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第八話  覚悟の時

第八話    覚悟の時



「えっ? こんな昼間に供ですか?」 梅乃と小夜が驚いている。



「そう。 勉強をしましょう」 玉芳は、そう言って出かける準備を始める。




そして向かった先は、仲の町にある瓦版かわらばんである。


「ごらんなさい。 ここに沢山の記事があるでしょ! ここから文字や出来事を頭に入れなさい」 


梅乃と小夜は、瓦版を覗き込んだ。


「これは何て書いてあるんですか?」 小夜が玉芳に聞くと、


「これは、法度。 禁じられてる事を言うのよ」 玉芳が丁寧ていねいに教えていると



そこに鳳仙が現れる。

「おや? 玉芳花魁、今日は昼間からどうしました?」



「あぁ、鳳仙か……この娘たちの勉強さ。 妓楼の中での勉強は限られるからね」


玉芳が二人を外に連れ出したのは、妓女としてだけでなく一般いっぱん教養きょうようも大事だと思っていた。



「なんで、妓女だけの教養だけじゃダメなんだい?」

鳳仙は不思議に思って、玉芳に聞くと



「そりゃ……もし、誰かに身請けされても一般の教養が無いのに吉原を出たら不便だしね。 できる限りの事はしてやりたいのさ」



玉芳の言葉に鳳仙も小さく頷く。


「それなら、私もやるわ。 それだったら、禿たちの学校でも作ってあげたいね」


一流の花魁は、物分かりが良すぎていた。 また、それが世間知らずで育った証拠でもある。




それから日中の午後は玉芳と鳳仙の部屋、交互こうごで禿たちの勉強を行った。


「私ですか? まぁ、それくらいなら……」


そして、講師として妓楼で働く男性が招かれた。


妓女であれば吉原から外には出られず、情報も少ない。 ここは、男性に習うのが一番だと玉芳は思っていた。



まず、読み書きから始まる。

捨て子である梅乃と小夜は一生懸命に勉強していた。



また、鳳仙に付いている禿も頑張っていた。


「ほら、あや。 アクビしない」

鳳仙が注意している。



鳳仙楼の禿は絢という。 絢は男の子みたいに髪が短く、快活かいかつな女の子である。

そして、親の借金返済の為に吉原に売られた禿でもある。



そして勉強が始まって、数週間が過ぎた頃


「しかしさ~ 面倒見が良いよな……ただ、本当に禿の将来を思ってだけ?」

鳳仙が唐突とうとつに聞いてきた。



「そうよ……ただ、私には時間が無いから……」 玉芳の言葉に、鳳仙は合点がてんがいった。



(確かに、玉芳は三十近くなる。 ここで次の花魁の問題やらが出てくる……)


