだと思っていたらしい。

そんな真琴に、叶多の気持ちを伝えるわけにはいかない。

知れば、きっと関係がぎくしゃくしてしまうだろう。


——まさに、八方塞がり。


抜け出せない状況の中で、私は少しずつ心が疲弊していくのを感じていた。

……どうして、私じゃダメなんだろう。

何度も自問した。

別れることも考えた。


でも、叶多の優しさや笑顔に救われる自分がいて、どうしても離婚を決断することはできなかった。

真琴はよく、「叶多さんって本当に優しいよね。あなたが羨ましい」と言う。

その言葉に、私は複雑な思いを抱きながらも、ただ微笑むことしかできなかった。

真琴は何も悪くない。

——それでも、彼女への嫉妬はどうしようもなかった。




今日は、二人とも休みだった。

せっかくだからドライブをしようということになり、車で1時間ほど走ったところにある展望台までやってきた。

平日の昼間ということもあり、周囲にはほとんど人がいない。

展望台に上ると、澄んだ青空の下、遠くの景色までくっきりと見渡せた。

——次は、夜に来てもいいかもしれない。夜景もきっと素晴らしいだろう。

そんなどうでもいいことを考えながらも、私の心は緊張ではちきれそうになっていた。

この場所なら、きっと勇気を出して、向き合えるはず。

目の前に広がる景色が、背中を押してくれるような気がした。


ずっと聞きたくても聞けなかったことを聞く。

「……真琴のこと、好きなんでしょ?」

叶多の横顔が、一瞬で強張る。

「なのに、どうして私と結婚したの?」

その言葉に、彼は驚いたようにこちらを振り向いた。

目を大きく見開いている。想定外の質問だったようだ。

展望台の上で、時だけが静かに流れる。


沈黙が重い。遠くで風が木々を揺らす音が響く。

やがて、叶多はゆっくりと口を開いた。

真剣な顔つきだった。

「……君の想像していた通り、真琴が好きだった。真琴が入社した頃からずっと」

静かに始まった告白に、やはりと思うと同時に、悲しみが押し寄せる。

「でも、告白しようと思っていた矢先に、俺の同期と付き合いだしたんだ」


「……」


「それで、自暴自棄になって、上司の勧めるままに君と結婚した」

私は心臓が締めつけられるような感覚を覚えた。

——やっぱり、私は……代わりだったんだ。

「まさか二人が友達だったとは思わなかったよ。世間は狭いな」

苦笑交じりに叶多は言うが、私はその言葉をどう受け止めていいのか分からなかった。


「真琴は会社を辞めたし、同期とはいつも顔を合わせるわけじゃない。俺自身が結婚したら、すぐに忘れられると思っていた」

「でも……忘れられなかった?」

問いかけると、叶多は微かに眉を寄せる。

「君に会いに、真琴はしょっちゅう家に来る。忘れたいのに、忘れられなかった」

——やっぱり。今も忘れられないのね。

そう思った次の瞬間、予想外の言葉が耳に飛び込んでくる。

「でも、そんな時に君が男と話しているのを見た」

「……え?」

「弁当を持って行った時のことだ」

叶多は、遠くの景色に目をやりながら、静かに続ける。

「あの時、胸がざわついて……正直、戸惑った」

その言葉の意味を、理解するまでに少し時間がかかった。


「……どういうこと?」

「今日、ようやく気づいたんだ。俺は君が好きだって」

緊張で顔をこわばらせながらそう言った叶多の手は、不安げに膝の上で握りしめられていた。

私の胸が、トクンと高鳴った。

「……どうして、すぐに言ってくれなかったの?」

少し間を置いて問いかけると、叶多はゆっくりと視線を戻し、苦い表情を浮かべた。


「君が気付いているとは思っていなかったし……自暴自棄になって結婚したなんて、言えなかった」

「ほんと……バカなんだから」

涙を拭いながら、私は微笑む。

叶多は、ほっとしたような表情を見せると、そっと顔を近づけた。

――静かに唇が重なる。

風が2人を優しく包み込んでいた。




今日も真琴が遊びに来た。

夫婦そろって玄関で出迎える。3人でリビングへと向かう。

いつもと同じようにテーブルにつく。

——でも、今日はいつもと同じようでいて、全く違う。

これまでとは、全く違う気持ちで真琴に向き合えている。

いつもの胸を焼くような嫉妬心は、もう感じない。


代わりに、心の奥からじんわりと温かい感情が広がる。

「……あれ? 有希、なんか嬉しそうだね?」

不意に、真琴が首をかしげる。

「分かる? いいことがあったんだ」

そう言うと、真琴が興味津々といった表情で身を乗り出す。


「えっ、何なに?」

その瞬間——

「おい、何も言うなよ!」

叶多が慌てて私を制止する。

「ふーん? あんたたち、本当ラブラブだね」

真琴は半ば呆れたように言いながらも、どこか楽しそうに微笑んだ。

「でしょ?」

「だろ?」


二人の声が、ぴたりと重なる。

思わず叶多と目を合わせる。つい、ふっと笑ってしまった。

こんな風に笑い合えるなんて、以前の私には想像もできなかった。

「はいはい、お熱いことで。私もそろそろ、愛しの旦那様のところに帰ろうかな」

真琴は苦笑を浮かべながら、椅子の背もたれを引くと、席を立った。


私たちは、二人そろって彼女を玄関まで見送る。

「じゃあ、またね。お邪魔しました」

「うん、また来てね」

「真琴も、ちょっとは料理頑張れよ。この前、飲みに行ったときに、うちに来た時の話になって、真琴の手料理の話をしたら、お前の旦那が、そんな訳ないって。お前が料理下手なこと、同僚みんなにばらしてたからな。そうそう、見栄はった罰として、一週間後の日曜に、あの時のメンバーに手料理振る舞えってさ」

「え〜!? そんなの無理だよ!」

真琴は顔を真っ青にすると、額に手をやる。

「ちなみに、有希の手助けは禁止だってさ」


「……どうしよう、有希〜!」

「……特訓がんばろっか」


真琴は小さく悲鳴を上げながら、肩を落とす。

もう、真琴に対する嫉妬心で心を乱されることはない。

叶多が私に抱く愛情を、しっかりと感じられるから。

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