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第七十五話 新たな人生

 第七十五話    新たな人生



 吉原での興奮が冷めやらぬまま朝を迎える。 玉芳と鳳仙は、佳を連れて帰ろうとしていた。


 「じゃ、お婆……またね」 玉芳が手を振ると、佳も小さな手を振る。

 「かわいい~♡」 妓女たちは大騒ぎになっていた。



 「そうだ、喜久乃の所に寄ってくれ。 これを……」 采は、小さな風呂敷を渡す。 鳳仙が受け取ると、二人は長岡屋に向かった。



 「ごめんください……」 鳳仙が玄関を開けると、長岡屋の主がやってくる。

 「ようこそ…… さっ、どうぞ」 主は二階の喜久乃の部屋へ案内する。


  “スッ―” 「喜久乃~」 声を掛け、襖を開けると


 「アンタ、何してんの?」 鳳仙と玉芳が目を丸くする。


 「あぁ、来たか…… 部屋の片付けだよ」 喜久乃がニコッと笑う。

 「なんでよ?」 二人には事態が飲み込めていない。



 「まぁ、年季が明けたんだよ」 喜久乃が照れ臭そうに話すと、

 「おめでとう♪」 三人は抱き合って喜ぶ。


 花魁という職を全うするということは、神様に愛された事を指す。 まず、病気にならなかった事だ。 鳳仙はガンになったが克服し、玉芳と喜久乃は梅毒すら回避できた。 


 三人は無事に年季が明け、自由の身となるのだが……


 「この先は何をするの?」 鳳仙が聞くと、 

 「……」 喜久乃は黙ったままだ。


 「はい? 決めてないのに出る気?」 二人がポカンとすると

 「いや、そういう訳じゃ……」 喜久乃はアタフタする。



 「はは~ん……」 玉芳は気づいたようだ。

 「えっ? 何?」 鳳仙は二人を見ると


 「どんな人?」 「えと……って、旦那から聞いてないのかよ?」 喜久乃は大声を出す。


 「んっ? 旦那? 私の?」 玉芳がポカンとすると

 「えっ? まさか……」


 結局、喜久乃は玉芳の主人の知り合いに身請けが決まったということだった。

 「大江様の知り合い?」 鳳仙が目を丸くすると、


 「アイツ……私に隠し事なんて、許せん!」 


 せっかく喜久乃の身請けが決まって喜んでいたはずが、大江の隠し事のせいで険悪なムードに変わってしまったのである。



 梅乃は三原屋と鳳仙楼の往復をする日々を送っている。

 玉芳たちの救済により、鳳仙楼は息を吹き返していた。


 「梅乃~ ちょっといい?」 瀬門が呼ぶと、


 「これ、変じゃない?」 新しい髪飾りを見せてくる。

 「とても似合いますよ。 瀬門姐さん」 梅乃が答えると、瀬門は抱きついてくる。


 (鳳仙楼も順調だな。 雰囲気もいいし、安心だ) 


 梅乃が仲の町を散歩する。 誘拐に気をつけていてから数ヶ月ぶりの散歩だ。

 (やっぱり仲の町がいいな~) どんなに吉原の外を経験しても、梅乃は吉原で育っていた分、落ち着くのだろう。


 そこに泣いている禿を見つける。

 「大丈夫?」 梅乃が優しく声を掛けると、顔をあげた禿は静だった。


 「し 静ちゃん?」 梅乃は驚く。

 「梅乃ちゃん? 梅乃ちゃんなの?」 静は、様変わりした梅乃を見て確かめている。


 (そんなに原型から外れたかな……?)


 「それで、静ちゃんは どうして泣いているの?」 梅乃が訊くと、

 「喜久乃花魁が…… ひっく……」 


 「喜久乃花魁がどうしたの?」 梅乃が訊くが、泣いてばかりで静からの返事がない。


 「待ってても仕方ない」 梅乃は長岡屋に走っていく。


 「こんにちは~」 梅乃が挨拶をすると、

 「あら、梅乃ちゃん…… 玉芳ちゃんも来てるわよ」 遣り手は梅乃を二階へ案内する。



 「失礼しんす…… 梅乃です」 頭を下げて、襖を開けると

 「おう、梅乃…… 相変わらず入ってくるよな~」 玉芳は呆れている。


 「すみません。静ちゃんが泣いていたもので……」 梅乃が説明すると、


 「すまんね…… 私が引退するからだよ」 喜久乃が話し出す。


 「えっ?」 


 「身請けだってよ。 めでたいよね」 鳳仙もニコニコして話している。 梅乃は気が遠くなりかけた。


 「それで、静ちゃんが泣いていたのですね……」


 すると、梅乃の頬に涙が伝ってくる。


 「梅乃……」 三人は梅乃の涙を見て、言葉が出なくなってしまう。



 「やっぱり、身請けって良いものですか?」 梅乃が唐突に訊くと、

 「そりゃ、女だからな。 憧れはするよ」 少し照れたように話す喜久乃の顔は少女のようだった。



 「そういえば……」 梅乃が誘拐された事を話す。

 犯人は玲で、その母親が三原屋の妓女だったことを……


 「誘拐の事は聞いたよ。 今度、吉原に来たら殴ってやるからよ……」 喜久乃の目が鋭くなると


 「そんな事をしたら旦那さんに逃げられますよ」 梅乃がニカッと笑う。


 「お前、言うようになったな!」 喜久乃は梅乃の頬を引っ張る。



 それから数日後、喜久乃の最後の道中がやってくる。

 少し前に、一緒に道中をしたからとの理由で玉芳と鳳仙は断られていた。



 (アイツ、冷たいな……) 二人は不機嫌そうな顔をする。


 それから道中が始まり、玉芳と鳳仙は観客として見守っていた。

 三原屋の禿たちも合流して見物をしている。



 「やっぱり喜久乃花魁は綺麗だね~」 こう言うのが小夜である。 小夜は喜久乃のようなタイプに憧れを持っていた。 大人しい性格の小夜には、正反対のスタイルの喜久乃が刺激になっていたのであろう。



