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1.魔術師

作者: 綾花

 午後三時を知らせるオルゴールがアーケード内に響き渡る。まだ昼間だというのに、蛍光灯がうすく辺りを照らし、半透明の天井に打ちつける雨音が先程よりも強くなった。 


 シャッター街――そう言われている割には、開いている商店の数は多く、古書店やレトロな喫茶店などが立ち並び、行き交う人の数も少なくない。


 今はもう閉じてしまっている商店街の中にある民宿と、漬け物店の間に自動車1台が通れる程度の細い路地があった。

 咲はスマートフォンを取り出し、予約情報を確認する。やはりここで合っているようで先へ進むと、木製の引き戸に“占い”と書かれたプレートが掛けられた、一軒の古い家を見つけた。 


 チャイムのようなものは見当たらない。扉を2度ノックして、「こんにちは」と声をかけてみた。

 すると奥の方から「はーい」と聞こえ、「どうぞ」と顔を出したのは40代くらいの女性だった。


 黒髪の綺麗なショートヘアに、黒のコットンワンピース姿。 

 色白で、ブラウンのアイシャドウと赤いリップが、とても女性的な魅力を引き出している。

 「占い師」と知らずにこの人に会ったとしても、とても不思議な印象というか、しっかりと自分を持っている人という印象だ。


「どうぞ、靴のままで」


「はい。お邪魔します」


 昔ながらの土間のある家。以前は畳だった部屋をリフォームして、フローリングにしたかのような真新しさのある床に、部屋の中央にはテーブルと、向かい合わせに椅子がニ脚ある。天井から吊るされた観葉植物のツルが下がり、キャビネットの上には花瓶に生けられたガーベラと、その横に透明ガラスに入ったキャンドルがオレンジ色の火を灯って揺れていた。


「占いはお好き?」


 椅子にかけるように促され、「はい」と短く返事をして座る。お互い向かい合って座り、話しを切り出したのは占い師の方だった。


「じゃあ、自己紹介。私は、翔子っていいます。よろしくね」


「よろしくお願いします。私は、松原咲といいます。会社員をやってます。それから、えっと、26才です」


「咲ちゃん、って呼んでもいい?」


「はい」


「じゃあ咲ちゃん、ちょっとだけ手相を見せて?」


 手の平が見えるようにテーブルの上に手を置いた。すると、ほんの10秒程で「もう大丈夫よ」と言って、紙とペンを翔子は取り出す。


「これに、生年月日を書いてくれる?」


「――はい、分かりました」


 咲の返答に違和感があったのか、翔子は聞き返した。


「咲ちゃん、生年月日とか知られたくない?もしそうだったら、別に大丈夫だけど……タロットだけにする?」


「いいえ、そういうことじゃなくて……」


 咲は言おうかと少し悩んで、結局言うことにした。


「ちょっと言いにくいんですけど、私、占いってあまり当たった事がないんです。あっ、違うんです、こういう対面での話しじゃなくて、例えばスマホで生年月日を入力して、『あなたはこういう性格です』ってやつ、ありますよね?そういうのに一度も当たった事がありません。私の生年月日から言うと、明るくて、社交的で、輪の中心にいるリーダータイプだって、それはどの占いにも書いていました。でも私は、人生で一度も明るくて社交的だったことなんてなくて、変な話しですけど、占いの中の自分の性格との違いに、何ていうか、モヤっとするものがあります。みんなも、もしかしたら同じなんじゃないかって思って、だから母や妹のも見てみたら……そしたら、母や妹はかなり当たってたんです。特に妹に関しては、細かいところまで、これは完全に妹の事だって。だから何だって感じですよね?……すみません、何だか生年月日って聞いただけで、ちょっとトラウマになっちゃって」


「なるほどねー。じゃあ、こういう対面での占いは初めて?」


「はい」


「でも……あれよね?占いが当たらないのに、ここへ来てるって事は、それでも本当は占いが好きって事よね?」


「そうなんです。ややこしい話ですみません」


「いや、それは全然いいんだけど。じゃあ、どうしようか……。占いが当たらない理由を占ってもらいに来たわけではないんでしょ?」


「はい、それは違います。同棲している彼の事を占ってほしくて、今日は来ました」


「彼はおいくつ?」


「1つ上の27才です」


「じゃあ、今日はタロットだけにしましょうか」


「よろしくお願いします」



 テーブルに置かれた何種類かのカードの束から、翔子は一つを選び、占いを始めた。


 シャッフルしてカードを切り、3つに分けるとまた一つの束に戻す。そして1枚ずつ、きっと意味のある並べ方でカードを置いていくと、翔子は集中して読み解いているようだった。


 咲の方からは、カードの意味すら分からないが、カードのデザインが華やかで、コイン・剣・ワンド・カップ、そして美しいドレスや鎧を纏った人物のカードを見ているだけでもワクワクする。


「えっと、そうね。彼は結構理屈っぽい性格をしていて、あまり感情がどうとか、そういう事には割と無神経だったりするわね」


「……そんな感じです」


「だから、たまにイラッとしたりとか?相性はいいんだけどね。それに咲ちゃんは、無意識にどんな相手でも受け入れちゃうから、そこに図に乗る人がいたりするでしょ?それ、気を付けた方がいいわよ。しっかり線を引いて付き合わなきゃ」


「……そうですね」


 びっくりした。私の事、そのまんまだ。

 翔子は、咲と彼についての将来の事とか、彼は咲をこう思っているというような事も話してくれた。 

 ただ、それに関しては当たってるのかどうか確かめようもない事なので、そうだったらいいな、という受け止め方に留まる。 

 そして、話も終盤に差し掛かった頃、急に翔子の様子が変わった。笑顔が消え難しい表情に変わる。横に置いたカードの束から1枚取ると、まるで会話をしているみたいに頷き、咲を見つめた。


「ちょっと……気になる事があるんだけど」


 翔子は咲の顔をじっと見て、何かを推し量ろうとしているようだった。


「咲ちゃん、ここへくる前、誰かに何か言われた?例えば彼が浮気してるとか」


「…………」


「ただ、それより……」


 それより……?


