叶多の変化
新居での生活が始まってから数週間が経ち、日々のリズムにも慣れてきた。
しかし、俺は、戸惑っていた。
――何だか、有希の様子が変だ。
そう感じることが増えていた。
振替休日で久しぶりにお昼近くまで寝ていたある日。
ベッドの上で散々ゴロゴロしたあと、ようやく起きてリビングへ向かうと、テーブルの上に見慣れた弁当箱が置きっぱなしになっているのに気づいた。
有希の弁当だ。
もう昼食の時間になっているはずだと急いでLINEを送ると、「今気づいた」と返信が来た。
言われるまで気づかなかったらしい。
「私はコンビニで買うから、そのお弁当は食べていいよ」とのことだったが、俺が食べたとしても、この量でお腹がいっぱいになることはない。
有希が食べた方がいいだろう。
少し考えたあと、お昼休みに合わせて、有希の会社の近くの公園まで届けることにした。
落ち合う予定の公園に着いた。
昼時の公園は、ベンチに座る人や木陰で休む人がちらほらといる。
風に揺れる木の葉を眺めながら、有希を待っていると——有希が見えた。
有希が、男と一緒に公園に入ってくる。
俺が来ていることにまだ気づいていないようだ。
2人は楽しそうに笑っている。
声は聞こえないが、その様子から仲の良さが伝わってくる。
その光景を目にした瞬間、胸がざわついた。
——何だ、この気持ち。
動揺している自分に、さらに驚く。
有希がこちらに気づき、笑顔で手を振ってきた。
俺は、動揺を押し隠すように、意識して口角を上げると、手を振り返す。
「弁当、持ってきた。そちらは?」
努めて平静な声を出す。
「ありがとう!」
有希は笑顔でそれを受け取りながら、隣の男性を紹介する。
「あっ、彼は会社の同僚の高野さん。向こうのコンビニに行くって言うから、ここまで一緒に歩いてきたの」
「高野です。初めまして。遠藤さんの旦那さんですね? いつも奥様にはお世話になっています」
高野と名乗った男は、柔らかい笑みを浮かべながら軽く頭を下げる。
俺も同じように頭を下げて、必死に何でもない風を装った。
「こちらこそ、妻がお世話になっております」
ほんの数秒のやり取り。
けれど、俺の中には言葉にしがたい感情が渦巻いていた。
ただの同僚。それだけのことのはずなのに。
「じゃあ、私たちはコンビニに寄ってから会社に戻るね」
有希がそう言い、高野と並んで歩き出す。
俺は二人の背中をじっと見つめた。
会社の同僚。ただそれだけの関係。
そう自分に言い聞かせる。
けれど、心の奥底に渦巻くこの感情は、何なのか。
その時はまだ、分からなかった。
その後、幾日が過ぎ、俺はふと気づいた。有希に対する感情が、以前とは違うことに。家で一緒にいても、つい彼女の姿を目で追ってしまう。
食事の支度をする後ろ姿、何気なくスマホを眺めている横顔、ソファに座ってテレビを見ているときの笑い声。
些細なことが、やけに目につく。今まで意識していなかった、彼女の笑顔。
今まで気にしたことのなかった、彼女の周りの男性の存在も。
なぜか胸がざわつく。
——なんで、こんな気持ちになるんだろう。
自分自身に問いかける。
これまでずっと、真琴のことが好きだと思っていた。
真琴は、会社の元同僚、そして妻の友人でもある。
彼女に対して抱いていた感情は、確かに「好意」だった。
けれど、有希に抱いた感情はそれとはまるで違う。
もっと深く、もっと根底から揺さぶられるような「何か」が、自分の中にうごめいている。
それが恋なのか執着なのか、俺にはまだ分からなかった。