 そして、最後の大門の前に着くと

 「今まで、ありがとうござりんした……」 喜久乃が頭を下げると、歓声と共に大きな拍手が降り注いだ。



 そして、長岡屋には新しい花魁が誕生する。

 「よろしゅう、お頼み申しんす……」 挨拶に来たのが新しい花魁の喜久陽きくようである。 憧れだった花魁から二文字を貰ったとのこと。



 (みんな新しい人生を歩くんだな……) 梅乃は少しの寂しさを知ってしまう。


 そして、仲の町を歩いていると

 「梅乃~」 小夜と古峰が走ってくる。



 「喜久乃花魁も吉原を出たね……」 小夜が寂しげな声を出すと、

 「み みんな新しい道を歩くんだね」 古峰も寂しそうだ。 



 「願掛けしようよ」 梅乃たちは、桜が咲いていない木に向かってニギニギをする。



 「みんな、よくな~れっ!」 三人は精一杯のジャンプをした。



 これで吉原の勢力図が大きく変わる。 目立った花魁は、葉蝉だけとなった。

 「これで吉原は私の…… 憧れの玉芳花魁のようになるんだ……」


 葉蝉は拳を力強く握る。



 翌日、三原屋では会議が始まった。

 参加しているのは妓楼主の文衛門と采。鳳仙楼の主人と信濃、何故か梅乃も参加させられていた。


 (どうして私なのだろう……?) 梅乃は不思議でならなかった。



 「ここに居るのは金銭を預かる者だけ。 つまり、遣り手が出来る人間と言うことだ……」


 文衛門の言葉に納得してしまった。 梅乃は禿だが、唯一 遣り手が出来る禿だからだ。


 梅乃は黙ったまま下を向いていると、 「梅乃、聞いているのかい?」 采が睨む。


 「はい。 聞いています」 梅乃の背筋が伸びる。



 鳳仙楼は、完全に三原屋の傘下となっていた。 不況の時、三原屋が助けたことで、大見世であれど三原屋に従うしかなかった。



 「まず、花魁を決めようじゃないか」 采の言葉から始まる。

 そこには、いくつかの案が出される。


 確定となったのは、三原屋の遣り手は采。 鳳仙楼は信濃を置くということだ。

 「はい……」 信濃が頷く。



 「そして花魁……って言っても、まだ勉強なのだが」 采が息を溜める。

 全員が言葉を待つと、


 「三原屋の花魁は勝来。 そして鳳仙楼の花魁は菖蒲にする」

 采は断腸の思いで伝えると、全員が頭を下げる。



 これは采の戦略のひとつでしかない。 さらに先には大きな野望があった。



 文衛門はそっと采に話しかける。

 「いいのかい? あの娘らに話をしないで……」


 「あの娘?」 采がポカンとする。



 「菖蒲や勝来だろ? 玉芳にも話した方が……」 文衛門が慌てていると、

 「それは大丈夫。 その先の構想も話してあるから」 采はニヤッとする。



 後に、新しい組閣が発表される。

 「菖蒲は鳳仙楼で花魁。 勝来は三原屋の花魁になるんだよ。 二人は十八歳になったら花魁だ」 采の発表後、腑に落ちない妓女が出てくる。 花緒だ。



 「お婆、私ではダメなのでしょうか?」 花緒も数年、三原屋にいるが元々は近藤屋の妓女であった為に選出から漏れてしまった。



 「いや、候補としてはあった。 だが、ここは仕方ないんだ……」 そう言って背を向ける。


 (なら、私が花魁に相応しい妓女おんなになればいい…… 見ていなさいよ) そこから花緒が闘志を燃やしていく。



 その様子を見て、采はニヤッとする。

 ここ数年、采は悩んでいた。 玉芳に相談するも答えは出なかったのだ。


 それは、玉芳が凄すぎたからである。 僅か数年で吉原のトップに君臨した玉芳は別格すぎたのだ。



 (高望みは出来ない。 ここで他の見世にも牽制する必要がある)

 采は、花魁を置かずにやっていた事を反省していた。 



 菖蒲が荷物を運び出す。 鳳仙楼に引っ越しである。 これには采も悩んでいたが、

 (今の鳳仙楼を仕切るには菖蒲のような真面目な花魁が必要だ。 売れなかった時も経験しているし……) その意味があったのだ。



 しかし、それだけではこころもとない。 そして最高のお目付役を派遣することになる。



 「姐さん、荷物を運びますね♪」

 「ありがとう、梅乃……」


 二人は何度も往復をして荷物を運んでいくのであった。



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