「咲ちゃん、何か作ってる?今は恋愛よりもそっちを優先した方がいいみたい。余計な事なんて考えなくていいわ。あなたが輝ける道に行くと良いみたいよ?」


「え?」


「だって本当は……――そんな事相談しに来たんじゃないでしょ?」


「それって、占いにそう出てるって事ですか?」


「そうね」

 

「…………」


 まっすぐに目を見つめて言う翔子には、何も迷いがないように見えた。まるで「当たっていて当然」だとそう言っているみたいに。



「ごめんなさい、その通りです。本当は私、取材目的でここに来たんです。だから、当たってます」


「それは良かった」


 翔子は気を悪くするどころか、にっこり笑ってに安心したような表情をしていた。 


「何か夢があるんでしょ?」


 咲は頷いて「はい」と答えた。


「実は私、小説を書いているんです。今、大手出版社のコンクールに投稿する作品を作ってる最中で、その中に占いが出てくる予定なんですけど……ただ私、占いは本当に好きなんですけど、こういう対面でっていうのがちょっと苦手で……すみません、別に騙すつもりとかじゃなくて、本物の占い師さんに直接会ってみたかったんです」


「……あまり良くなかったんでしょ?」


 すごい、これも正解だ。


「はい。ここへ来る前に3件行ってきました。『占いに当たった事が無い』って話すと……そりゃ、怒りますよね?『あなたの彼は浮気している』って、さっき言われました。私が悪いんですけど」


「信じたくないことを、信じなくていいのよ」


「いや、でも、自分のやった事なので。そう言われても仕方がありません」


「この先も、占いに行く予定はあるの?」


「いいえ、ここで終わりにします。何かこういうお芝居みたいなのって、全然向いて無いみたいで……最後に翔子さんに会えて良かったです。占ってもらった人って、どういう気持ちで帰っていくんだろうって、それがどうしても知りたかったんですけど、何だか分かったような気がします。翔子さんと喋ってると自己肯定感って言うんですかね、自分の駄目なところが許された気がして、何だか気持ちが楽になりました。ホントに、来て良かった。あっ、コンクールがどうなるのか言わないでくださいね。駄目だって言われても止めるつもり無いので」


「それは聞かれても言えないから大丈夫。裁判と試験は占っちゃいけないルールなの。あと、生死もね」


「良かった……あの、お話できて良かったです。また来てもいいですか?」


「ええ、いつでもどうぞ」


 咲は立ち上がり、帰ろうとした。が、翔子に「一つだけ」と、声をかけられ立ち止まる。


「そのコンクール……早く出した方がいいわよ」


「……そうですか。分かりました。参考にさせてもらいます」




***



「ただいま……あれ?何処か行ってた?」


「ん?ああ、コンビニ」


 今日はお互い仕事は休み。彼、涼介は私服に着替え、狭い2DKのアパートの唯一くつろげる場所、ベッドの上でスマホゲームをやっている。


 咲は涼介の隣に腰掛けると、顔を近付けてクンクン嗅いでみた。女の匂いはしない。


「鼻息かかってるけど」


「さっき占いで、涼介が浮気してるって言われたもんだから」


「してる、してる。俺すっげぇモテるし」


「あ、そ」


「占いとか行って、楽しい?」


「うん楽しいよ。当たんない時もあるけど」


「じゃあ行くなよ」


「今日、すっごい当たる人に会ったの。『何か作ってる?』って、こんなピンポイントで当たる?」


 涼介はベッドから体を起こし、咲の右手を取ると「ほら」と、咲の手のひらを広げさせた。


「ペンだこ」


 咲は執筆をする時には、初めからタイピングされた文字だとそれらしく見えてしまうので、必ずノートとペンで書いてチェックしてからパソコンに入力する。


「どうせ最初に手相を見せろとか言われたんだろ?」


「……言われた」


 そう言われてしまうと、そうなのかもしれないけど別に構わない。

 信じたい人は信じればいいし、信じたくない事を信じなくていい。あの人の言った言葉だ。


 それより「早く出した方がいい」とは、何だったのだろう。締め切りまであと半年はある。時間が経ってしまうと自信をなくして挑戦しなくなるとか?


 あり得る話だ。


 本当はまだ半月くらい時間をかける予定だったところを、5日で終わらせた。

 それが良かったのか、良くなかったのか、それは分からない。


 結果は二次だった。


 そしてそれは咲にとってコンクールでの最高記録となった。

 しかし、その後が問題だった。

 それから納得いく作品が作れなくなってしまったから。理由は分かっている。コンクールに出す目的が、私の中で変わってしまったから。


 ライバルに勝つために書いて、失敗して……。


 次第に「コンクールに出すことが私の目的だったかな」とか、諦める言い訳ばかりになっていった。


 パソコンをクローゼットにしまいこみ……私はまだ挑戦出来ずにいる。



 翔子さんにはあれ以来会っていない。

 占いで「早く出した方がいい」と言われ、従ってしまう私は、占いには向いていないのだろう。


 何のために書いて……、ゴールは何処なのか……。


 まだ諦めた訳じゃないけど、取り敢えず明日考えよう。




ありがとうございました。


※この物語はフィクションです。

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