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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘々彼氏

「甘やかしすぎ」

「え?」

「俺がだめになったらどうするの」


つい、言ってしまった。


今日は恋人の敦朗(あつろう)さんの部屋にお泊まり。

敦朗さん三十四歳、俺十九歳。

年の差はあるけれど、きちんと恋人同士。


でもこの十五歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。

ご飯は作ってくれるし、シャワーは先に浴びてと言う。浴室を出ると敦朗さんが待ち構えていて、身体を拭いてくれて、ドライヤーで髪を乾かしてくれる。下手をすると寝間着を着せてくれるときもある。ベッドに入ると俺を真ん中に寝かせて、敦朗さんのベッドなのに持ち主は端の方で寝る。俺がねだらなくても腕枕をしてくれるし抱き締めてくれる。甘々彼氏だ。

でも。


俺は不安になる。このままでは俺はだめになるんじゃないか、と。


「なに、多希(たき)はだめになりたくないの?」

「そりゃそうだよ!」


進んでだめになりたい奴なんていない。敦朗さんにだって迷惑がかかる。そんなの困るだろう、と思うのに敦朗さんはにこにこしている。


「俺は多希に俺なしじゃだめになってほしいよ」

「はい?」

「俺がいないと呼吸もできなくなってほしい」

「………」


重いな。

いや、そこまで愛されているのは嬉しいんだけど、敦朗さんなしじゃ呼吸もできないっていうのはまずい。ただでさえ敦朗さんは優しくて、隣にいるのは居心地がいい。それなのにそんな風に離れられなくなるなんて、怖い。


「敦朗さん、昔から彼氏をそうやって甘やかしてきた?」


告白されたときに敦朗さんはゲイだと聞いた。俺はゲイではないけれど、敦朗さんのかっこよさには見惚れたし、どきどきした。人間とは思えないくらいかっこいいんだ、敦朗さん。しかも笑顔がめちゃくちゃ優しい。天使かと思うときが多々ある。


「まさか。多希だけだよ」


敦朗さんとの出会いは、半年前。高校卒業記念に友人と温泉旅行に行った先で、宿泊先の手違いで部屋が取れていなかったというトラブルでわたわたしていたところに声をかけてくれて、自分は別のホテルに泊まるからと部屋を譲ってくれた。

はっきり言わなくてもかっこいい。なにかお礼がしたいと言ったら、俺の連絡先を教えてほしいと言われ、教えたのが最初の繋がり。

…後から聞いたら、近くのお高いホテルに移動してくれたらしく、想定外の出費をさせてしまったことを申し訳なく思った。


それからちょこちょこメッセージのやりとりをして、食事に誘われた夜に告白された。一目惚れだ、と。平凡な俺にそんな非日常なことが起こるなんて信じられなくて、三回聞き返した。


『頷いてくれる気がないならはっきり言って』

『いや…信じられなくて……え、俺ですか?』

『そう。多希くんが好き』


小高い丘になった場所にあるレストランの窓際の席。宝石箱をひっくり返したみたいな夜景とはよく言うけど、そんな景色がキラキラしていた。


『……ちょっと、考えさせてください』


二か月悩んだ。俺はそれまで男性を恋愛対象として見たことがなかったから、どうしたらいいかわからなくて。

でも、敦朗さんはしつこく告白してきたりはしなくて、ただ俺の心に寄り添ってくれた。悩んでいると言えば『答えが出るまで待つよ』と言い、正直に『どうしたらいいかわからない』と言えば、ぐちゃぐちゃに絡まった思考の糸を一緒に解いてくれた。

この人と一緒にいたい、自然にそう思えてきて頷いたら、甘やかしが始まってしまったわけだ。


「本当は多希の大学も送り迎えしたいんだけど…仕事辞めるかな」

「だめ! 絶対だめ!」


送り迎えのためとかわけがわからない。心配してくれるのは嬉しいけど、それはだめ。それに…。


「…敦朗さんのスーツ姿が見られなくなるのは、嫌」


だってめちゃくちゃかっこいいんだもん。思わず抱きつきたくなるくらい…この人は俺のなんだって自慢して歩きたいくらいかっこいい。

敦朗さんは大人の男の人だから、スーツがとてもよく似合う。背が高いからからもしれない。すごくスマートな人って雰囲気でどきどきしてしまう。


「多希がそう言うなら辞めない」

「……」


意図せず舵を手にしてしまった感。敦朗さんって、甘々だけど芯はしっかりしている。それなのに俺が一言なにか言うと、そのとおりにしてしまう。俺達の関係って、もしかして俺が手綱を握っている?