鳳仙も二十七。 もう、考えなくてはいけない頃になってきていた。


吉原には『苦界くがい十年』という言葉がある。

およそ十七歳から二十七歳までの十年間の年季があるのだ。



この日は鳳仙楼での勉強会。

いつも二時間ほどの勉強だが、確実に禿たちの学力は上がっていった。



「今日は行かれないんですか?」 梅乃と小夜が残念そうにしている。


「今日は用事があるんだよ。 花魁ってのは忙しいんだよ」

玉芳は、二人を見送った。



「邪魔するよ」 采が玉芳の部屋に入ってきた。

「随分と、あの娘たちに熱心じゃないか」



「えぇ……しっかり育ってほしくてね」 玉芳が、采に言うと



「もうそろそろ、お前自身も考えなくちゃ……なんだけど」 采が話しを切り出す。


(いよいよ来たか……) 玉芳は、解っていた。



「お前の借金なんか、とうに無くなっている。 今後はどうする? 身請けの話しも沢山、来ているんだ……」


采は、玉芳の今後を案じていた。 

「お前の人生だ、お前が決めな。 ただ、年齢も年齢だ」


そう言って、采は部屋から出て行った。




「どうするかねぇ」 玉芳は、キセルを咥えて空を見上げた。



花魁であろうとも歳を取る。 歳を取った妓女は相手にされなくなるものである。



そんな花魁と呼ばれた者の先は数少ない。


身請けか、やり手になるか。 それとも小見世の遊女として働き続けるかだ。



玉芳には幸い、三原屋への借金が無い。 簡単に言えば、いつでも吉原から外に出られる身分である。


ただ、外の世界を知らない玉芳には勇気のいる事でもある。



そんな自分を見て、“外で通用しない人間にしてはいけない ” と、言う思いから禿に勉強をさせていたのだ。



その途中に、采の言葉が飛び込んできた。



その頃、禿たちに お菓子が配られていた。

「おいし♡」 梅乃と小夜はご機嫌である。



禿たちにお菓子を配っていたのは花魁である。

勉強のご褒美に、毎回お菓子を与えていた。



「いつも、ありがとうございます。 鳳仙花魁……」 梅乃と小夜は頭を下げて、お礼を言う。



「いいんだよ。 コッチこそ、玉芳姐さんにはお世話になっているし」


ここ最近、鳳仙は玉芳の事を『姐さん』と呼ぶようになっていた。

この勉強会で親密になっていたからだ。




梅乃と小夜は妓楼に戻り、玉芳の部屋に来ていた。

「花魁、失礼しんす……勉強、終わりました」 梅乃が声を掛けると、玉芳は上の空である。



「花魁……?」 梅乃が声を掛けると

「―はっ? あぁ、おかえり……」 慌てて返事をした玉芳の行動に、


「……」 梅乃は、それ以上の言葉が出てこなかった。



そして夕方。

「花魁、通ります。 三原屋の玉芳花魁が通ります」 梅乃は大きな声で仲の町を歩いていた。



そして引手茶屋に到着して、客と挨拶をする。


「梅乃ちゃん、小夜ちゃん、今日も元気だね」 常連である客は、いつも二人の禿の頭を撫でていた。



そんな優しい客は 大江おおえ 辰二郎たつじろうと言い、佃煮屋つくだにやの主であった。



「大江様、いつもありがとうございます」 玉芳は、禿にも優しい大江を好意にしていた。



「なに、玉芳花魁の教育の良さがにじみ出ているからさ」 大江は、梅乃と小夜を誉めていた。



そして酒宴となり、禿の二人も時間までは同席している。



「それで、玉芳……ワシの所へ来んか? 身請けさせてもらいたいのじゃ」

大江は、酒宴早々に言い出した。



「なんで、こんな時間に……」 玉芳は、驚くように言った。


「す、すまん……ずっと言いたかったもので、つい……」 大江は苦笑いをしながら弁解している。



それを聞いていた梅乃と小夜は、着物を「ギュッ」と掴んだ。


本来なら、『私の姐さんを取らないで!』 と、言いたいが、ここは妓楼である。 これが商売であると理解をしていた。



「いい話しでありんすが……ここは、まだおおさめくだしんす……」 これが、今の玉芳の返事である。



「そっか……すまなかった」 大江は、場の静けさに気が付く。



それから梅乃は勉強どころではなかった。

『花魁が身請けされたら……』 そんな気持ちで いっぱいになっていた。



そして、後朝の別れの時間。

玉芳は、見送りに大門まで同行していた。



そして、玉芳の後ろには梅乃が立っていた。



「お嬢ちゃん、またな」 大江が優しく手を振ると、


「えっ?」 梅乃が立っていることを知らなかった玉芳は、驚いて声を出す。




「ありがとうございました」 梅乃は、大江に深々と頭を下げていた。


(この娘ったら……) 玉芳は、すっかり親の顔をしていた。


「すっかり母親だね~」 大江はニコニコして車に乗って行った。



「お前、起きてたの?」 玉芳が目を丸くしている。


「はい。 眠れなくて……」 


「そっか……」 玉芳は、そう言って部屋に戻って行った。



 

この日から玉芳は考えるようになった。 

(現実から目を背けてはダメだ……)




それから数日後、采が玉芳の部屋に来た。

「決まったか?」


「そんなに妓女を整理したいですか?」 玉芳が言うと


「そんなつもりで言った訳じゃないよ……お前は自由な身さ。 お前の自由にしていいけど……ただ、花魁としては置いておけないのさ」


これは玉芳も、采にも辛い言葉であった。


長年、花魁として活躍した玉芳には厳しい現実を解らせる為の言葉である。



「わかりました。 では、身の振り方を決めさせていただきます」

玉芳が涙声で采に言うと、



采は玉芳の肩を抱き寄せ、「本当にありがとう……」 と、言った。



「ねぇ、お婆。 本音を聞かせて。 お婆は、私にどうなって欲しい?」

玉芳の言葉には邪心じゃしんなど無く、采と本音で言える仲だったが、


「私は、お前には幸せになって欲しい……ただ、それだけなんだよ」 采も本心なのであろうが、大事な事を隠していた。



「幸せね~。 私も十年以上、ここで育ちました……でも、お婆は大事な言葉を隠したままなんですね」 玉芳がニコッとする。



「ば、馬鹿野郎……年寄を泣かすんじゃないよ」 采は慌てて下に降りて行った。



采と入れ替わりに、勝来が部屋にやってきた。

「失礼しんす……」


「勝来、良いところに来た。 今日の予定は?」


「はい。 ありますが……大江様です」


「そっか……支度をお願い」


そして花魁道中。


「通ります。 三原屋の玉芳花魁が通ります」 梅乃の声が響いた。



「大江様……」 玉芳が引手茶屋で声を掛ける。


「玉芳……」 大江が驚いている。

いつもなら、黒い着物がメインである玉芳だが、今回は白の着物で現れたのだ。



そして三原屋に到着すると、



「大江様、私は用意がございますので……」 玉芳が言うと、部屋を出ていった。



大江が待つこと二十分、玉芳が部屋に戻ってきた。



「??」 大江が首を傾げた。


玉芳は着物を脱いで、浴衣で部屋に入ってきたのだ。

「どうしたんだい? そんな恰好で」 大江は驚いたままだった。



そして、玉芳は正座をして大江の目を見て


「身請け、お受けさせていただきます。 妻になるのですから、こんな格好も良いでしょ♡」 玉芳は、正座のまま礼をした。


「本当かっ!?」 大江は大層に喜び、祝宴しゅくえんとなった。


玉芳が白い着物で引手茶屋に行ったのは、『身請けの覚悟』であり、嫁に行く合図でもあった。



「今からで間に合うかしら……小夜、お婆を呼んできて」 玉芳が言うと、小夜は足早に一階に向かった。



そして小夜が、采に耳打ちをすると

「―本当かいっ?」 采が慌てて二階に向かう。



「おいっ! 玉芳」 采は襖の外からの声掛けもせずに、豪快に襖を開けてしまった。



「お婆……失礼ですよ」 玉芳がクスクスと笑うと、大江も笑いだす。



「失礼いたしました……」 采は膝をついて無礼をびた。



「お婆……厄介やっかい払いできましたね」 玉芳は、ウインクをして采を見ると


「そんな訳ないだろう……グスッ」 采が泣き出してしまう。



「それより、大江様……玉芳をお願いいたします」 采は再び、大江に頭を下げた。



数日後、玉芳の身請けのが盛大に行われた。








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