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第七十七話 花魁たち

 第七十七話    花魁たち



 花緒が鳳仙楼に引っ越した翌日、信濃が腹痛を訴えていた。

 「姐さん、姐さんっ!」 花緒が信濃を抱きかかえると、

 「大丈夫だよ。 花緒は花魁の支度をしないと……」 少しの笑みを見せるが、苦痛の表情がまさっていた。



 「お婆―」 花緒は三原屋に走って来た。

 「なんだい? お前、何をしているんだい?」 采が驚きながら玄関に向かうと、


 「信濃姐さんまで腹痛になって!」 花緒は息を切らせながら説明する。



 「なんだって? 岡田はいるかい?」 采が大声を出すと

 「はい、聞こえていました。 鳳仙楼に行ってきます」 岡田は走って向かっていった。


 「信濃っ!」 岡田が声を掛けると、 「岡田さん……」 弱々しい声で返事をする。



 「先生―っ」 そこに駆けつけたのが梅乃と小夜だ。

 「梅乃、小夜」 岡田と信濃が声を揃える。



 梅乃が信濃に寄り沿い、「姐さん、ゆっくり横に……」 梅乃は信濃を横にする。


 そのまま耳を信濃の腹部の上に置いて音を確かめると

 「また腑が活発に……」 梅乃は声をあげる。


 「何っ?」 岡田が目を見開くと、

 「小夜、食事に使っていそうな鍋や釜を持ってきて」 梅乃が指示をする。



 小夜は台所へ行き、鍋を数個重ねていく。

 「梅乃、コレだよ」 小夜は鍋を梅乃の横に置くと



 「この食事を作ったのは誰ですか?」 梅乃が妓女たちを睨む。

 妓女たちはポカンとしながら、鳳仙楼の主人を見ると


 「私だが、どうかしたか?」 主人も驚いている。



 「この鍋、洗ってます?」

 「最近は継ぎ足しばかりで洗ってなかったかな……」


 この言葉に、梅乃が唖然とする。

 (これだから男の家事は雑で困る……) 梅乃は小夜を肘で突くと、

 「私が見せますね」 小夜は笑顔で鍋を台所まで運ぶ。


 そして井戸から持ってきた水で洗っていると、

 「小夜、待って!」 梅乃が急に声を張り上げる。


 「どうしたの?」 小夜がポカンとすると、 「その水……」 梅乃が水の匂いを嗅ぎ出す。



 (あれ? 今までと違うかな?) 吉原も当然だが、この時代に水道はない。 常に井戸から汲み上げたものを使っていて、とても衛生的ではないのだが……



 「先生、これは……」 梅乃は鍋に入れた水を岡田に嗅がせると

 「これは……また水銀か?」 


 「そんな匂いがしますね。 それで菖蒲姐さんも信濃姐さんも……」

 梅乃は考えだす。


 (もしかして、鳳仙楼の人たちは以前に濃いのを飲んでいたから気にならなくなっていた? それで耐性の無い菖蒲姐さんや信濃姐さんが……)



 梅乃は判断を急ぐ。 「すみません。 そこの井戸は使わないでください」


 「わかった。 この水は捨てるよ」 主人は慌てて外に水を捨てていく。



 小夜は急いで三原屋に戻り、菖蒲の看病を始める。

 「姐さん、お水を飲んでください…… いや、この水は何処で汲みましたか?」

 小夜が片山に訊くと、「そこの井戸から……」 


 慌てて小夜が水を外に撒いていく。

 「何を……」 全員が驚いていると、「この水はダメです。 別の井戸にしてください」 小夜は大声で叫ぶ。



 そして全員で溜めてあった水を捨てていく。



 小夜が息をつくと、「どうしたんだい?」 采がやってくる。

 「お婆、この井戸を使うなって梅乃が……」


 「何っ?」 采の目が険しくなる。 これは玲が仕組んだと思ってしまったからだ。


 采は河岸見世に歩いていく。 そして古峰が後を付けていった。


  “ダンッ ダンッ ダンッ―” 采が強く戸を叩く。

 (お婆、怒ってる……) 古峰は恐怖を感じていると、定彦が戸を開ける。


 「采さん、河岸見世はボロですから壊れちゃいますよ……」 


 「定彦、お前に話がある」 采が定彦を睨むと

 「はい……」 定彦は采を中に入れると、古峰が目に入ったようだ。 そのまま笑みを出して中に入っていった。


 (気づいていた……) 