「敦朗さん、膝枕して」

「いいよ。おいで」


敦朗さんの太ももにこてんと頭をのせる。髪を梳くように撫でてくれて、すごく幸せ。でも、このまま寝たら、敦朗さんに俺を運ぶという力仕事をさせることになる。だから寝ない。


「……俺、敦朗さんの人生の邪魔してない…?」


ふと不安がよぎってそのまま口にすると額を指の腹ですりすりと撫でられた。


「多希がいるから幸せなんだよ。今までこんな幸せ知らなかった」


甘い甘い敦朗さん。だけどこのままじゃ俺がだめになってしまう。だから適度に距離を置かないと。


「そのまま寝ていいよ、多希」

「…やだ。寝ない…」

「大丈夫、ちゃんと運んでやるから」


それが嫌なんだよ。

適度に距離を置きたいもうひとつの理由。

敦朗さんの重荷になりたくない。敦朗さんは俺ばっかりで、自分のことは後回しにする。そういうの、ちょっと苦しい。

俺達にとって、ちょうどいい距離ってどのくらいなんだろう。


「起きる」

「遠慮してるのか?」

「ううん。やっぱ帰る」

「え」


敦朗さんの膝枕から起き上がって寝間着を脱ごうとしたら、手を掴まれた。


「どうした? なにか気に障ること言ったか?」

「ない。でも帰る」


敦朗さんが甘いだけでなく、俺も無意識で敦朗さんに甘えることに慣れてしまっているのかもしれない。よくない。両方ともそんな状態じゃ、絶対崩れる。


「じゃあ送ってく。多希、シャワー浴びた後だし、ひとりで外を歩かせるのは心配だ」

「平気。俺なんか襲う人いない」


こんな平凡な男を好き好んで襲おうなんて思う人がいるはずない。


「俺は襲うよ」


敦朗さんが真剣に言う。


「……敦朗さん以外いない」


訂正。確かに敦朗さんは俺を襲う。食べ尽くしても足りないって言うくらい俺を欲しがる。

でも、その腕の力強さとか肌の温もりに慣れてしまうのも、いいのかなって思う。俺は敦朗さんから離れる気はないけれど、敦朗さんの心が変わらないとは言い切れない。


「……?」


俺、敦朗さんを信頼していない?

いつか離れて行ってしまうと思っている…?


「…ひとりで帰れる」

「だめだ。車で送る」

「いい」


敦朗さんに疑いを持っている…気付かなかった。もしかしたら、それがあるから敦朗さんは俺を甘やかすのかもしれない。俺の心がぐらぐらしているから。

…どうしよう。一番怖いのは俺かもしれない。ここまでしてくれている相手を信頼できないなんて、おかしい。


「多希、どうした?」


背中からすっぽり包まれる。敦朗さんの腕。でも、ちゃんと敦朗さんを信頼していない俺がここに収まっちゃいけない。


「……どうもしない」

「多希はどうかするときに限って『どうもしない』って言うよな」


くくっと笑う声が聞こえて俯く。だってこんなの言えないし、俺が耐えられない。


「離して」

「多希が正直に話すなら」

「……ほんとにどうもしないから離して」


瞼がじわじわ熱くなってくる。敦朗さんは不安だったのかもしれない…だから俺に敦朗さんなしでいられないようになってほしかったのかもしれない。気付かなかった。全部俺のせいじゃん…。


「…ごめん、敦朗さん」

「多希?」

「ごめん……」


敦朗さんが俺の顔を覗き込んで目を見開く。ぼろぼろ零れる涙は止められないから、隠そうと手で目元を覆う。


「どうした…?」

「ごめん……ごめん」


敦朗さんの甘やかしの原因が俺自身だったなんて思わなかった。なんでもっと早く気が付かなかったんだろう。俺がちゃんとしていれば、敦朗さんに不安な思いをさせることなんてなかったのに…。


「多希、話せるなら話せ?」

「……」

「話せないなら、やっぱり今日は泊まってけ。そんな状態でひとりの部屋に帰せない」


なんでこんなに甘やかすんだろうってずっと思ってた。俺がひとりじゃだめになったら敦朗さんだって困るだろうって何度も考えたけど、ひとりじゃだめにならないことのほうが困るのかもしれない。それくらい、敦朗さんには俺の“信頼”が見えなかったんだ…。