 「それで、采さんどうしましたか?」 「玲は来ているのかい?」

 そんな始まりから、井戸の話になっていく。


 「それは私も知りませんでした……」 定彦は、正面から采の目を見て言うと

 「そうか…… 邪魔したね」 采は出て行く。


 (まさか、玲は梅乃ちゃんを取り戻そうと……?) 定彦も疑いを持つようになっていった。



 采が河岸見世から出ると、 「なんだい?」 古峰が隠れている方に話しかけると、古峰は震えながら出てくる。


 「フン…… 帰るよ」 采は古峰の頭を軽く叩く。



 采が戻ると、梅乃は井戸の水を眺めていた。

 「お前、何してるんだ……?」 采が目を丸くすると、

 「お婆…… これ、水銀じゃないかも……」 梅乃が話す。



 「どういうことだい?」 「これは水が腐っただけかもしれないんです」

 梅乃が水を見ていたのは、浮いているゴミのような物だった。


 采が覗き込むと、「何もないじゃないか!」 と怒り出す。 どうやら老眼で何も見えなかったらしい。



 「これですよ」 梅乃が指をさすと

  “ポカンッ ” 「だから、何も見えんよ!」 そう言って、また怒りだしてしまった。



 「まぁ、お前が言うのだから そうなんだろうね……」 采はキセルを吸い出すと



 梅乃は鳳仙楼に戻り、熱処理をするように伝えていく。

 吉原は梅雨入り前、温かくなってくると細菌が多く繁殖していた。 菖蒲は緊張からか生水を多く飲んでいたという。



 そんな事で、『食あたり』だということになっていった。




 「すみません……」 菖蒲は、采に謝り倒していると

 「これも運なんだろうね…… 欲していないお前が花魁にならず、欲した花緒がなった訳だ。 これが自然だな」 采は自身で納得するように話している。



 花緒も体調が戻り、無事に花魁となった。


 「姐さん、綺麗です……」 見惚れる梅乃たちに、

 「お前たち……」花緒が涙ぐむ。 以前、廃業になった近藤屋の妓女が場所を変えて花魁になったのだ。


 禿にも優しく接し、玉芳のアドバイスを受けてきた花緒は夢を掴んだ。



 道中、見物をしていた勝来を見かけると

 “スッ―” 簪を一本抜いて勝来に投げる。 受け取った勝来はキョトンとするが、花緒の笑みを見て理解をする。



 勝来は、花緒に頭をさげた。



 そして夏になり、玉菊灯籠の日になる。


 「今、勢いを取り返した鳳仙楼に負けるんじゃないよ!」 采は気合いが入っていた。


 「早いね…… もう玉菊かぁ」 小夜が呟くと

 「そうだね…… 去年の玉菊も大変だったしね……」 梅乃がニコニコしている。



 そして、梅乃たちは灯籠の飾り付けを始める。 色を塗り、三人は楽しみにしていたのだ。



 「相変わらず、古峰は上手だな……」 梅乃が言葉を漏らすと

 「う 梅乃ちゃんも上手になったよ」 どこからか上から目線になっていた古峰である。



 そして、昼見世が始まる。 昼間というのに客が多くやってきていた。

 昼の間に、好みの女性を予約していくのであろう。 男たちは足早に張り部屋に集まってきた。



 「いらっしゃい♪ 今日は玉菊だから線香代はまけておくよ」 そんな妓女の甘い言葉に活気があった。



 鳳仙楼でも張り部屋の前は大賑わいだ。 そこにウズウズしているのが信濃である。


 (なんで去年も今年も遣り手なのよ…… 梅乃、来ないかしら)

 信濃は、梅乃が来たら遣り手を替ってもらおうとしていたのだ。



 しかし、梅乃は来なかった。


 (去年は替ってもらったら指名じゃなく指名手配犯だったし、今年は梅乃頼みはやめよう……)

 そんな事を思い、下を向いて遣り手の席に甘んじていく。



 菖蒲が見世の前に出て長岡屋を見ると

 (やっぱり喜久乃花魁がいないと……) 大見世ながらに客が入っているが、少し寂しい感じにも見えていた。




 長岡屋では、「治してまた取り返せばいい……」 主人は、喜久陽を励ましている。


 しかし、伏せっている喜久陽には辛い言葉だった。 変色した肌、手には水疱のような痕が出てきていた。



 そんな中、三原屋ではエースになろうと出てくる者が出てきた。


 「君、いいね…… これからいいかい?」 男達が声を掛けている。

 「いえ…… まだ私は……」



 なんと、断っているのは小夜であった。


 小夜は梅乃が不在だった頃、姉さん役になって輝きを放っていた。 そして、女の子という顔から子供っぽさが抜けてきている。



 (小夜……) 梅乃は小夜を見て、嬉しくなっていた。


 玉菊灯籠…… これは、ただのイベントではなく花魁を目指す者の登竜門でもあったのだ。


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