「敦朗さん…俺、知らなかった…」

「なにを?」

「俺が、ちゃんと、っく…信頼してないから、敦朗さんが俺を、甘やかすって…っ」


嗚咽交じりの言葉をひとつも聞き逃さないようにと敦朗さんが俺の声に耳を傾けてくれている。でも俺は敦朗さんの心に耳を傾けていなかった。


「俺……ごめん…っ」


情けない。ちゃんと恋人同士だって、恋愛しているって思ってたけど、全然違った。俺の心は全然恋愛していない。敦朗さんを苦しめて、なにが恋人だ。


「多希がなにを言いたいかわからないけど、俺が多希を甘やかすのは俺の意思だ」

「…俺が敦朗さんを、ちゃんと信頼してないからだよね…?」

「は?」

「だから…ずっと、敦朗さん、不安で…っ」


もう立っていることもできなくて、そのまましゃがみ込む。俯いて唇を噛むと、頭にぽんと優しい重みがのった。慣れた感覚。敦朗さんの手。


「俺は全然不安になんてなってないよ。多希の心は俺に向いてるって知ってるから」

「…嘘」


敦朗さんもしゃがんで、俺に目線を合わせてくれる。


「俺が多希に嘘吐けると思うか?」

「……思わない」


俺の答えに敦朗さんがちょっと笑う。わかってんじゃん、って。


「じゃあなんで甘やかしてたの…」

「だからいつも言ってるだろ。多希に俺なしじゃだめになってほしいから」

「……表向きは、でしょ。ほんとは?」


顔を覆う手を取られて、指についた涙に敦朗さんが唇を寄せる。こんなときなのに、どきどきしてしまうくらいかっこいい。


「ほんとにそれだけだよ」

「嘘」

「だから」

「……敦朗さんは俺に嘘吐かない」


じゃあなに。俺の勘違い? 勘違いで泣いて甘えて、宥めてもらって……子どもみたい。顔が熱くなってきた。


「恥ずかしいから、顔見ないで」

「多希のこんな姿見られるの、俺だけだから見る」

「なんで」


こんなぐずぐずになっているのをわざわざ見る必要ない。恥ずかしいし、見ないでほしい。

でも敦朗さんは俺の髪を撫でて優しく微笑む。


「多希の全部が特別だから」

「嘘………吐かないの、知ってる」

「そう。俺は正直者なの」


しゃがんだままの俺を、しゃがんだ敦朗さんが抱き締めるので、ふたりで床にころんと転がる。敦朗さんに乗る格好になってちょっと恥ずかしいけど、敦朗さんの温もりにほっとする。


「信頼はしてもらうものなんだよ」

「どういうこと?」


ぎゅっと抱き寄せられて心を委ねる。しっかりしていて力強い腕。


「そのまま。俺が頑張って多希に信頼してもらわないといけないってこと」

「つまり?」

「これまで以上に気持ちを伝えて多希の不安がなくなるようにする」

「……遠慮します」


そんなの、心臓がもたない。

あれ。


「俺が不安だったの? 敦朗さんじゃなくて?」

「そりゃそうだろ。さっきの感じからして、多希は不安だったんだよ」


そうなんだ…知らなかった。なにが不安だったんだろう…。

あ。

敦朗さんが離れて行っちゃうかもっていうこと……?


「俺はずっと多希だけだよ」

「嘘」

「証明してやろうか」


敦朗さんの顔を見ると、なにかいいことを思いついたって顔をしている。なんだか嫌な予感。


「多希の言うこと、なんでも聞くよ」

「そんなの嫌」

「思ってること言ってみな? 全部叶えてやる」


そうやって甘やかし尽くして、やっぱり俺をだめにしようとしている。だから俺は。


「じゃあ敦朗さんの願いを叶えて」


ちょっと意地悪を言ってみる。なんて返してくるだろう。わくわくして口元が緩む。


「……負けた」

「え?」

「俺、多希には一生勝てない…」


俺が敦朗さんに勝てないんじゃなくて?

また髪を撫でてくれて、心地好くて目を閉じる。


「……多希、もう泣くなよ」

「泣くようなこともするくせに」

「誘ってるんだ?」

「違う!」


…と思ったけど、違わないかも。すごく敦朗さんに触れてほしい。なんとなく敦朗さんの胸に頬をすり寄せる。優しいにおい。


「じゃあ多希の希望どおり、たくさん泣かせようかな」

「お手柔らかに」

「そういうとこ、ほんと勝てないよ…」


敦朗さんが頭を抱えてしまった。うーん…と唸っているから顔を覗き込んで俺から唇を重ねる。


「俺も敦朗さんに勝てないから、どっちも負けだね」


優しい手つきで頬を撫でられ、もう一度キスをした。




END

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